第6話:最初の魔法、温度一定の鍋
アレクシス公爵の言葉通り、魔導具工房『リリアーナ』の開業認可は、異例の速さで正式に下りた。
真新しい認可証が工房に届いた日、私たちはささやかな祝杯をあげた。
「やりましたね、リリアーナ様!」
「……これで、やっと始められる」
リオとセナが、心からの笑顔で喜んでいる。私も、ようやくスタートラインに立てたという達成感で、胸が温かくなるのを感じていた。
「さて、二人とも。祝賀会もそこそこに、いよいよ最初の製品開発に取り掛かります」
「「はい!」」
私が作業台の上に広げたのは、一枚の精密な設計図。
そこに描かれていたのは、一見すると変哲もない、ごく普通の深鍋だった。
「これが……最初の製品ですか?」
リオが不思議そうに首を傾げる。
「ええ。見た目はただの鍋ですが、これこそが私たちの工房の未来を切り拓く、最初の魔法。『温度一定鍋』です」
私は二人に、この鍋の仕組みを説明した。
前世で言うところの、電気回路や制御基板の概念。それを、この世界の付与術に置き換える。
「鍋の底と側面に、この設計図通りの紋様を刻み込みます。これは、魔力の流れを精密に制御するための『魔力回路』です。この回路に微量の魔力を流し続けることで、鍋の中の温度を一定に保つことができるのです」
「ま、魔力で温度を……? そんなこと、可能なんですか!?」
「可能です。重要なのは、魔力をただ流すのではなく、『制御』すること。この紋様の太さや長さ、配置の一つ一つに意味があります」
私の説明に、リオとセナは目を輝かせている。彼らは根っからの職人だ。新しい技術に対する探求心と好奇心が、その表情に満ち溢れていた。
開発作業は、まさに三位一体のチームワークだった。
まず、兄のリオが、最高の素材を使って鍋本体を鍛え上げる。彼の作る鍋は、熱伝導率も強度も、王都の一流品に引けを取らない見事な出来栄えだった。
「よし、できたぜリリアーナ様! 俺にできる最高の鍋だ!」
次に、妹のセナが、その鍋に魔力回路を刻み込む。それは、髪の毛ほどの細い線を一本たりとも間違えることのできない、恐ろしく繊細な作業だ。しかし、人見知りで不器用そうに見える彼女は、一度道具を手に取ると、驚異的な集中力と正確さで、複雑な紋様を寸分の狂いもなく刻んでいく。
「……できました」
そして最後に、私の出番だ。
完成した鍋に、私が付与術で魔力を込める。回路に命を吹き込み、ただの金属の塊を『魔導具』へと昇華させる、最後の仕上げ。
「……これで、完成です」
数日後、私たちの手によって、記念すべき試作品第一号が完成した。
見た目は、少し美しい紋様が刻まれただけの、ごく普通の鍋だ。
「本当に……これで料理が焦げ付かなくなるんですか?」
リオが半信半疑といった様子で鍋を覗き込む。
「論より証拠です。早速、試してみましょう」
私たちは工房のキッチンで、シチューを作ることにした。
たっぷりの野菜と肉を鍋に入れ、水を注いで火にかける。そして、私が鍋の取っ手に軽く触れて魔力を注ぐと、鍋に刻まれた紋様が淡い光を放ち、すぐに消えた。これで起動は完了だ。
あとは、ただ待つだけ。
普通なら、焦げ付かないように時々かき混ぜたり、火加減を調整したりしなければならない。しかし、私たちは何もしなかった。ただ、鍋が静かに湯気を立てるのを、固唾をのんで見守っていた。
三十分後。
工房の中に、食欲をそそる素晴らしい香りが満ち満ちていた。
私が蓋を開けると、完璧に火が通った、黄金色のシチューが現れる。
「う、うまそうだ……!」
「……焦げてない。野菜も、煮崩れてない……」
スプーンで鍋の底をそっとこすってみる。焦げ付きは、一切ない。
器に盛り付け、三人で一口食べてみる。
その瞬間、リオとセナの目が見開かれた。
「う、うまいっ! なんだこれ! 俺が今まで食ったどんなシチューよりうまいぞ!?」
「……お野菜が、すごく柔らかい。でも、形はしっかりしてる。味が、すごく染み込んでる……」
最適な温度でじっくりと煮込まれたことで、素材の旨味が最大限に引き出されているのだ。
特別な食材も、特別な味付けもしていない。ただ、この鍋で煮込んだだけ。
それだけで、料理はここまで美味しくなる。
リオは次の瞬間、わっと声を上げて泣き出した。
「す、すげぇ……リリアーナ様、すげぇよぉ……! これは、魔法だ! 本物の魔法だ!」
その涙は、セナにも伝染したようだった。彼女も静かに涙を流しながら、何度も「美味しいです」と繰り返している。
その姿を見て、私の胸にも熱いものがこみ上げてきた。
そうだ。これは、魔法だ。
私の知識と、彼らの技術が生み出した、人々の生活を豊かにするための、新しい魔法。
私たちの最初の製品は、大成功だった。
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