第18話:虚偽の告発
スパイ作戦が、あまりにもあっけない失敗に終わったという報告を受け、アルフォンス殿下は怒りのあまり、執務室の高級な椅子を蹴り飛ばした。
「使えん奴らだ! たかが辺境の工房一つ、どうにもできんのか!」
「アルフォンス様、お気を鎮めて……」
マリア様が宥めようとするが、彼の怒りは収まらない。
技術が盗めない。従業員の忠誠心も厚い。公爵が後ろ盾になっている。
正攻法も、裏からの工作も、全てが通用しない。
追い詰められた彼が次に思いついたのは、リリアーナ工房の成功の根幹そのものを破壊するという、最も卑劣な手段だった。
(そうだ……あの女の工房が成り立っているのは、ベルンハルト公爵が与えた『認可』があるからだ。ならば、その認可そのものを、取り消させてしまえばいい!)
アルフォンス殿下は、邪悪な笑みを浮かべると、一枚の羊皮紙にペンを走らせた。
それは、魔導具審査局に宛てた、匿名の告発状だった。
数日後。
魔導具審査局の局長室で、アレクシス様は、部下から差し出されたその告発状を読んでいた。
『――リリアーナ工房は、その製造過程において、国民の安全を著しく脅かす不正行為を行っている。
すなわち、製品のコストを削減するため、国が定めた安全基準を満たさない、安価で危険な『違法魔石』を動力源として使用している疑いが濃厚である。
国の未来のため、早急なる調査と、厳罰を求めるものである』
書かれていたのは、全くの事実無根。完全なでっち上げの虚偽告発だった。
アレクシス様は、差出人不明のその手紙が、誰の差し金か、すぐに看破した。
(……どこまでも、浅知恵を)
内心で舌打ちする。
リリアーナが、そんな危険な橋を渡るような人間でないことは、誰よりも彼が一番よく分かっていた。
しかし、問題はそこではなかった。
魔導具の安全性を管轄する審査局にとって、「違法魔石の使用」という告発は、たとえ匿名の投書であっても、決して看過できない最重要案件なのだ。
規則では、このような重大な告発があった場合、審査局は、対象の工房へ『予告なしの抜き打ち監査』を行い、事実関係を調査する義務があった。
それは、局長であるアレクシス様自身の命令で、行われなければならない。
「局長、いかがいたしますか。規則に則り、監査官を派遣しますか?」
部下の問いに、アレクシス様はしばし沈黙した。
これは、罠だ。
監査を行えば、たとえ結果が白であっても、「不正の疑いをかけられた工房」という悪い噂が立つ。リリアーナ工房の信用に傷がつく。
かといって、監査を行わなければ、「ベルンハルト公爵は、特定の工房を贔屓し、不正を見逃している」と、今度は自分自身が非難されることになる。
王太子は、アレクシス様が公的な立場と私的な感情の板挟みになる、この状況を狙って、この告発状を送ってきたのだ。
彼の青い瞳が、冷たく、そして鋭く光る。
選択肢は、一つしかない。
「……いや。私が、自ら行く」
「きょ、局長が!? 自ら、抜き打ち監査に!?」
「そうだ。監査官を全員招集しろ。これから、辺境へ向かう」
彼は、規則通りに監査を行うことを選んだ。だが、それは王太子の思惑に乗ったわけではない。
むしろ逆だ。
この最大の窮地を、彼女への絶対的な信頼を、公の場で証明するための、最高の舞台に変えるために。
アレクシス様は、静かな決意を胸に、席を立った。
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