1: 見つけた
『かの魔女、ミレナ・クヴォーガーは二百年の眠りを経て、再びこの地に顕れん』
なんてことを己を予言者と称する者がほざいた。しかし、その時代に予言できたものはただ一人だというのに意外にも惜しいところを突いている。
正しくは、
「三百年だ。んー百年差って大きい…のかな」
小さな書庫の中。窓から吹き抜ける風でその長い銀髪を靡かせる少女が呟いた。
少女は古い本を開き持ち、きしむ椅子に腰掛けている
そのサファイヤのように輝く碧眼で本に書かれた文字を目で追いながら頭上に掲げた。
「ん〜…ま、今の私には関係ないか!」
少女は椅子から立ち上がり、手に持っていた本をデスクに置きいた。軽やかな足取りで台所へと歩いていく。
「こーちゃっ、こーちゃっ、こーちゃをのみたいっ♪」
口遊みながら辿り着き台所の戸棚からお目当ての紅茶の葉が入った缶を取り出して開けた。残念ながら中にはひとつまみの茶葉しか入っていない。一杯も満足に嗜むことの出来ない茶葉の量だ。それを見た少女は溜息を吐き、肩を落とした。
「そうだった、買いに行こうと思ってたんだったけ。忘れてた…」
缶をリビングのテーブルに置き、玄関へと向かう
ドア付近にあるコートスタンドからローブを取り、羽織る。頭まで被り、
「よいっしょ、久しぶりの外出ね。変装魔法は……ローブ被るからいっか。」
***
その少女が住む家からすぐ近くの大通りには市場が並んでいる。その市場に並ぶ物を見ながら少女は紅茶店へ歩いて行く。
「あのクッキー美味しそうだなぁ。あっ、あのスコーンも美味しそう…帰る時買おっかな。」
なんてことを小声で言っているうちに目的地に着いた。そこにある紅茶店はお手頃価格の紅茶が並んでいる小さな店だ。外にはテラス席もあり試飲も出来、紅茶好きな平民にはありがたい。
「前はストロベリー系だったし…ブルーベリー系にしようかな。」
「お嬢ちゃん、紅茶の味がわかるのかい?なら最近入ったアップルがおすすめだよ、ローズと合わせてもいいしねぇ。」
迷っていると店主の老婦人が声をかけた。声をかけられたことに驚き、言葉に詰まってしまったがなんとか続かせる。
「ではこれとこれ、あとそのアップルを百グラムずつお願いします。」
銀貨を九枚渡してそう告げた
「はいよ、用意するからテラスで待っててねぇ。」
そう促され外のテラス席へと向かい腰掛ける。外は人で賑わっているかと思えば人衆が一ヶ所に集まっていた。
何があるのだろうと目を凝らすと中心にいる若い男性を子供が、そして次に大人が囲っていた。男性が宙に浮く水の球体に腕を向けて魔法で支え、子供達がその水に触れたり、中に手や腕を入れたりして楽しんでいた。
それを机に肘をつき、顎に手を置いて俯瞰していたが、ふと呟いた。
「ふーん。あ、落ちる。」
その瞬間、水の球体が下に穴が空いたかのように溢れていった。大衆はこれもパフォーマンスの一種かと思い盛り上がっている。
一方男性は腕を下ろし苦笑し、再び水球を作り出そうと腕を前に向けて目を瞑り詠唱を始める。
「________短縮詠唱も出来ないのによく見せようとお思いで。あれじゃ魔法の資格とやらも取ってないでしょ。ならあれって違法じゃ__」
「なぜ違法と思うんだ?」
「______!」
(いつの間にっ…)
少女の座る席の目の前、机を挟んで反対側には長身の人物が座っているた。その人物もまた少女と同様ローブを被っていて顔が見えないが声から女性であることが窺える。
「お嬢ちゃんお待たせ、紅茶三種類百グラムねぇ。」
「ありがとうございます。」
紅茶を届けに来てくれた老婦人は微笑みを向けてからその場を去って行く。そして少女はその背中を見つめながら言う。
「どなたか存じ上げませんが、相席するなら許可を取ってからするべきでは?」
