第16話:執務室の秘密
鉄道会社からの、寝台列車への温熱マットレス導入に関する申請は、すぐに魔導具審査局に提出された。
局長であるアレクシス様は、その報告を受けると、表情一つ変えずに部下に命じた。
「前例のない案件だ。安全性と性能について、最も厳格な基準で審査を行え。私が直接監督する」
アレクシス様は、公爵として、そして審査局長として、一切の私情を挟むことなく、リリアーナ工房の製品を厳しく審査した。
提出された分厚い安全性データ、長時間稼働テストの結果、素材の燃焼実験報告。
その全てが、彼の設けた高い基準を、余裕でクリアしていた。
審査結果は、もちろん『優良』。
彼はすぐに認可の書類にサインをし、鉄道会社との歴史的な契約は、正式に締結されることになった。
公務は、ここまで。
しかし、その数日後。
ベルンハルト公爵家の執事の名で、リリアーナ工房に、一枚の個人的な発注書が届いた。
注文の品は、『魔力循環式温熱マットレス』が一つ。
そのマットレスが届けられたのは、王都にあるベルンハルト公爵邸。
そして、設置されたのは、公爵の広大な執務室の片隅にある、仮眠用の小さなベッドの上だった。
アレクシス様の仕事は、常に激務を極めていた。深夜まで書類仕事に追われ、執務室の仮眠ベッドで短い眠りを取ることもしばしば。
その短い休息の質を、リリアーナ工房の製品が劇的に向上させた。マットレスの穏やかな温かさは、彼の張り詰めた心と体を、深く、優しく癒してくれた。
(……なるほど。これは、確かに画期的だ)
彼は、その温かさに包まれながら、この製品を生み出した女性の顔を思い出していた。
冷静で、合理的で、それでいて、その瞳の奥には確かな熱を宿している女性。
彼女の作ったものが、今、こうして自分を癒している。
その事実が、アレクシス様の胸に、これまでに感じたことのない、不思議な感情を灯した。
ある夜更けのこと。
緊急の報告のため、側近の騎士が許可を得て執務室に入った。
主は仮眠中かと、そっとベッドの方へ視線を向けて、騎士は息を呑んだ。
そこにいたのは、いつもの『氷の公爵』ではなかった。
リリアーナ工房のマットレスの上で、穏やかな温もりに包まれ、普段では考えられないほど、安らかな表情で眠っている主の姿があった。
まるで、幼い子供のような、無防備な寝顔。
(アレクシス様が……あのようなお顔を……)
側近は、その光景に衝撃を受けた。
そして、その安らかな眠りを実現しているのが、噂の『リリアーナ工房』の製品であることに気づき、全てを察した。我が主君が、辺境の工房長に寄せている感情は、単なる庇護欲や、才能への評価だけではない。
もっと、個人的で、もっと深い、何かだ。
騎士は、報告を後回しにすることを決めると、音を立てないようにそっと部屋を退出した。
氷の仮面の下に隠された主の人間的な一面を、偶然にも垣間見てしまった夜だった。
アレクシス様のリリアーナへの想いは、もはや公私の区別なく、彼の日常の、そして心の深い部分にまで、静かに、しかし確実に浸透し始めていた。
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