戦略と計画
「おい」
翌朝、僕はまどろむ暇もなく、いきなり女主人に頭をこづかれて目が覚めた。
「いつまで寝てるんだよ。この無能」
「あ、すいません。今すぐ支度します」
女主人は返事もせず、ドスドスと足音を立てて降りていった。朝食の入った麻袋は持ってきてくれたようだが、今日は食べる時間はないだろう。それにしても女主人の足音でも目が覚めないなんて初めてだ。少し夜更かしたせいだろうか。
僕はさっさと支度をすませ、いつものルーティンの仕事に入る。黙々と身体を動かしながら、レクサの治療について改めて考えてみる。薬の調合に関しては、問題ない。夜女主人が寝付いたあとに、調合する時間は確保できるだろう。
ただ問題は、認知行動療法や暴露療法だ。今の生活の中ではとてもそれをする時間がない。この世界では抗うつ薬は手に入らない。お守り代わりの「抗不安薬」だけで、レクサの症状が改善するだろうか。いや、無理だ。多少は外に出られるようになったとしても、勇者として再び冒険ができるように持っていくのは至難の業だ。
では、どうやったら治療の時間が作り出せるのだろうか。この家にいる限りは、夜の時間を除いて、ひたすら女主人の監視の元こき使われる。僕は、赤子の時にここの女主人に拾われた。それからずっと僕はこの家から出してもらえていない。休憩時間も自由時間もない。
するとやはり、お暇をもらうしかないのか。僕はそこまで考えて、大きくため息をついた。この世界に生まれてこの方、女主人に反抗はおろか、物申したことはない。一体彼女がどんな反応をするのか想像もつかない。
やはり、僕特製の「抗不安薬」まで作って、あとは諦めるしかないのか。しかし、僕の脳裏には、レクサの大粒の涙が焼き付けられていた。そして、僕に話をしたあとに見せた、朋美を彷彿とさせる笑顔。
いや、ダメだ。なんとかしてやりたい。
僕がこの世界で諦めていた、精神科医として人の役に立つこと。やっとその道が見えるようになってきたのだ。中途半端なことはしたくない。女主人にこき使われるだけの人生は嫌だ。しかし、女主人と対立するのも良くはないだろう。何せ、まだ勝手のわからない世界だ。誰かと無駄に対立することは望ましくない。
女主人にお暇をもらうにせよ、戦略と計画が必要だ。そこまで考えて、僕はあることを思い出した。一週間ほど前に、ゾロのおやじが言っていたことを。
「あのな。最近、トレドのお城で、使用人募集しているらしいぞ」
これだ。




