第7話:口コミと最初の発注
画期的な製品はできた。
しかし、次の課題は、これをどうやって売るかだ。
辺境にある、誰も知らない新しい工房の製品など、普通に売り出したところで誰も見向きもしてくれないだろう。
「よし、宣伝だ! 俺が町で叫んでくる! すげー鍋ができたぞーって!」
意気込むリオを、私は宥める。
「いえ、リオ。もっと効率的な方法があります」
私が目を付けたのは、町の外れにある王国軍の駐屯地だった。
多くの兵士が駐在しており、食事は基本的に駐屯地内の食堂で賄われている。そして、料理を担当しているのは、料理のプロではない、当番制の兵士たちだ。
私は完成した『温度一定鍋』を十数個ほど用意し、駐屯地の司令官に直接交渉に向かった。
「これを、食堂で試供品として使っていただけませんか? もちろん無料です。その代わり、兵士の方々の正直な感想を聞かせていただきたいのです」
司令官は最初、訝しげな顔をしていたが、「無料で試せるなら」と私の提案を受け入れてくれた。
結果は、私の予想を遥かに上回るものだった。
翌日から、駐屯地の食堂では、ちょっとした奇跡が起こり始めた。
「なんだ今日のシチュー! めちゃくちゃ美味いぞ!」
「昨日のカレーも絶品だった! おい、今日の当番は誰だ? 腕を上げたな!」
「いや、俺はいつも通りに材料をぶち込んだだけなんだが……あの新しい鍋がすごいんだよ! 火にかけて放っておくだけで、勝手にプロの味になるんだ!」
料理下手の兵士が作っても、誰が作っても、料理が失敗しない。焦げ付かないから、面倒な鍋洗いの手間も大幅に省ける。
『リリアーナ工房の魔法の鍋』の噂は、瞬く間に駐屯地内に広まった。
その評判は、ちょうど駐屯地を視察に訪れていた、王都の騎士団幹部の耳にも入ることになる。
*
一方、王都のベルンハルト公爵邸。
アレクシスは、約束通りリリアーナから届けられた『温度一定鍋』の試作品を前に、執務室で報告を受けていた。
「……以上が、辺境の駐屯地での調査結果です。兵士たちの評判は上々で、すでに『魔法の鍋』として伝説になりつつあるとか」
「ふむ……」
アレクシスは、部下に命じてその鍋でシチューを作らせ、自らも試食していた。
味は、報告書の通りだった。特筆すべき技術だ。軍の食糧事情を改善し、兵士の士気向上に大きく貢献するだろう。
だが、彼の思考はそれだけでは終わらなかった。
(これは、軍事利用だけでは収まらない。一般家庭に普及すれば、人々の生活そのものを変える可能性を秘めている)
リリアーナ・フォン・ヴァインベルク。
あの辺境の令嬢は、自分がどれほど革命的なものを生み出したのか、理解しているのだろうか。
アレクシスは、ペンを取り、一枚の公文書にサインをした。
「これを、リリアーナ工房へ」
*
数日後。
私たちの工房に、ベルンハルト公爵家からの正式な発注書が届いた。
「い、いち、じゅう、ひゃく……ひゃっ、100個!? リリアーナ様、100個の発注です!」
リオが発注書を手に、震える声で叫んだ。セナも隣で、信じられないといったように目を見開いている。
それは、審査局長としてではなく、『騎士団の装備近代化を推進するベルンハルト公爵』個人としての正式な契約書だった。
工房にとって、初めての、そしてあまりにも大きな契約。
「すごい……すごいですよリリアーナ様! 俺たちの鍋が、国に認められたんだ!」
「……これで、材料がたくさん買える。もっと良いものが作れる」
歓喜に沸く二人を見て、私も静かに喜びを噛みしめた。
ターゲットを絞ったマーケティング戦略は、見事に成功した。そして、約束を守ってくれた氷の公爵様。
彼が純粋に公務としてこの発注をしたのか、それとも、そこには何か別の意図が含まれているのか。
彼の真意はまだ読めない。
だが、今はただ、この大きな一歩を素直に喜ぼう。
「さあ、二人とも、感傷に浸っている暇はありませんよ。納期は一ヶ月後。今日から、工房はフル稼働です!」
「「はいっ!!」」
辺境の小さな工房の歯車が、今、大きく、そして力強く回り始めた。
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