ルーラに、何が起きたのか
解離性障害。
解離性障害とは、精神疾患の1ジャンルの一つであり、小説や映画で有名な「多重人格(正式には解離性同一性障害)」もこれに含まれる。原因はよくわかっていないのだが、幼少期に受けた逃れられないストレス体験により生み出されるという説もある。
たとえば、虐待を受けていた子供は、自分の意志ではその状況から逃れられない。そのため、自分の意識を解離させてストレスから逃れようとすることがある。簡単にいうと意識をぼんやりさせることで、精神的な苦痛を逃がそうとするのだ。
まず、よくあるものとしては「離人症」と呼ばれるものがある。これは現実感を弱めることでストレスから回避しようとする。「ここにいるようでいないような感じ」「自分と世界の間に一枚膜が張ったような感じ」と表現されることもある。
これがさらにひどくなると、「解離性健忘」という症状になる。これは、ある一定の期間の記憶が完全になくなることである。そこに他の人格が出現すると、解離性同一性障害、いわゆる多重人格になる。有名な疾患だが、実際に本当にこれと診断できるケースはごく稀である。
もっとひどくなると完全に記憶を無くして、全く別の場所で違う人間として生活を始めることもある。これは「遁走」と呼ばれる。
僕の解釈だと、ルーラは何らかの理由で、以前から「解離性健忘」が起きていた。そして、少しずつひどくなっていた。それをクロン爺だけに相談していたのだろう。そういえば、僕がお暇を申し出た時、ルーラの顔が一瞬無表情になり、返事に間があった。もしかしたらこのときも軽く「解離」していたのかもしれない。
ルーラは、いずれは「レスリンの泉」の力で治そうと思っていたのだろう。そこに僕がお暇を申し出たので、ちょうど良いチャンスだった。そして、書置きを残し、一人でレスリンの泉に向かった。もし治らなかった場合、誰にも心配をかけたくなかったのだ。だから「探すな」と書いた。
そして、レスリンの泉であいつらに遭遇した。恐ろしい「歯」で世界を食い尽くそうとするあいつらに。彼らと戦ううちに、ルーラのストレスが限界を超え、そして完全に記憶が無くなってしまったのだ。
今のルーラは「遁走」しうる状態だ。つまり、解離としてはもっとも重篤な状況になっている。
残念ながら、この症状を確実に治す方法はない。症状に応じて、カウンセリングや抗うつ薬を使うことはあるが「これをすれば記憶が戻る」ということはないのだ。何かのきっかけで、ふいに記憶が戻るのを待つしかない。
「君は、ルーラが治せるのか」
強く細い滝のように流れていた僕の思考を、クロン爺の言葉が中断させた。




