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無能な僕はこの世界で、精神科医の夢を見る  作者: 精神科医Tomy
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記憶のヒント

「いや、大丈夫です。ちょっと頭痛がしたものですから」

 

ルーラはすぐに立ち上がった。しかし、表情をみるとまだ痛そうで、おそらく僕達に心配させたくなかったのだろう。そして、彼女の様子から気になることがあった。


「頭痛ですか。どのタイミングで?」

「タイミング?」


「たとえば、手紙を読んだ瞬間なのか。何かの言葉を見た瞬間なのか、そういったことです」

「ああ」


ルーラは少し考え込み、こう答えた。

「そう言われると、多分料理のことを考えた瞬間です。『かつての私が、どんな料理を作ったのだろうか』と考えた瞬間に頭痛がして」


実際のところ、解離性障害、しかもルーラのように遁走と診断できるケースは非常に稀で、その治療経験は僕には無い。ただ記憶が回復するときに、何らかの身体症状を伴うことはあり得る。

この記憶の喪失は脳への直接的なダメージがもたらしているのではない。無意識下では記憶はあるのだが、それが意識される段階で本人が抑圧している。つまり、記憶が戻ることをルーラの無意識が拒否しているわけだ。だから記憶が戻りそうになると、頭痛などの症状で無意識との葛藤が表現されているのかもしれない。


つまり言い方を変えると、「料理」に記憶が戻るヒントがある。

そして僕は「あること」を思いついた。


「ルーラさん、これから僕の言う料理を作ってくれませんか?」

「料理?どんな料理ですか?」


「肉と芋を甘辛く煮つけた料理です」

「何か、レシピとかはあるんですか?」


ルーラは、当然だが、少し困惑していた。

「いえ、特に。この条件で、あなたが思いのままに料理を作ってほしいんです。もちろん他の具材を足してもいいのです」


これはちょっとした賭けだ。あのときのルーラの料理はどれも美味しかった。そして特に僕の記憶に深く刻まれているのは、朋美の肉じゃがを彷彿(ほうふつ)とさせた「肉と芋の煮込み」だった。記憶を無くしている人間が、どれだけ料理ができるのかは未知数だ。しかし、この料理を再現できるのかどうかで、ルーラの記憶に何か刺激を与えられるかもしれない。


言わば思いつきだが、試してみる価値はあるように思えた。


「わかりました。ちゃんと作れるかどうかわかりませんが、やってみます」

そう口にするルーラの顔は、勇者の顔だった。



 

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