言い終わってからその女性の方を向いた、彼女は机に肘をついてローブの下で口角を上げていた。
「あぁ、確かに、ごもっともだ。相席していいか?」
「お好きにどうぞ、私はもう帰りますけど。」
紅茶が入った紙袋を手に持ち立ち上がろうとすると、
「アタシの質問に答えれねぇのか?」
「______はぁ。」
溜め息を吐いて手に持ったものを机に戻し、再び椅子に座り直した。相手を見ず、先程の男性を見ながら口を開く。
「魔法師資格なしに街中など、決められた場所以外で魔法を使うのは違法と本で読んだことがあるからです。」
「へぇ…で、なんで彼が資格を持っていないと?」
「………」
(何この人、やたらと聞いてくるじゃない。)
「あの方の詠唱、短縮が一切されてなかったので、その程度で取れるような資格とは思えませんし。」
「へぇなるほどー。魔法に詳しいんだな。」
「別に、そんなことないですよ。」
「そうは思えないなぁ。普通の平民は短縮詠唱の存在すら知らねぇはずだ。」
「………」
(今の時代のそんなルール知るわけないじゃない…)
「それも本で読ん」
「平民が買えるような本には書かれてねぇぞ。それとあんた、その年齢のくせして異常に魔力が洗練されてんな。なぁ…」
「________この後用事があるのでそろそろ帰らせていただきます。」
紙袋を握りしめ、逃げるようにそそくさとその場から、店から出て行った。その間、彼女はこちらを見ているだけで何も言わなかったが、
少女の姿を見送りながら、女は右耳に手を近づけたかと思えば誰かに話しかける。
「見つけたぜ。教会正面から見て左手の大通り。身長は約一五〇センチ。頭までローブ被ってる。」
『了解』
***
少女は来た大通りにいる大衆の中を必死に走って行く
(あの女の人はまずい、魔術師?いや、そう言う感じでもなさそう。それに、どこか聞き覚えのある声だったような…とにかく、多分、と言うか絶対、追ってきてるはず…!
あの人はダメな気がする。見た所魔力もそんなになさそうだったけど。何でこんなにも胸騒ぎがするの…)
「索敵」
そう呟き、走っている右足に魔力を込めて地面を踏む。その瞬間、周囲の人々には見えない魔法陣がその右足を中心に円型に描かれる。それからその魔法陣が中心になり、より大きな魔法陣が描かれた。
(後ろ五十メートルと八十メートルからこっちに向かって走ってきてるわ。家は特定されないようにしたいけど…茶葉は死守しないと。)
直線の大通りから家への道へと方向転換し、住宅街へと走り抜ける。そして己の家が見えるところまで走ってから家の窓を指さして。
「風」
窓を開けた。
その窓を走りすぎる瞬間、茶葉を家の中に置く。そして後ろを指差しながら次は窓を閉める。
「これで取り敢えず一安心…だと嬉しかったんだけど。」
少女は天を見上げた。
「できれば避けたかったんだけど…」
「風」
少女は地面に手を向けて魔法を発動し、勢いよく少女は上空へ飛んでいった。そしてまた風魔法を使いつつ煉瓦屋根に飛び乗り身を屈めた。
「__さくて」
「腕落ちたんじゃねぇの?」
「ッ_____!」
不意に背後から声がした。
驚いて振り返る。
そこには先刻の女性がローブを風で揺らしながら佇んでいた。
「とっくに追いついてたぜ?」
「貴方、何者ですか?」
少女は立ち上がり、同じく風を受けながら問いかける。
「___そろそろ気付けよ。アタシはあんたが誰なのか、分かってるけどな。」
なんてローブの陰から不吉な笑みを浮かべる女に少女は手を向け、
「風」
凄まじい風速の風を起こした。その時、女のローブが風で後ろへと飛ばされた。
その女の姿を見て少女は目を見開く。
「なんで…」
そしてほぼ同時に少女のローブのフードが後ろに引っ張られて外される。
(ローブがっ!)
