第10話:保証書と検査記録
私が事務所から姿を現すと、騒がしかった工房が少しだけ静かになった。
クレームをつけている貴族は、私を一瞥すると、さらに勢い込んで叫ぶ。
「貴様がここの責任者か! ちょうどいい、この欠陥品をどうしてくれるのか、はっきりさせてもらおう!」
「お客様、まずはお静かにお願いいたします。他のお客様のご迷惑になりますので」
私のあまりに冷静な態度が気に食わなかったのだろう。男は顔を真っ赤にして反論しようとした。だが、私は彼が口を開くより先に、言葉を続ける。
「お話は伺いました。当工房の製品に不備があったとのこと、誠に申し訳ございません」
私が深々と頭を下げると、男は一瞬、得意満面の笑みを浮かべた。
しかし、私が次に取った行動は、彼の予想を完全に裏切るものだった。
私は事務所の棚から、分厚い革張りのファイルを一冊、取り出した。
そして、カウンターの上に広げ、男の目の前に突きつける。
「お客様、当工房の製品には、すべてこちらの『品質保証書』を添付しております」
「ほ、保証書だと?」
「はい。製品の一つ一つにシリアルナンバーを刻印し、いつ、誰が、どのような工程で製造したか、すべて記録しております。また、こちらがそのシリアルナンバーと紐づけされた『出荷前全品検査記録』です」
ファイルには、製品ごと、日付ごとに、びっしりと検査項目と担当者のサインが書き込まれた書類が、完璧にファイリングされていた。
男は、その圧倒的な書類の量に、思わず言葉を失う。
「もし、お買い上げいただいた製品に不備があった場合は、保証規定に基づき、交換または修理の対応をさせていただきます」
私はそこで一度言葉を切り、まっすぐに男の目を見た。
「つきましては、お客様。その『不具合のあった現品』と、ご購入時にお渡しした『品質保証書』を、まずはお示しいただけますでしょうか?」
私の言葉に、男の顔がサッと青ざめた。
彼が持ってきた鍋は、クレームをつけるために用意しただけの、ただの小道具だ。保証書など持っているはずもない。そもそも、彼はこの工房で鍋を買ってすらいないのだから。
「そ、それは……その、なんだ……」
「いかがなさいましたか?」
「わ、忘れてきた! そう、家に置いてきてしまった!」
「左様でございますか。では、お手数ですが、一度お戻りになり、現品と保証書をお持ちの上で、再度ご来店いただけますでしょうか。それらがなければ、私どもも対応のしようがございません」
私はあくまで事務的に、しかし一歩も引かない態度で告げる。
もはや、ぐうの音も出ない。
証拠も現物もない以上、彼にできることは何もなかった。
「……っ、お、覚えていろ!」
男は、それだけ捨て台詞を吐くと、供を連れて逃げるように工房から去っていった。
嵐が過ぎ去った工房は、一瞬の静寂に包まれた後、見ていた客たちから、感嘆の声が上がった。
「すごいな、あの工房は……」
「あそこまで徹底して品質管理をしているのか。逆に信用できるじゃないか」
「あんな言いがかり、冷静にあしらうなんて大したもんだ」
客たちの賞賛の声が、最高の宣伝文句になった。
リオとセナが、尊敬と興奮が入り混じったような顔で私の元へ駆け寄ってくる。
「リリアーナ様! す、すごいです! 完璧な対応でした!」
「……書類って、すごい。武器になるんですね」
「ええ、そうです。感情論には、ルールと記録で対抗する。これが一番効果的ですよ」
私は微笑みながら、ファイルを片付けた。
王太子殿下の差し金であることは見え見えだが、これで少しは懲りてくれるといい。
この一件は、すぐに町の噂となり、工房の評判をかえって高める結果となった。
そして、その噂は当然のように、王都でリリアーナ工房の動向を常に監視させていた人物――氷の公爵、アレクシス・フォン・ベルンハルトの耳にも、詳細な報告書として届けられることになるのだった。
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