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書類一枚で終わった婚約なので、気にせず王都の端で魔導具工房はじめます  作者: 住処


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第4話:完璧すぎる申請書類

 リオとセナが仲間になってから、工房の準備は飛躍的に進んだ。


 兄のリオは鍛冶仕事だけでなく大工仕事にも長けており、工房の改装作業で目覚ましい働きを見せてくれた。妹のセナは、細かい作業を得意とし、工房で使う道具の整備や設計図の清書などを完璧にこなしてくれた。


「すごい! リリアーナ様の設計図通りに炉を組み直したら、火の回りが全然違う!」


「……この作業台、すごく使いやすい。計算されてる」


 私が前世の知識を元に人間工学――と言っても二人には分からないだろうから、「作業効率を考えた配置」と説明して指示を出すと、彼らは素直に、そして的確にそれを形にしてくれる。最高のパートナーだった。


 彼らが工房のハード面を整えてくれている間、私はもう一つの重要な仕事に取り掛かっていた。

 工房の一室を仮の事務所とし、そこで何日もかけて、魔導具工房の開業認可を得るための申請書類を作成していたのだ。


 そして、数週間後。


 王都にある魔導具審査局の受付窓口は、辺境の町から届いた一通の申請書類によって、静かなパニックに陥っていた。


「おい、これを見ろ……なんだこの申請書は」


「な、何かの冗談でしょうか。不備が……一つも、ない?」


「事業計画書を読め。新規性、安全性、社会貢献度、どれを取っても完璧だ。特にこの収支計画、非の打ち所がないぞ」


 役人たちが、分厚い書類の束を囲んで唸っている。

 魔導具の製造・販売には、国の厳格な審査と認可が必要だ。特に、新しい概念の魔導具となれば、その審査は困難を極める。


 通常、申請書類は何度も差し戻され、修正指示を受け、数ヶ月、あるいは数年かけてようやく審査の土俵に上がるのが当たり前だった。


 しかし、リリアーナ・フォン・ヴァインベルクという伯爵令嬢から提出された書類は、その常識を根底から覆していた。


 法的な体裁、技術的な説明、将来的な展望に至るまで、まるで審査局の手引書をそのまま書き写したかのような完璧さ。いや、それ以上の、審査官の疑問を先回りして潰していくような、圧倒的な説得力があった。


「申請者は……リリアーナ・フォン・ヴァインベルク。先日、王太子殿下との婚約を解消された、あの……」


「辺境の土地に引きこもったと聞いたが、こんなことを企んでいたのか」


「とにかく、これは我々だけで判断できる案件ではない。すぐに局長にご報告しろ!」


 一人の役人が慌てて書類を抱え、局の最上階にある局長室へと走った。


 静まり返った、広大な執務室。

 その中央で、一人の男が黙々と書類に目を通していた。


 アレクシス・フォン・ベルンハルト公爵。

 若くして公爵位を継ぎ、魔導具審査局のトップに君臨する男。感情を一切表に出さないその貌から、『氷の公爵』と人々から畏れられている。


「局長、失礼いたします! 緊急でご確認いただきたい案件が!」


 部下が息を切らしながら差し出した書類を、アレクシスは無言で受け取った。

 そして、その完璧に整えられたフォーマットと、理路整然とした内容に、彼の眉が微かに動く。


 普段なら部下の報告など聞き流す彼が、その書類からは目を離さなかった。

 革新的な魔導具の数々。緻密な事業計画。そして、申請者の名前。


「リリアーナ・フォン・ヴァインベルク……」


 アレクシスは、その名前を小さく呟いた。


 元王太子の婚約者。悲劇の令嬢。そんなありふれたゴシップの主人公としてしか、彼は彼女を知らなかった。


 だが、この書類を作成した人物は、決してただの令嬢ではない。

 卓越した知性と、恐るべき計画性を持った、得体の知れない何者かだ。


「……面白い」


 久しく動かなかったアレクシスの口角が、ほんのわずかに上がった。

 彼は立ち上がると、窓の外に広がる王都の景色を見下ろした。


「この案件、私が直接担当する。すぐに現地へ視察に行く準備を整えろ」


「えっ!? きょ、局長自らですか!?」


「書類上は完璧だ。だが、本当に辺境の令嬢一人に、これほどの事業が可能なのか。この目で確かめる必要がある」


 それは、局長としての公正な判断。

 だが、その双眸の奥には、書類の向こう側にいる未知の人物に対する、純粋な好奇心と、かすかな疑念が宿っていた。


 氷の公爵が、初めて他人に強い興味を抱いた瞬間だった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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