第9話:忘れた頃の横槍
辺境の工房が生み出す革新的な魔導具の噂は、蒸気鉄道が運ぶ人や物資と共に、少しずつ王都へと伝わり始めていた。
『温度一定鍋』は騎士団で正式採用され、『自動調光ランタン』は中央官庁の官僚たちの間で密かなブームになりつつあった。
そしてその噂は、当然のように、王太子アルフォンス殿下の耳にも届いていた。
「リリアーナ工房、だと……? あの女、まだそんなことをやっていたのか」
執務室で報告を受けたアルフォンス殿下は、不機嫌そうに眉をひそめた。
自分に捨てられた女が、辺境で惨めに暮らしているのなら気分もいい。だが、成功しているというのは話が別だ。面白くない。非常に、面白くない。
そこへ、聖女マリア様が甘い声で寄り添う。
「アルフォンス様、どうかなさいましたの?」
「マリアか。いや、少し不愉快な話を聞いてな。私が捨ててやった女が、辺境で商売を始めて、なにやら成功しているらしい」
「まあ、リリアーナ様が……。でも、わたくしの奇跡の光に比べれば、鍋やランタンなど、些細なことではございませんこと?」
マリア様はそう言って微笑むが、その瞳の奥には、嫉妬の炎がちらついている。自分の存在が、捨てられた女の作った道具と比較されること自体が、彼女には我慢ならないのだ。
その微かな嫉妬心を、アルフォンス殿下は見逃さなかった。愛するマリアを不快にさせるなど、断じて許せない。
「フン、その通りだ。マリアの奇跡こそが本物。あんな女の作るガラクタなど、すぐに世間も飽きるだろう。……いや、その前に、私が潰してやる」
「まあ、アルフォンス様!」
「見ていろ、マリア。君を不安にさせる者など、私が全て排除してやろう!」
プライドを傷つけられ、愛する女性の前でいい格好をしたいアルフォンス殿下が思いついたのは、実に短絡的で、幼稚な嫌がらせだった。
数日後、リリアーナ工房は、突然の嵐に見舞われた。
立派な身なりの貴族が、数人の供を引き連れて工房に乗り込んできたのだ。
男は、工房の入り口で、わざとらしいほど大きな声で叫んだ。
「この店の主人を呼べ! とんでもない欠陥品を売りつけられたぞ!」
その声に、工房で接客をしていたリオと、作業場にいたセナが、驚いて駆けつけてくる。店内にいた数人の客たちも、何事かとその場に足を止めた。
「お客様、いかがなさいましたか?」
リオが恐る恐る尋ねると、貴族は待ってましたとばかりにまくし立てた。
「いかがしたも何もあるか! お前たちのところで買ったこの『温度一定鍋』とやら、温度が全く安定しないではないか! 大事な料理を焦がしてしまった! どうしてくれるんだ!」
男はそう言って、持参した鍋をカウンターに叩きつける。
しかし、その鍋は新品同様にピカピカで、焦げ付いたような跡はどこにも見当たらない。
「そ、そんなはずは……うちの製品は、全て検査してから出荷しています!」
「うるさい! 現にこうして問題が起きているのだ! これは詐欺だ! こんな信用できない工房は、すぐに営業停止にしてもらうぞ!」
貴族の怒声が、工房内に響き渡る。
突然のクレームと、権力を笠に着た脅し文句に、リオとセナは顔を青くして狼狽えるばかりだ。客たちも、不安そうな顔で遠巻きに見ている。
工房の評判を貶めるための、明らかな言いがかり。
後ろ盾のない、辺境の小さな工房。権力の前では、あまりにも無力。
リオとセナが絶望的な気持ちになりかけた、その時だった。
「――お客様、大変お騒がせいたしました」
事務所の奥から、涼やかな声が響いた。
現れたのは、工房長であるリリアーナ。
彼女は、慌てず、騒がず、ただ静かな、しかし有無を言わさぬ迫力を湛えた瞳で、騒ぎ立てる貴族をまっすぐに見据えていた。
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