5:硬い胸
目を開けると、そこは元にいた庭園の景色だった。視界には、試験で無事帰れたことの安堵で胸を下ろす生徒。それと、目の前で目と口を開いた監督官。
「_____えっと?」
監督官は手と膝を震えさせる。
「大丈夫で」
「ああっ……
精霊を倒したぁぁぁああ?!」
急な叫び声に驚いてノアは耳を塞ぐ。一方、その言葉を聞いた皆が一斉にノアに視線を集めた。そして庭園の中でも広場のように広い中心地からこちらへもの凄い音を立てて走ってくる…光?
(何あれ…?)
「ジャスコフ先生!!」
(先生?!)
目を凝らしてよーく見ると、その光は…頭!
(綺麗なスキンヘッドだ…!)
その巨体の男はノアの目の前で立ち止まり、ノアを見下ろす。その圧にノアも押されて背筋を丸める。
「貴様、精霊を倒したのか。」
「はい…」
「…魔力量測定、結果の数字は何だった?」
「……」
(やばいやばいやばい手抜いたことがバレちゃう。)
ノアの脳内はパニックになっていた。そして冷や汗が首筋に滲む。
(そしたら…)
ノアはイメージを膨らませる。ジャスコフからの
『舐めているのか?……失格だ!』
失格の通知。
(なんてことに…?!あああああああああ…ぁっ、そうだ!)
「…恐らく精霊は、、中位レベル、ダッタカト…」
「中位?!ジャスコフ先生!」
ジャスコフを呼んだ監督官が慌てて口を挟む。
「ああ。試験では安全のため最高レベルを中位としている。」
(やぁっちゃったぁぁぁぁああ……)
「こちらの陣からの帰還ということは、精霊を倒したということですな?」
二人の監督官に気を取られていたが、他にも監督官が集まってきているのにやっと気付いた。そしてノアは理解する。庭園には広場を中心に対角になるように二つの魔法陣が敷かれている。他の生徒が奥に見える魔法陣から現れているのに対し、ここにいる生徒はノアのみなだ。
(扉を開けた受験生はあっちで、倒した生徒はこっちってことね。)
監督官達が話している間、ノアは只々立ち尽くす。何をしようが何を言おうが墓穴を掘る予感がしていたからだ。しかしその状況も一変する。
「ノアー!」
「ッ___!」
その声を聞いてノアは安堵する。どこか中性的な、そんな声色。ノアは監督官の隙間に手を入れ、その囲いから脱出し、
「アレシュ!」
(助かっ)
不意に思い出してしまった。
『ボクを殺すような君には友達なんて、大切な人なんて、一生できないよ。』
「っ…」
(そうだ、その通りだ。でも…)
慌てた様子でこちらへ向かってくるアレシュを見据える。心配してくれたのだろうか。
(私なんかがもう人を大切になんてできない。けど、この子は私が…!)