後ろを振り返ろうとした時、少女の後ろから濃紫の髪を持つ少年が顔を覗かせた。
「弱くなりました?お久しぶりです。」
驚いた少女は足先に力を込めて少年から三歩後ずさる。
「何で、私って分かったの。」
少年は傾けた体を起こし、後ろで手を組んで真っ直ぐ見つめてくる。
「僕はシャロンに報告を受けたので。」
少女はそれを聞いてその女を見る。
「で、シャロンは?」
女は右手を腰に当て、その真紅の髪を掻き上げて朱色の目を細める。
「初めは勘さ、んでちょっかいかけてたら分かった。決定打はその魔力の形だがな。」
そう言いシャロンは少女を指差す。
「二百年どころか三百年も待たせやがって…なぁクロ?」
「僕は信じませんでしたよ。信じてたのは貴方とルージアだけです。適当に言ってる可能性だってあるでしょうに…」
クロと言われた人物は額に手を置いて呆れた様子。
「シャロンはなんでローブなんか被ってたの?」
「そりゃあんたに気付かれちまうと逃げられると思ったからだ。実際逃げたしな。それと____」
途中の言葉を止めた。変わらず笑みを浮かべつつシャロンは言う。
「あんたは?」
「……狙われたくないもの。私たちの結んだ契約に反対する人達がまだいるでしょ。予言で私が戻ってくるって知られちゃってるし。」
「確かにそうだな。だからアタシ達も隠れて生きてる。ああいう奴らから逃げるために。」
シャロンは少女、ではなくそれよりも後ろを指差した。少女とクロは驚くこともなく落ち着いて振り返る。そこには剣を持った男が四人と杖を持つ魔術師が八人いる。その魔術師のうちの一人が杖を抱えて声を上げる。
「ななななぜ、貴様がっ…!」
「報告と違うじゃないかっ!」
「格闘家のシャロンとスカウトのクローカー、二人のみと聞いたぞっ!」
「他のパーティーメンバーと合流していたなんて…それも…」
魔術師達は声を荒げる
剣士達は訳もわからないと言った様子でおずおずと魔術師に聞く。
「…どうしたんだ?」
それに怒るように叫んで魔術師が声を荒げた。
「あの銀髪と魔力を見てわからぬのか?!だから騎士はっ……あれは、魔女だ…魔女、
ミレナ・クヴォーガーだぞっ?!」
「何を騒いでるかと思えば…あんたのことじゃん、ミー?」
シャロンがミレナとクロの元へ歩いて行き、ミレナの頭に手を置いた
「結局バレちゃったじゃない!最悪…」
「あれはダリアース伯爵からの方々ですね。また捕まえて伯爵のお宅へ返します?」
「んー。」
シャロンが剣士と魔術師達に視線を移す。
「ミレナ・クヴォーガーって…」
「魔女だ、魔女だぁっ!」
一人の剣士は怯えてその場に座り込む。他にも腰を抜かして倒れている者もいる。うち、他の魔術師とは違い、水晶玉を埋め込まれた杖を持つ魔術師が声を上げた。
「といっても姿は幼い。あれでは体内の魔力量も大幅に減少しているに違いない。」
ミレナは至って平静な表情のまま、内心慌てていた。
(その通り。私が積み上げてきた魔力はまだ回復し切ってない。)
その魔術師が杖を上に上げて皆の指揮を取るかのように言い放つ。
「魔女といっても今の実力は並の魔術師以下ぐらいだろう案ずることはない。」
「って言われてんぞ?」
ミレナの頭上に置いた手を左右に揺らし、わしゃわしゃと乱暴に撫でる
「うん、魔力量は少なくなっちゃった。でももっと減ったのはちシャロンのせいだよ…?」
「はははー。」
「はぁ……。でも、負けるとは思えないわ。」
シャロンの腕を払いのけ、髪を整えながらミレナはクロを見た。
「クロ、お願いね。」
「了解。」
ミレナは彼らの元へ、
ただただ歩くように足取りを進めて行き、剣士と魔術師達は怯えつつ構える。クローカーが胸元から短剣を取り出して鞘をそのままに天へ向けた。
そして詠唱を始める。その瞬間、短剣が紫紺の輝きを放つ。
「自然に満ちる数多の魔力よ。
我がクローカー・フェイナスの名の下に」
短剣を振り下ろしその魔女と言われる少女に向ける
ミレナ・クヴォーガーの元に、集え。」
剣から光が消え、ミレナの周辺に幾つもの光り輝く球体が発生し、その体に吸い込まれていった。ミレナは人差し指を敵に向け。
「か」
ミレナが詠唱を始めようとしたその時、クロが慌ててミレナの脳内に語りかけた
『待って!』
『うわぁっ!びっくりした。何?』
ミレナが両耳を無意識に塞いだ。
『あの水晶が入った杖、あの杖を彼が魔法を使う前に傷つけずに取り上げてください!』
『なん』
『いいからっ!』
「………はぁ。」
本日何度目かも分からない溜息を溢し、再び指を向けた。
「風」
ミレナの指を中心に魔法陣が描かれた。
「防御魔法を展開せよ!」
水晶を持つ魔術師がそう言い、その魔術師含め皆が詠唱を始めようとすると。
風魔法はミレナの元から、ではなく水晶を持つ魔術師の足元から吹き荒れた
「うっぅぅぅわぁぁぁあああ!!!」
その魔術師は杖を離し、上空へ飛んでいった。そして浮いた杖を操るように伸ばした指を曲げて引き寄せ、手に取った。
「よしっゲット!」
他の魔術師が杖を失った魔術師に杖を向けて重力魔法で下に降ろしている。
「クローなんでこれがいるのー?」
振り返ってクローカーを見ると困惑した表情をしていた。
「説明は後でします。けど貴方にこれから依頼する任務に関わる大事な物です。」
「依頼?え?どういうこと?」
「こらーーー!街中での魔法戦闘は禁止だぞー!」
遠くからは箒に乗った男性二人がこちらへやって来る
「やっべ、治安兵だぜ。クロ、ミー。逃げんぞー。」
三人は屋根から降りて走って行く。
「このまま真っ直ぐ行くと治安兵が数名います。」
「んー…なら、私の家行く?」
「お邪魔します。」
「邪魔するぜー。」
ミレナがドアを開けて二人を中へ入れる。
「平民に転生したのに案外立派な家だな。」
「あー…まぁねー。」
ミレナが手に持っていた杖を机に置いて言う。
「で、さっき言ってた依頼って何?
