第2話:新生活の事業計画
婚約破棄の公文書と土地の権利書は、驚くほどの速さで私の手元に届けられた。
アルフォンス殿下としては、一刻も早く私を追い出し、聖女マリア様を隣に置きたかったのだろう。そのせいで書類に不備がないかだけは入念に確認したが、幸いにも完璧なものだった。
私はその日のうちに荷物をまとめ、侍女も護衛も付けずに、たった一人で王宮を後にした。誰かが見送りに来ることもない、実に静かな旅立ちだった。
王都の駅で、最新式の蒸気鉄道に乗り込む。
ごう、と音を立てて鉄の塊が動き出すと、見慣れた王都の街並みがゆっくりと後ろへ流れていく。貴族としての華やかな、しかし中身のない生活の象徴。それらが遠ざかっていくのを眺めながら、私は小さな安堵のため息を漏らした。
「さて、と」
私は鞄から真新しい革のノートとインクペンを取り出す。
車窓の景色を時折眺めながら、私はノートの最初のページに大きな文字でこう書き記した。
――魔導具工房『リリアーナ』事業計画書
そう。これが私の本当の望み。
私、リリアーナ・フォン・ヴァインベルクには秘密がある。
私には、この世界とは違う別の世界の記憶――科学技術が発達した『日本』という国で、研究者として生きていた前世の記憶があるのだ。
幼い頃に高熱で生死の境を彷徨ったあの日から、私の頭の中には二つの人生があった。貴族令嬢としてのリリアーナの人生と、日本の研究者であった私の人生。最初は混乱したが、今ではその膨大な知識を、自分だけの財産として使いこなせるようになっていた。
この世界には『魔法』があり、中でも『付与術』という技術が存在する。物質に魔力を込めた紋様を刻むことで、様々な効果を付与する魔法だ。
そして、私の前世には『科学』があった。電気、物理、化学。それらの法則を応用した便利な道具が溢れていた。
この二つを組み合わせれば、どうなるか?
答えは明白だ。この世界に革命を起こせるほどの、革新的な魔導具が生まれる。
私はペンを走らせ、具体的な製品のアイデアを書き出していく。
『第一弾製品:魔力制御式・温度一定鍋』
・概要:鍋の内部に精密な魔力回路を付与。魔力を流すことで、設定した温度を自動で保ち続ける。
・着想元:前世の電気炊飯器、電気調理鍋。
・セールスポイント:誰が使っても焦げ付かない。煮込み料理に最適。火加減の難しい料理も失敗しない。
『第二弾製品:自動調光式・魔導ランタン』
・概要:周囲の明るさを感知する魔石を組み込み、光量を自動で調整する。
・着想元:前世の自動調光ライト。
・セールスポイント:常に最適な明るさを保ち、目の疲れを軽減。夜間の読書や精密作業に。魔力の節約にも繋がる。
他にも、前世の冷蔵庫や洗濯機、掃除機といった家電製品のアイデアが、この世界の付与術でどう実現できるか、次から次へと思いつく。
貴族社会の窮屈なお茶会や夜会で、愛想笑いを浮かべている間も、私の頭の中はいつもこんな計画でいっぱいだった。王太子妃になるなんて、真っ平ごめんだったのだ。
あのアルフォンス殿下との婚約は、正直言って苦痛でしかなかった。彼は自分のことしか考えておらず、感情の起伏が激しい。そんな人間の隣で一生を過ごすなど、考えただけでもぞっとする。
だから、今回の婚約破棄はまさに渡りに船。しかも、慰謝料代わりに手に入れたあの土地は、私の計画にとって最高の場所だった。
王都から離れているため、貴族たちの面倒な干渉を受けにくい。
蒸気鉄道の路線が近くを通っているため、資材の搬入や製品の輸送に便利。
そして何より、広大な土地がある。将来的に工房を拡張することも、従業員の宿舎を建てることも可能だ。
ノートに書き込まれた事業計画、収支予測、人員計画は、あっという間に数ページに及んだ。
完璧な計画だ。
あとは、これを実現するための二つの要素を手に入れるだけ。
一つは、私の頭の中にある設計図を形にしてくれる、腕の立つ職人。
そしてもう一つは、魔導具工房を開くための、国からの正式な『認可』。
ガタン、と蒸気鉄道が大きく揺れる。窓の外に広がるのは、緑豊かな田園風景。王都の喧騒はもうどこにもない。私はノートを閉じ、深く息を吸い込んだ。新しい土地の、自由な空気。
ここから、私の本当の人生が始まるのだ。
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