アレシュがノアの手を掴み、胸元へ寄せた。ノアはその流れのままアレシュの胸に収まり、抱きつかれる。
「良かった…ノアが戻ってこなかったらどうしようって…」
「ありがと。何とか戻ってこれたわ。それにしても、アレシュの方が帰還早かったのね。」
アレシュの肩を掴み、距離をとって顔を合わせる。
「あー、、うん。何でかわかんないけど…
初めは私のことを虐め倒していた人が急に水精霊になって…」
「え?」
「扉を開けるよう促されて…開けたらこっちに戻ってこれたの。」
ノアが目を見開いてアレシュを見つめる。水精霊が試験を放棄して扉へ導いたと言うのだ。それは驚いてしまうだろう。
「どういうこ」
「うわぁぁぁぁああ!!嫌だっ、死にたくないっ、死にたくないっ!」
急な叫び声に二人は思わず声のする方を向く。そこには担架で運ばれる受験生。
「脱落者ね。ノアが戻ってくる前に、何人も運ばれていたわ。」
ノアが運ばれている彼を見る。
(鑑定)
鑑定魔法を発動し、身体を観察すると頭が水精霊のオーラで包まれているのが見えた。
(侵食されかけてる…しんどいだろうな。)
なんて思ってはいるが助けようとはしない。ノアならば助けることができるというのに。どこかでもう、見限っているのだ。人を。
「ねぇ、アレシュはどう思う?精霊のこと。」
アレシュは突然の質問に戸惑うが平然を持ち直して答えた。
「精霊は好きよ。今回だって試験に協力してくれたし。勿論、一部悪い精霊もいるけどね。」
「なら、精霊と契約したって言われてる勇者パーティーは?」
アレシュはノアからの質問に戸惑いを隠せない。だが分かっているのだろう。この質問がノアにとって意味のあることを。
「懸命な判断だと思う。勇者様も、そのパーティーメンバーも素晴らしいことをしたわ。一部の人には批判されちゃってるけれど。」
「______そっか。」
ノアはアレシュの肩にもたれかかる。
「そっかぁ〜。」
ノアは心なしか口角を上げ、
「他の生徒の試験が終わるまで待とっか!」
空いているベンチを指差した。
「ええ。」
そしてベンチへと二人は向かう。ミレナは声に出す事なく、心にその言葉を留めた。
(___硬かったな。)
***
刻は遡り、ノアが転送される直前。
「やべぇ、転送が始まっちまう。」
廊下を駆け抜ける男は窓から庭園の様子を観察する。そして受験生が乗っている魔法陣が描かれているのに気づく。
「くそっ。」
「はぁ?!ガルス!」
その男は窓を開けて飛び降りた。三階からだ。
「我が身を羽ばたかせよ」
男は飛行魔法を発動する。そして地面に衝撃のないよう着地し、一直線に魔法陣へと走った。
(知っている。あの魔力を…!)
魔法陣に乗っている生徒たちがガルスを見る。
「えっ、ガルス様…!」
「本物?!」
そんな言葉が聞こえ、生徒たちがこちらを向いた。お目当ての人物も同じくしてこちらを向き、目が合った。
(俺は知らねぇ、けど。俺は知ってる…!)
「お前は…!」
(____魔女、ミレナ・クヴォーガー!)
その言葉を断ち切るように受験生たちは姿を消した。そこに残るのは監督官である教師とその男、ガルスだ。ガルスは伸ばした手を見つめ、胸の内に置いた。
「そこの生徒。魔法陣から引きなさい。」
ガルスは地面のその陣を見つめる。
(間違いない。俺の記憶がそう言ってる。予言よりは遅いが転生したのか。だが何故だ。魔女の復活なんて知らせ、どこからも聞いてねぇ。こんな一大事なこと、知られてないはずが…)
***
そんな庭園の様子を見下ろしている二人の影が屋根に映っていた。一人は腰に手を当てており、もう一人はしゃがみ込んでいた。
「シャロン。」
「あぁ。分かってんぜ、クロ。あの血族がこの学園にいるとはな。つっても任務にはそんな支障が出ないだろ。存在が知られてもタイトの出所調査と魔王復活、これさえバレなきゃ何とかなる。」
「すみません。僕の調査不足です。」
そう言いクローカーはしゃがみ込んでいる体の半分を影の中へ溶け込ませている。そんなクローカーの頭にシャロンが手を置いた。
「アタシも生徒のことなんざ考えてなかったなー。んじゃまっ、あいつにも一応言いに行くか。」
「ミレナですか?」
「ミーのこともだけどそっちじゃねぇーよ。ミーなら何とかすんだろ。問題は敵対視しかねないあいつだ…」
シャロンは無表情で虚な目をし、息を吐いた。クローカーもそれに気づいたのか納得し、同じく息を吐く。
「確かに、後に知られると面倒なことになりかねませんね。」
「今言ってもめんどいだろ。」
次の投稿は22日の予定です。




