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書類一枚で終わった婚約なので、気にせず王都の端で魔導具工房はじめます  作者: 住処


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第3話:埃まみれの城と二つの才能

 蒸気鉄道を降り、そこからさらに馬車に揺られること半日。


 ようやくたどり着いた目的地を見て、私は思わず「おお……」と感嘆の声を漏らした。


「これはまた……想像以上ですね」


 目の前には、蔦に覆われ、壁のあちこちが黒ずんだ石造りの屋敷がそびえ立っていた。もはや屋敷というより、古城と呼んだ方がしっくりくる。窓ガラスは割れ、庭は雑草が生い茂り、どこからかカラスの不気味な鳴き声まで聞こえてくる始末だ。


 案内役として同行してくれた町の役人は、申し訳なさそうに頭を掻いている。


「は、はは……。なんせ、もう何十年も使われておりませんでしたから。リリアーナ様、本当にこちらでよろしかったのですか?」


「ええ、もちろん。素晴らしいです」


「は、はぁ……」


 役人は私の返事に困惑しているようだったが、私の言葉に嘘はなかった。

 古い。汚い。だが、頑丈そうだ。基礎がしっかりしていれば、あとはいくらでもやりようがある。


「リフォームのしがいがある、最高の拠点です」


 私がきっぱりと宣言すると、役人はますます不思議そうな顔をしていた。


 翌日から、私は早速行動を開始した。

 まずは人材探しだ。私の計画には、私の設計を正確に形にできる職人が不可欠だった。

 町に一つだけあるという鍛冶屋通りを訪ねてみたが、ほとんどの店はシャッターが下りており、活気というものがまるでない。


 そんな中、一番奥まった場所で、かろうじて営業しているらしい一軒の鍛冶屋を見つけた。しかし、中から聞こえてくるのは、金属を打つ音ではなく、何やら言い争うような声だった。


「だから! もっと丁寧にやれって言ってるだろ、セナ!」


「……お兄ちゃんだって、雑」


「なんだと!?」


 そっと中を覗くと、若い男女が二人、互いに顔を真っ赤にしている。年の頃は、二人とも私より少し下くらいだろうか。快活そうな青年と、人見知りっぽく俯きがちな少女。兄と妹のようだ。


 私は彼らの足元に転がっているものを見て、目を見張った。


 それは、作りかけのすきくわといった農具だった。何気ない道具だが、その刃先の処理や金属の鍛え方が、素人目に見ても尋常ではない。この寂れた町の鍛冶屋に置かれているのが不釣り合いなほど、高い技術で作られているのが分かった。


「失礼、少しよろしいでしょうか」


 私が声をかけると、兄妹はびくりと肩を震わせ、驚いた顔でこちらを振り返った。


「な、なんだあんた。見ての通り、うちは今てんてこ舞いで……」


「この農具、あなた方が?」


 私は言い争いを遮り、足元の鍬を指差した。兄の方が、ぶっきらぼうに答える。


「ああ、そうだが。それがどうした」


「素晴らしい腕前ですね。特にこの刃と柄の接合部分。見事な仕事です」


「……へ?」


 私の言葉に、兄はぽかんとした顔になった。妹の方も、驚いたように少しだけ顔を上げる。


「私はリリアーナと申します。この度、町の外れにある屋敷で、魔導具の工房を開くことになりました。そこで、腕の立つ職人を探しているのです」


「ま、魔導具の工房?」


「ええ。あなた方兄妹の才能を、ぜひ私の工房で活かしてはいただけませんか?」


 私は二人に、私の計画をかいつまんで話した。

 そして、驚くほどの好待遇を提示する。

 現在の何倍にもなる給金。屋敷内に用意する個室の住居。そして、三食昼寝付きの完璧な労働環境。


「……う、嘘だろ。そんなうまい話があるわけ……」


 兄の方が信じられないといった顔で呟く。私は真剣な眼差しで彼を見つめ返した。


「嘘ではありません。私は、あなた方の力が必要です。どうでしょう、私の下で働いてはみませんか?」


 兄はしばらく逡巡していたが、やがて何かを決心したように、妹の方を振り返った。


「……セナ、どうする?」


 妹は、ずっと俯いていた顔をゆっくりと上げた。そして、兄と私を交互に見て、小さく、しかしはっきりと頷いた。


「……やります」


「よし、決まりだ! 俺はリオ! こっちは妹のセナだ! リリアーナ様、今日から俺たち兄妹、あんたのために命懸けで働きます!」


「命懸けでなくて結構です。定時で働いてください」


 こうして私は、快活で腕の立つ兄リオと、無口だが手先が器用そうな妹セナという、二つの素晴らしい才能を手に入れることができた。


 彼らほどの職人が、なぜこんな寂れた町で燻っていたのか。少し気にはなったが、今は聞くべき時ではないだろう。


 埃まみれの城に、頼もしい仲間が二人。

 私の工房は、ようやく産声を上げたのだ。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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