僕の、秘密の仕事
「ああ、眠い。無能、後よろしく」
「はい、お疲れ様でした」
女主人は、飲むペースが早かったせいか、今日はいつもよりだいぶ早く寝室に上がってしまった。寝室に上がったとしても、すぐに気を緩めるのは早い。たまに何かどうでもいい理由で帰ってくることがあるからだ。僕が以前の世界で好きだったドラマの、古畑なんとかとかいう刑事と同じだ。あのドラマは本当に好きだった。犯人がホッとした瞬間に「そうそう、あと一つだけ」と戻ってくるのだ。
そのため女主人が上がったあとも、僕はしばらく素知らぬ顔でグラスを拭いたり、客の注文を答えたりするようにしている。やがて奥のほうから、ハイエナの鳴き声のようないびきが聞こえてきた。
「おい、兄ちゃんよ。そろそろいいんじゃないか」
その音を聞いて、今日の客の一人であるゾロのおやじが、小さな声で僕に言う。彼は、村の西部にある防具屋の主人だ。奥さんがめっぽう気が強く、常に夫婦喧嘩が絶えないようだ。そのため彼はいつも、ギリギリまで飲んで帰るのだ。
「そうだね。最近は、眠りの具合はどうですか?」
彼に僕が与えていた薬が、最近効かなくなっていた。寝つきは良いが途中で目覚めるようになったのだ。だから先週渡した薬は、ちょっと持続時間が長いものに配合を変えてみた。
「うん、本当にちょうどいい。しっかり眠れるし、残らないし」
「良かったです」
可哀そうなことに、夫婦円満とは言えない家庭環境のせいか、ゾロのおやじは慢性的な不眠に悩まされている。その話をここで聞いたのは一月ほど前のことだ。それを聞いて可哀そうに思った僕の脳裏に、あるアイデアが浮かんだ。
そうだ。ここで、精神科医療をやろう。
この世界では、精神科医のスキルは何の役にも立たないと思っていた。この世界で一番価値があるとされている能力は、体力や戦闘力や魔法の力。残念ながら僕には全く備わっていない。だから拾われたこの宿屋で、召使のようなことをするしかないと思っていた。ところがこのおやじの話を聞いて、気が付いたのだ。
「この世界にも心の病はある」と。
そして、僕はこの思いつきを実践してみることにした。とはいえ、この世界には製薬会社も、薬の卸業者も、調剤薬局もない。精神科医の仕事には薬は不可欠だ。そこで僕は考えた。