8:記憶だけの初恋
大きな門。
それを一つの馬車が通り抜け巨大な扉へ辿り着く。扉の前にはメイドが並び、頭を下げている。貴族に仕える者たちが主人を出迎える時の様式だ。その様子の中、馬車から白髪の男が足を出すと同時に、
「おかりなさいませ。ガルス様。」
「ああ。」
男はメイドにカバンを渡し、重たい足取りで扉へと向かう。それに合わせて、侍女達が扉を開けた。そして屋敷内で歩を進める。
「父上に挨拶してくる。」
「かしこまりました。」
「失礼します。ガルス様の不在の間、三件の結縁状が…」
「どーせまたダリアース伯爵令嬢からも来てるんだろ。どうでもいい。全部捨てといてくれ。」
「かしこまりました。」
「あの家、まだ勇者パーティーのこと諦めてねぇのかよ。」
ガルスは屋敷に付けられた扉の中でも金の装飾で目立った扉の前に辿り着く。深呼吸をしてから三回扉をよノックする。
「ガルスです。」
「_____入れ。」
扉の先からは低い声のする返答が聞こえた。
「失礼します。」
扉を開けた。目の前に広がるのはある人の写真と大きな額縁を抱きしめた男。壁、机、天井、さらには家具を含めた全ての物に描かれている女性。写真に映る女性は一枚ごとに違う様子を見せる。腰掛けた男が抱えているのは笑顔で正面を向いた女性。その女性はつい先程、ガルスが校内で出会った、勇者パーティーの魔法使いのポジションとして活躍した魔女、ミレナ・クヴォーガー。
(会ったこともないやつ追っかけて楽しいかよ。)
「只今帰りました、父上。学校が始まるまでの一ヶ月の間は家に滞在します。」
「そうか。」
男は額縁に映るミレナの頬を撫でた。
「三学期中の報告をさせて頂きます。」
「ああ。」
「三学期前期では_____で____したが、__」
ガルスは報告をし始める。その間もガルスを一瞥することもなくミレナを見つめる。
ガルス自身つい先程その本命の女性に会ったばかりだからか、いつもより気が散ってしまう。
(俺は、あんたや先祖どもみてぇに会ったことないやつなんかに心酔しねぇ。)
とは思いつつも会った時は正直に言うと心臓が跳ねた。だがそれは、この人が好きだということが記憶に記されていたから。そう、あくまで記憶。記憶なのだ。ガルス自身が好きなわけではない。
(俺は記憶に引っ張られない。それに…)
(俺たち子孫のこの行いは、ミレナに恋した先祖本人の清恋を穢すこと他ならない。)
「報告は以上です。」
「______ミレナ様の捜索に関する報告はないのか。」
「_____はい。」
「そうか、何かあれば直ちに報告するように。くれぐれも隠そうとするなよ。」
「はい。失礼します。」
ガルスはその鬱陶しい部屋から足早に退出した。そして長い廊下を歩いていく。廊下の壁には何枚もの彼女の写真。どれも美しく描かれているようだが、記憶と実際に姿を見たからか美化されてるとは到底思えなかった。ふと立ち止まり、その壁に飾られた彼女を見る。横を向いて話すミレナ。おそらくパーティーメンバーにでも話しかけているのだろう。綺麗にミレナだけに切り取られている。彼女を見たガルスはまた早足になりその場から去っていく。頭を掻きながら、昔を思い出す。
幼い頃はガルスにもミレナに恋を馳せていた時期があったのだ。今までの先祖達と同様に。ただガルスはその感情が自分のではないことに気付けた。それが他の先祖達とは違ったのだろう。どの記憶を辿っても全ての先祖はミレナを愛していた。だからか、婚姻を結び子が生まれても嫁にも子にも無関心だった。父と同様に。
「何だよ、ミレナミレナって…あいつのどこがいいのか…」
ガルスは自室の扉を開け、そのまま歩いて行きベッドへ身を任せた。
「潜入調査、任務…自分は行きたくなかったみてぇだから他のメンバーに任されたんだろ。格闘家もスカウトも経歴やら色々と誤魔化しきれねぇし、なら転生したミレナが適役。だがわざわざんなことする任務ってなんだ…」
ガルスは腕を組み考えに耽る。目を瞑り、先祖の記憶を辿った。
己の家の玄関に並ぶパーティーメンバー。泥酔し切った格闘家、シャロンの肩を支えるスカウト、クローカーと射手、メイ。その隣でこちらに笑顔を向けるミレナとその隣に立つ金髪の勇者、ルージア。屋敷に初めて訪問した際の勇者パーティー。ルージアの顔にモヤが掛かっているのは先祖が忘れたかったからだろう。何とも悲しい恋か。
ガルスは天を指差してその指を動かす。
「炎よ、燃え出よ。」
炎がその指に動かされるように空中に描かれた。それは五秒ほど続き、消失した。
記憶の中のミレナは全く同じ炎魔法の詠唱をしてもミレナが止めるまで炎は燃え、描かれていた。これこそが魔女の才なのだろう。
***
先祖と屋敷の者達は魔法を見せてくれるミレナに拍手を送っていた。最も、一際大きな拍手を送っていたのは勇者だったが。なぜ、一番側で見ているはずの彼が彼女にそんなに拍手を送るのか、紛れもなく彼も彼女に心酔しているからだろう。これは承知の事実。
「ミレナさん…素晴らしいです!これが魔法なので」
「凄いよミレナ!やっぱり、僕の魔法使いは優秀だ。」
先祖の言葉を勇者が掻き消した。それは測ってのことか、そうでないのか。
「"僕の"じゃないでしょ。私はこの"パーティーの"魔法使いなんだから。」
「そうとも考えられるね。けど、このパーティーを作ったのは僕だ。つまり、君は僕だけの魔法使いだ!」
「あーはいはい。魔法使いってポジションだけならそうかもね。」
「いや、君自身も」
「ミレナさん!良ければ私にも魔法を教えて頂けませんか?」
次は先祖が負けじと勇者の言葉を遮る。
「ええ、勿論です。アリストロキア公爵様。滞在させて頂く身ですもの。何なりと申してください。あっ、良ければ呪術もどうですか?」
ミレナが彼に視線を移す。クローカーが肩を跳ねさせた。
「あっ、いやぁ…今はシャロンの介抱に手を回しているので…」
「なら解毒してあげてよ、クロ。ボクも肩が疲れてきちゃった。」
「いや、シャロンはそろそろ痛い目を見ておくべきかと思います。」
「オェッ…」
クローカーとメイからそんな会話が聞かされた。間にいるシャロンは俯いていて表情は見えないが吐きそうなのだろうという様子は確かに伺える。
「ミレナ、『何なりと申してください』なんて言っちゃダメだよ。もしもあーんなことやこーんなこと言われたらどうするの?!」
「そんなこと言うか!剣士は黙ってろ!」
「うるせっ、下心丸出し公爵がっ。」
「もー静かに!」
***
(ちょっと記憶思い出そうとしたらこんなのまで出てくんのかよ。)
「_____________
あぁ、騎士学園の勇者サマも任務だったのか。」
こんな作品でも見て頂けて嬉しいです。
どなたでも歓迎ですので、、悪かろうと文句など言いませんので、、
評価などを頂けると本当に嬉しいです…!
次回も投稿するなら期間空くかと思います。
あとは私のやる気ですかね。




