嫌いにさせないで
その瞬間、セナの視線がレクサへと向いた。
「姉さん、なぜここにいるかわからないけれど――」
唇がわずかに震える。
「死んで」
セナは静かに掌を開いた。
その中心に、小さなエメラルド色の光が生まれる。
豆粒ほどの球体だったそれは、呼吸をするように脈打ちながら、ゆっくりと膨らみはじめた。
淡い光が、次第に濃くなる。
病室の壁が緑に染まり、空気が重く沈んでいく。
クロンが眉をひそめた。
ボルチが剣を構え直す。
リタの防御陣が軋む。
だが、誰も動かない。
僕は直感的に思った。
これは――まずい。
本能が警鐘を鳴らしている。
あれは、ただの攻撃じゃない。
放たれた瞬間、この部屋ごと消し飛ぶ。
胸の奥から言葉が溢れた。
「朋美、やめるんだ」
セナの肩がわずかに震える。
僕は続けた。
「俺の記憶を、気持ちを汚さないでくれ」
エメラルドの球は、なおも膨らみ続ける。
だが、その光が揺れた。
「これ以上……嫌いにさせないでくれ」
その瞬間だった。
すべてが止まった。
セナの掌の上で膨れ上がっていた光が、ぴたりと静止する。
空気が凍りつく。
セナはゆっくりと顔を上げた。
そして、僕を見た。
そこにいたのは、さっきまでの狂気に染まった女じゃない。
泣きそうな、壊れてしまいそうな――
ただの少女の顔だった。
唇がかすかに動く。
「昇……」
次の瞬間。
僕の体が、ゆっくりと降りはじめた。
浮かんでいたベッドが軋みながら床へ戻る。
点滴台が静かに落ち、椅子や棚の破片も、ひとつずつ重力を取り戻していく。
まるで時間が、元に戻るみたいに。
僕は床に足をついた。
同時に、病室中に浮かんでいたすべてのものが、静かに床へと降りた。