この水晶は何なの?」
シャロンが椅子に腰掛けて凝視する。同じくクローカーも椅子に座り、その水晶に指先を乗せる。
「魔道具、のような物だと思います。」
ミレナが置き去りにした紅茶の葉を缶に詰め替え始めた。
「よーく見るとただの魔道具には見えないんだけど?」
「そうですね、この魔道具は…奪うんです、生命力を。
そして代わりにタイトを体内に流します。」
ミレナの手がミレナの手が止まる
「それって…」
「ええ、僕らの魔王討伐時代に流行した毒です。当時の製造主は魔王。奪った生命力で魔族の強化をしていました。」
ミレナがクローカー達の元へ歩いて行き、その水晶を見下ろす。
「今回奪われた生命力も何かしらに利用されてるはずです。」
「で、私の任務って話は何?引き受けるつもりはないんだけど。」
それまで腕を組み黙っていたシャロンが口を開けた。
「めんどいっつったってあんた三百年も寝てたじゃん。」
「寝てたとか言わないで。」
「ルージアからも適役は貴方と言われました。」
ミレナの眉間は皺を作り、口を噤み、むむむといった顔を見せる。
「_____はぁ」
またもや溜め息。
「で、私は何をすればいいの?」
「潜入調査です。レイ・バーノイン学園への。」
「_______はぁ??」
「魔法学園と騎士学園が併立してますが貴方には魔法学え」
「待って、何でそこで学園が出て来んの?」
ミレナがクローカーの口を手で塞いで慌てて聞く。
「むむーむ、むむむむーむむむ。」
「大体クロとかシャロンでもいいじゃ…」
「いや、ダメだな。アタシもクロも一部の奴らに顔が割れてる。年齢的にも合わねぇしな。」
クローカーがミレナの手を口元から離す。
「その魔道具によって吸われた生命力が学園のどこかに集められてるんです。ただ学園を守る防御結界によりどこに行き着くのかは分かりません。騎士学園の方には」
「でもその学園お貴族様の学園でしょ?」
「平民もいんぞ。確かに少ないが…それにあんたにも必要だ。だって、まだ自分のせいだと思ってんだろ、メイのこと。」
ミレナの目がゆっくりと開かれる。
動揺が瞳に宿り、瞳孔が震えた。
「メイのことはあんただけのせいじゃ___」
「別に、もう引きずってないよ。」
顔を曇らせたミレナにクローカーが覗き込んで見上げ、
「ならなぜまだ呪縛を解かないのですか?あなたならもう解けるでしょう?」
「……。」
ミレナは顔を顰め下を向く。
長い髪が垂れて彼女の表情は見えない。
「っあーー分かった、行くよ、潜入調査。その生命力が行き着く在処を見つけりゃいいんでしょ。」
「ええ、ありがとうございます。」
「手続きとか諸々はこっちがやっといてやっから来月からの寮生活の準備でもしときな。」
「来月って…それまた急じゃん…」
シャロンが腕を前に伸ばした。
「んーー、喉乾いた!何かねーかー?」
「あっ!茶葉詰めなきゃ。」
シャロンの言葉を無視してミレナは台所へ引き返し、再び茶葉を缶に入れ始めた。
「ルージアに報告しないとですね。」
「喜ぶだろーなっ!」
シャロンはニカッと笑った。
初めましてです。
今まで違うサイトで創作作品を載せさせて頂いておりましたが新たな試みもしようと言うことでなろうにお邪魔します。
チート系、魔法系が好物です。
オリジナルは初めてなので実力不足があるかと思いますがご了承ください。
少しでも多くの方に楽しい、面白いをお届けできたら幸いです。あとこういう系統?世界観?に多くの方にハマってほしい…
ただ投稿頻度は遅めだと思います。申し訳ない…




