森の異変
「下がって」
にわかに緊張するレクサの声。その声が言い終わる前に、既にレクサは剣を構えている。
無数の影が大きく飛び立ち、森は大きく揺れ動いた。
さらに、鼓膜が破れそうなほどの無数の鳴き声。その数は、おそらく数十、数百というレベルではない。
「何?」
レクサに聞くもののの、鳴き声にかき消されて自分の声も聞こえない。レクサは口元に人差し指を立てる。
嵐のような気配の主は、我々の前に姿を現すことはなく、やがて嵐のように通り過ぎていった。
レクサ以外の皆は、驚きその場で固まっていた。その静けさに耐えられないかのように、ゾロが最初に口を開く。
「なあ、レクサ。今のは?」
「おそらく小型の魔物の群れです。多分吸血蝙蝠か、翼竜でしょうか」
「我々を襲おうとしたわけではなさそうじゃな」
「そうですね。クロンさん。いくら集団行動をする魔物だといっても、あの数は異常です。襲うというより、まるで……」
そういうレクサの顔に、わずかに何かを我慢しているかのような表情を僕は感じた。
「レクサ、薬を飲んで」
「いや、デュロ。まだ大丈夫よ」
「ダメだ。飲んでください」
「わかりました、あなたが言うのなら」
レクサは、懐から薬の瓶を取り出し、口に含んだ。
パニック障害になりやすい人は、無理をするきらいがある。自分の状況を自分の力でコントロールしたいのだ。その真面目な性格が、かえって予期不安を引き起こす。今回は、最初の発作のきっかけとなった吸血蝙蝠の気配がダメだったのだろう。
「発作というのは、一度でも起こすとまた起こしやすくなるからね。念のため」
「ありがとう、デュロ」
「大丈夫かい。レクサさん」
「はい、ありがとうございます。クロンさん。
実はずっと気になっていたのですが、妙に魔物と遭遇しないと思いませんか?」
「それは儂も気になっていた」
「そして、にもかかわらずザワザワと森には気配がある。むしろ、いつもより蠢いているように感じます。
なのに、私達には接触してきません」
そう、確かに今までの旅には違和感があった。
魔物や動物たちが活発に動いている気配があるのに、こちらには向かってこない。
この違和感の原因は、一つ。おそらくレクサも同じ結論にたどりついているのだろう。
「私は、こう考えているんです」




