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幻の肉じゃが

 女主人のがさつな気配が消えると、僕はゆっくりとベッドから身を起こし、床に転がった麻袋を拾った。いつものことだが、背中が痛い。ベッドといっても、マットレスなどなく、正確に言えば木の板で作られた台だ。しかし、この痛みももう慣れた。

 麻袋の中身は、野菜くずのようなもの。つまりは残飯だ。女主人の機嫌がよければ、多少は塩が振ってあることもある。しかし、今朝の様子を見る限り、今日は味付けはされていないだろう。一口、芋の欠片をかじったがその予想通りだった。これももう慣れた。

 以前の生活を考えれば、こんなものは食べ物ですらないように思えるはずだ。しかしこればかり食べていると、不思議と意外と美味しく感じてくる。それぞれの野菜のわずかな甘み、苦み、辛み、香り。それらがふわっと感じられるようになるのだ。正直記憶にある限り、この世界ではこんなものしか食べていない。なんの期待もなく諦めたのが、かえって味覚を鋭敏にしているのかもしれない。


 それに、僕には最強の調味料がある。このわずかな味覚を、僕は想像で補う。袋の中身を口に放り込み、何度も咀嚼していると、徐々に味わいが強くなる。そして、この瞬間僕は、自由に想像する。たとえば、今日頭に浮かんだのは、「肉じゃが」だ。朋美の得意料理の肉じゃが。僕の大好きだった肉じゃが。

 すると口の中のわずかな風味が、「肉じゃが」の形にゆっくりと形を変える。僕は今肉じゃがを食べているのだ。


「おい、何やっているんだ、早くしろ。この無能」

「はい、ただいま」


 とうとう階下から、女主人の怒号が響き渡った。これ以上女主人の機嫌を損ねると、後が怖い。僕は慌てて支度をして、階段を下りることにした。支度といっても、身体に巻き付けた布を取り換えるだけだが。


 

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