第17話:盗めない技術
リリアーナ工房が、国のインフラを支える鉄道会社と大型契約を結んだというニュースは、王太子アルフォンス殿下を激しく苛立たせた。
「なぜだ! なぜあの女ばかりが成功する! 私が捨ててやった、ただの女だというのに!」
執務室で、彼は報告書を床に叩きつけていた。
聖女マリア様が隣で「きっと悪魔と契約したのですわ」などと火に油を注ぐものだから、彼の怒りは収まるどころか、ますます燃え盛るばかりだ。
「もう我慢ならん! こうなれば、実力行使だ!」
これまでの嫌がらせが、全て裏目に出ている。
ならば今度は、もっと直接的に、彼女の成功の源泉である『技術』そのものを奪い取ってしまえばいい。
そう考えたアルフォンス殿下は、腹心の貴族に命じ、腕利きの職人を装ったスパイを工房に潜入させるという、卑劣な計画を立てた。
数日後。
私たちの工房に、一人の男が職人見習いとして雇われることになった。
王都で有名な工房で働いていたという触れ込みで、確かに腕は立ちそうだ。人当たりも良く、すぐに工房の雰囲気にも馴染んだように見えた。
「リリアーナ様、新入りのあいつ、なかなかやりますよ! 仕事の覚えも早いし、助かります!」
リオは素直に喜んでいたが、私は最初の自己紹介の時から、その男の目に宿る、僅かな違和感に気づいていた。
彼は仕事ぶりを評価する目ではなく、何かを探るような目で、工房の内部を観察していたのだ。
しかし、私は何も言わず、彼を普通の見習いとして受け入れた。
なぜなら、私の工房は、そんな素人スパイが簡単に技術を盗めるほど、甘い作りにはなっていないからだ。
男――スパイは、早速行動を開始した。
彼は、工房の心臓部である設計室に忍び込もうとした。しかし、設計室の扉には特殊な魔導錠が取り付けられており、私とセナ以外は開けることができない。
「ちっ、なんだこの鍵は……!」
次に彼は、他の職人から情報を聞き出そうと試みた。
「なあ、あの温熱マットレスってのは、どういう仕組みなんだい? 設計図とか、見せてもらえないかな?」
しかし、職人たちは首を横に振るだけだった。
「さあ? 俺たちは、指示されたパーツを指定された通りに作るだけだからな。全体の仕組みなんて、リリアーナ様とセナさんしか知らないよ」
そうなのだ。
私の工房では、前世の工場の生産ラインの概念を取り入れている。
全ての作業工程は徹底的にマニュアル化・分業化され、各担当者は、自分の持ち場以外の情報には一切アクセスできないよう、厳重に管理されている。
製品の全体像を把握しているのは、私と、私の右腕であるセナだけ。
情報セキュリティの基本だ。
さらに、スパイにとって誤算だったのは、工房の従業員たちの、私に対する厚い忠誠心だった。
リオとセナをはじめ、ここで働く者たちは皆、私に才能を見出され、正当な評価と待遇を得たことに、深い恩義と敬意を感じてくれている。
そんな彼らにとって、見慣れない新入りが、工房の秘密を探ろうと嗅ぎ回っている姿は、不審以外の何物でもなかった。
「なあセナ、やっぱりあいつ、なんか変だよな」
「……うん。リリアーナ様のこと、ジロジロ見てる。目が、嫌な感じ」
彼らはスパイの不審な動きを、逐一私に報告してくれた。
スパイは、結局一週間経っても、何一つ有益な情報を得ることができなかった。
それどころか、工房の全員から「何か企んでる怪しい奴」として、常に警戒の目で見られる始末。
そして一週間後、男は「一身上の都合で」と言い残し、逃げるように工房を去っていった。
彼が去った後、リオが私のところにやってきて、不思議そうに尋ねた。
「リリアーナ様、あいつがスパイだって、最初から気づいてたんじゃないですか?」
「さて、どうでしょうね」
私は微笑んでお茶をすするだけだった。
直接的な技術盗用が失敗に終わった王太子は、次にどんな手を打ってくるのか。
彼の手段は、きっと、さらに過激で、悪質なものになっていくだろう。
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