自己犠牲
彼が目を覚ましたのは、白い天井の下だった。病室。静かで清潔な空間。鼻をくすぐるのは薬品の匂い。
「……あー、また死に損なったか」
ベッドに沈む自分の身体を見下ろすようにして、彼は肩をすくめる。痛む脇腹には分厚い包帯、点滴の針が手の甲に刺さっている。痛みも不快感もあるが、不思議と嫌悪感はない。
「まあ、うまく守れたからいいか。勝ったし」
誰にでもなく、ただ満足げに笑った。
けれど次の瞬間、病室のドアが開いて、怒涛のように仲間たちがなだれ込んできた。
「おい!!バカ!!お前なにやってんだよ!!」
「なに勝手に一人で突っ込んでんの!?脇腹裂けてたんだぞ!?」
「救急搬送されたって聞いて、心臓止まるかと思ったんだけど!!」
「無事だったから許すとか思ってんのか!?思ってんだろ!?その顔!!」
取り囲むようにして、怒鳴り声と怒りと心配と、それらの感情が渦を巻く。
彼は、ぽかんと見上げていたが――数秒後、くつくつと、笑い出した。
「……あー、あはは。あんたら、ほんとわかりやすいな。泣いて、怒って。そっか、そんなに俺のこと好きか。うれしいねぇ」
「ふざけんな!!」
怒声が響いた。いつもは穏やかな仲間が、怒りで顔を歪めている。
「お前さ、自分が傷ついたら、俺たちがどう思うか、分かってるよな!?わかっててやったんだろ!!」
「そうだよ。知ってた。だから、わざとやった」
――その言葉に、全員が固まった。
彼は、強い瞳で仲間たちを見据える。そして、明確に、宣言した。
「俺は、自分が好きだよ。かっこいいし、強いし、頭もいいしな。……でも、“使える”ってのも事実でさ。俺の身体一つで、あんたらが無事で、勝てるなら、そっちのが効率いい。そうだろ?」
「そんなの……!」
「知ってるよ。あんたらが俺のこと、大事にしてくれてるの。守りたいって思ってるの。わかってる。うれしいよ。だからこそ、俺が盾になるのは“正しい”と思った」
目を見開く仲間たちを前に、彼は続けた。
「でも俺は、その“正しさ”より、“勝つ”ほうが大事なんだよ。あんたらが勝って、生き残ることが大事。俺がボロボロになっても、それで勝てるなら、それでいい。……怒るだろうけどさ、俺は、あんたらの好意を“利用”してるんだ。便利な存在だって、自分で思ってる」
誰も、言葉を返せなかった。呆然と、ただ見ていた。
その沈黙を打ち破ったのは、最年少の仲間の叫びだった。
「そんなの……そんなのって、ないだろ!!ふざけんなよ!!!俺たちの気持ち、踏みにじるな!!!」
「踏みにじってるよ。決めたんだ。“お前らのためなら傷ついてもいい”って。……だから文句言うな、とは言わない。でも、反省するつもりもないよ」
彼は、傷の痛みに顔をしかめながらも、どこまでも高慢な微笑みを崩さなかった。
「俺が俺であるために、俺の好きなようにやる。あんたらがどれだけ怒っても、それが俺の選択だ」
怒り、泣き、取り乱す仲間たちを前に、それでも彼は――微笑んでいた。
「俺は“俺”を好きで、“俺”を使い潰す。それが、俺の“信念”なんだよ」
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……そしてその夜、仲間たちはそれぞれの部屋で眠れずにいた。
だが一人だけ、ベッドに沈み、傷の痛みに満足げに目を閉じる者がいた。
彼は夢の中でもきっと、仲間のために笑いながら血を流していた。
タチが悪い。けれど、それが“彼”という存在だった。