2:貴方を知る者
向いた方向にあるのは小さな紅茶店。そしてそこでノアを呼んだのが店主の老婦人。
「そのローブ、よく買いに来てくれるお嬢ちゃんじゃないかい。」
老婦人は朗らかな笑顔で優しく話しかけた。
「解除」
小さく呟き、結界を解いた。
「南の方からいい茶葉が入ったんだ。お嬢ちゃんのために売り切れる前に取っといたんだ、良かったらどうだい?」
ノアは老婦人を見つめ、ゆっくりと二回頷いた。
「買います。買いたい、です。」
「中へお入り。用意するよ。」
老婦人は客で賑わった店の中へと入って行く。ルーシャは肩を小さく揺らしているノアをローブから覗いた。彼女は唇を噛み締めて光を灯した目を薄めていた。何かを溢さないように。その様子は何からくる物なのか。真新しい茶葉が手に入るからか、それとも…。
「行こっか、ノア。」
ルーシャはノアの肩に手を乗せてそう言う。ノアは軽く頷いて二人は店へと歩き出す。
***
店に入った時、丁度老婦人は葉入った紙袋を両手で持って来た。ただ、いつもよりも大きく見える。それを見たノアがポケットから財布を取り出したが、老婦人がその手に彼女の手を添えた。
「お金はいらないよ。これは私からのプレゼントだよ。受け取ってくれるかい?」
「えっ。で、でも量が…」
「あぁ、三百グラム入ってるよ。多かったかい?」
「三百?!多いです!流石にっ、払わせてください!」
ノアが前のめりにそう言い、ローブが少し後ろにずれた。気付いたルーシャがそのローブに手を伸ばそうとするが、先に動いたのは彼女の手だった。
「もう十分、払ってもらったよ。どうか受け取っとくれ。」
老婦人はローブを深く被せた。ルーシャの手は行き場を失い、降ろされる。彼は何の言動も起こさず、見守る。老婦人が紙袋を片手で持ち、もう片方の皺が見られる手で紙袋を開けた。ノアがその中を恐る恐る覗くと、その葉は光を受けて薄く緑色に光っているように見える。どこか不思議な優しい匂いを感じる。その瞬間、ノアの身体が少し軽くなったように感じられた。
「いい香り…」
「だろう?リメリアの葉だよ。毎日飲んでると健康にもいいしねぇ。お嬢ちゃん、貰ってくれ。」
老婦人は袋を閉じて前に差し出す。変わらず優しい笑みで。
「______いただきます。」
重い口を開けてその言葉を口にした。
「はいよ。」
ルーシャは扉を開けてノアもそれに続く。
「本当に、ありがとうございます。」
店から出たところで、ドアの縁を跨いだ向こうで老婦人が口を開いた。
「ふふ。その茶葉はね、不思議でねぇ、飲む者を本当の自分へ導くと言われているんだよ。」
ノアは瞳孔を少しだけ、大きくした。
「本当の、自分…」
そんな呟きすら消すように扉が動く。
「また来てねぇ。」
老婦人が手を振り扉が閉まる。閉まってからでは聞き返すこともできない。ノアがその場に立ち尽くしているとルーシャが声をかけた。
「ノア、そろそろ行こう。時間が…」
「あっ、うん!」
二人は行き交う人々の間を抜けていった。
***
二人は速度を上げて歩いて行く。門が見えたところでふと不思議に思った。
「学園に結界が見えるけど、あれ通れるの?」
「あぁ、合格した時点で君も通れるようになってるんだ。」
「合格…あっ、私の試験の時見てたのあれルーシャでしょ!」
「あはっ。バレちゃったか。」
「似てると思ったわ。」
「ははは。ねぇ、ノア。
怖がらなくてもいいよ。
今は誰も、僕らに石なんて投げないから。」
「………ええ。」
二人は学園の門を潜った。その瞬間身体に謎の浮遊感が生まれたがすぐに消えた。ノアが歩きつつ、振り返って門を見る。
「変な感じしただろう?」
「あれで判別してるんだ。門を潜って良い者かどうかを。」
「へぇー。そんなのあるんだー。」
ノアは興味なさ気に言ったが未だに門や天井を見渡している。やはり魔女が、魔法使いが抜けきっていないのだろう。声からはわからずとも表情が輝いて見える。広い学園内を歩いて行くと木々が生い茂っていき、小さな森の中に石造りの建物が見られた。所々蔦が絡まっていたり、木々があり、自然味を感じられる。アーチ型窓も見られ陽の光が窓に差し込んでいるのが見える。校舎からも離れているため、どこか居心地良さそうな、暖かそうな場所だった。
二人は足を止めてその寮を見た。
「思ってたのと違ったわ。もっと重たい感じかと。」
「んーそれは程遠いかな。」
「それに、思っていたよりも小さいような…」
「そうだね。寮に入る人は少ないかも。」
二人は玄関へと歩いて行く。
辿り着き、扉を開けようとルーシャが手を翳した時、
「ノア!」
背後から懐かしい声が聞こえた。懐かしい、それは一ヶ月前のことなのか、ノアには何故かそう思えなかった。
「アレシュ!」
ノアは荷物をその場に置いてアレシュの元へと駆けて行く。同じようにアレシュもこちらへ走って行く。
そんなアレシュとノアの後ろ姿を見たルージアの目は光を消し、黒く沈んでいた。その表情にノアは気付かない。
「ノアも寮に入るのね!」
「ええ!アレシュも?」
「もちろん!家も遠いし、家にいるのやだから。」
二人は手を合わせながら笑顔で会話する。ただ、ノアの中には一つの疑問が浮かんだ。
(でも、大丈夫なのかな。だって、、、)
アレシュがノアの背後にいる男に気付いた。その瞬間、アレシュの目は大きく開かれた。アレシュはノアの耳元に顔を寄せて小声で話した。
「ルーシャ・ヴェルン先輩じゃない!なんで?!友達?!」
「えーーーと…うん!」
(ルーシャて有名なのかな。あ、)
ノアには一次試験の時に見たルーシャを囲む女性達を思い出した。
(そーゆーことか。あの顔ならね。)
「ノア!」
その人物から彼女の名が聞こえた。ノアは手を合わせたまま振り返った。彼の表情は笑顔に変わる。偽ったような笑顔に。振り返る前、少し険しそうに見えたのは気のせいか。
「その女性は?」
ノアはアレシュの手を持ち、ルーシャの元へと歩いた。
「彼女はアレシュ。私のお友達よ。」
「アレシュ・オルデランと申します。ヴェルン先輩。」
「ルーシャでいいよ。
さぁ二人とも、中へ入ろう。」
ルーシャが扉を開ける。開けた扉から眩い光が照らし、ノアとアレシュが手で目を覆った。
「ようこそ、オーブ寮へ。」




