第19話:信頼の証明
その日、工房は朝から穏やかな空気に包まれていた。そこへ、何の前触れもなく、彼らはやってきた。
魔導具審査局の紋章が入った数台の馬車。中から現れたのは、厳しい顔つきの監査官たちと、その中心に立つ、氷の公爵アレクシス様だった。
「な、なんだ!? 審査局の、抜き打ち監査……!?」
突然の出来事に、リオや他の職人たちは顔を青くし、工房内は一気に緊張に包まれた。噂でしか聞いたことのない、工房の認可が取り消されることもあるという、最も厳しい調査だ。
そんな中、私だけは、落ち着き払っていた。
事務所から出てきた私は、アレクシス様の前に立つと、静かに頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました、公爵閣下。皆様も、遠路はるばるご苦労様です。抜き打ち監査と伺っておりますが、どのようなご用件でしょうか」
「……違法魔石の使用に関する、匿名の告発があった。規則に基づき、工房内の全ての魔石、及び関連書類を調査させてもらう」
アレクシス様が、感情を抑えた声で告げる。その言葉に、工房内の空気が凍りついた。
しかし、私は表情一つ変えずに頷いた。
「承知いたしました。工房内のどこでも、ご自由にお調べください。リオ、セナ、監査官の方々を案内して差し上げて」
「は、はい!」
「……わかりました」
監査は、徹底的に行われた。監査官たちは、資材置き場にある魔石の一つ一つを鑑定し、製造中の製品を分解し、完成品の動力源まで、くまなくチェックしていく。
そして、調査の最後の仕上げとして、監査官の一人が私の事務所に入ってきた。
「工房長。魔石の仕入れに関する台帳を、全て提出願いたい」
「はい、こちらに」
私は、事務所の棚にずらりと並んだ、何冊もの分厚いファイルの中から、数冊を抜き出してカウンターに置いた。
「こちらが、創業以来の、全ての魔石の仕入れ元、品質保証書、そして納品日を記録した台帳です。そしてこちらが、個々の魔石に割り振られた管理番号と、どの製品にいつ使用されたかを記録した、使用履歴台帳になります」
そこに示されたのは、完璧という以外に言葉が見つからないほど、徹底された管理記録だった。
いつ、どこから、どんな品質の魔石を仕入れ、それをいつ、誰が、どの製品に使用したか。その全てが、一分の隙もなく記録されている。
台帳をめくっていた監査官は、信じられないといった顔で呟いた。
「……すごい。王宮の備品管理ですら、ここまで徹底してはいないぞ……」
言うまでもなく、違法な魔石など、一つも見つかるはずもなかった。
全ての調査が終わった後、監査官たちは皆、呆気にとられたような、あるいは感心しきったような表情で、私に深々と頭を下げた。
「リリアーナ工房長、失礼いたしました。告発は、完全な事実無根でありました。お見事です」
「当然の結果です。お疲れ様でした」
監査官たちが引き上げていき、事務所には私とアレクシス様の二人だけが残された。
気まずい沈黙が流れる。
それを破ったのは、アレクシス様の方だった。
「……君が、法を犯すような人間でないことは、最初から分かっていた」
彼の声は、静かだったが、そこには確かな熱がこもっていた。
「だが、規則は規則だ。君の信用を、一時的にでも傷つける形になってしまった。……すまない」
氷の公爵が、頭を下げた。
私的な感情を、謝罪という形で、初めて言葉にした。
その不器用な誠実さに、私の胸の奥が、きゅっと締め付けられるような、温かいような、不思議な感覚に包まれた。
「いいえ。閣下のおかげで、私たちの潔白は、最も厳しい形で証明されました。むしろ、感謝しております」
私が微笑むと、彼は少しだけ驚いたように顔を上げ、そして、ほんのわずかに、その氷の表情を緩めた。
この事件は、私たちの絆を壊すどころか、かえってより強固なものにしてくれた。
そして、虚偽告発という最後の切り札すら通用しなかった王太子は、いよいよ後がない状況へと、自らを追い詰めていくことになるのだった。
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