表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度目の貴族令嬢~エレノアは産業革命に抗わない~  作者: 坂道光
Movement1:二度目の貴族令嬢生活
4/5

scene4:庭園の姉妹~エレノア@ソフィア姉様と一緒だと、幼い自分が出てしまう。

# scene4:庭園の姉妹


庭園へつづく道を、ソフィア姉様と一緒に歩く。


明け方に雨がふったようで、雨で洗われた草木は、より鮮やかな緑を見せていた。庭師たちの丁寧な手入れのおかげで、クレイトン家の庭園は四季折々の美しさを保っている。


「ねえ、エレノア」


前を歩いていたソフィア姉様が振り返る。


「何を考えているの?物思いにふけってるみたい」


「クレイトン家の未来です」


正直に答える。


「あら、大きな話ね」


ソフィア姉様は、『あら不思議』といった感じの『?』の表情を浮かべながら聞いてくる。


「エレノアの未来ではなく、クレイトン家の未来なの?」


私はその質問にまっすぐ答える。


「はいっ!」


彼女は小さく笑う。


「それなら私も考えましょう。二人で家の未来を考えるのも悪くないわ」


ソフィア姉様はそう言って、私の手を取る。


温かい手。生きている証。


この手を、もう離さない。


一回目の人生の過ちを繰り返さない。


今度は家族と共に、クレイトン家を守り抜く。


「今日はとても良い天気ね」


ソフィア姉様が空を見上げながら言う。


「ええ、美しい朝です」


柔らかな風が私たちの髪をなでる。庭園の花々の香りが漂ってくる。


「これはフォックスグローブよ。紫色の鐘型の花が特徴なの」


立ち止まって花の名前を教えてくれる姉様。


「あちらに咲いているのはラベンダーね。香りがいいのよ」


一言一言を真剣に聞く。一回目の人生では、こんな穏やかな時間があったことすら忘れていた。


「エレノア、本当に大丈夫?」


心配そうに尋ねてくる姉様。


「朝食の時から少し様子が違うわ」


「大丈夫です。悪い夢を見ただけですから」


「そう。でも、なんか困ったりしてたら相談してね」


さすが姉妹。ソフィア姉様、鋭い。

どうもいつもと違う私だと感じ取っているようで、ソフィア姉様を心配させてしまっているようだ。


姉に心配をかけたくないので、努めて明るい口調で話題を変える。


「ソフィア姉様、バラ園のバラを見てみたいです。」


「いいわよ」


庭園のさらに奥、我が家でも力をいれているバラ園に差し掛かる。


そこには、美しいピンク色のバラが咲いていた。


「このピンク色のバラ、とても美しいわ」


そう言ってソフィア姉様が一輪を手に取る。庭師のウィルソンさんがいたら叱られるかもしれないが、今は二人きり。


「エレノア、少し身をかがめて」


姿勢を低くすると、ソフィア姉様が私の髪にバラの花を飾ってくれる。


「とても似合うわ」


そのやさしさに、思わず目が潤む。一回目の人生では、こんな風に姉妹で過ごす時間がどれほど貴重だったか。


「ソフィア姉様は社交の集まりに行かれたのですか?」


唐突に尋ねてみる。社交界の情報を得ることは、今後の計画に必要だ。


「まだ正式な社交界デビューではないの」


ソフィア姉様は首を振る。


「だって私はまだ13歳だもの。本格的なデビューは16歳か17歳になってからよ」


「でも、何か集まりには参加されましたか?」


「ええ、先週、お母様のお供で小さなお茶会に行ったわ」


ベンチに腰をかけながら答えてくれる。


「お母様の友人たちのお宅で開かれた小さな集まりよ。一人前の淑女として扱われたわけではないけれど、見学という形でね」


「どんな方々がいらしたのですか?」


私もベンチに座り、熱心に尋ねる。


社交界の情報は、この時代を生き抜くために不可欠だ。特に産業機械化に関する噂や、新興産業家たちの評判を知りたい。


「ブラッドリー子爵夫人やハンプトン伯爵夫人、それからシェルトン男爵夫人たちよ」


「何を話されていたのですか?」


「まあ、いろいろね。新しいドレスの話や、次の舞踏会の予定、それから…」


少し考えて続ける姉様。


「最近流行りの陶磁器についても話していたわ」


私は頷きながらも、もっと知りたい情報がある。


「ファッションは興味深いですし、陶磁器も美しいものですが、それ以外にも何か…話題はありましたか?」


「そうね…」


思い返すように言う姉様。


「そういえば、ブラックプールにできた大きな機械工場の話も出ていたわ」


「え、どんなお話ですか?」


思わず背筋を伸ばす。これこそ知りたかった情報だ。


「クローフォードさんという方が建てた工場のことよ。最新の機械で製品を作っているって」


「クローフォードさん…」


ついつぶやいてしまう。一回目の人生での婚約者の父親だ。


「どんな方なのですか?」


「詳しくは知らないけれど、革新的なアイデアを持つ方で、これからの時代を変える人だと言われているわ」


その通りだ。クローフォード家は産業革命の波に最も早く乗った商家の一つで、その結果大きな成功を収めた。


「お母様たちは、その工場についてどう思っていらっしゃるのですか?」


「お母様は『便利になりますね』とおっしゃっていたわ」


「本当ですか?」


意外な答えに驚く。一回目の人生では、母も最終的には父と同じく産業機械化には懐疑的だったはずだ。


「ええ。でもシェルトン男爵夫人は『自動機械で作らた物には品位が無い』と言っていたけれど」


一筋の光明を感じる。母には産業革命を受け入れる柔軟性があるのかもしれない。


「クローフォード家の工場についても、もっと知りたいです。姉さま」


「エレノアは本当に、そういうのが好きね」


微笑みながら私の頭を優しく撫でるソフィア姉様。


「一緒に噴水のところまで行きましょう」


ソフィア姉様が手を取って立ち上がる。


バラ園から石畳の小道を進み、庭園の中心にある噴水広場へと向かう。


水が朝日に輝いて、小さな虹を作っている。


再びベンチに腰掛け、しばらく水音を聞きながら黙っていた。


「ソフィア姉様、将来はどうなりたいですか?」


率直に尋ねてみる。


「私?」


少し考える姉様。


「素敵な人とご縁をいただいて、立派な家庭を持ちたいわ。それが長女として求められていることだもの」


それは一回目の人生でもそうだった。ソフィア姉様は良家の男性と結婚し、遠方へ嫁いでいった。


「でも、その前に社交界で少し楽しみたいわね。音楽や芸術、そして人々との交流を通じて見聞を広めたいの」


「素敵ですね」


微笑む。


「あなたはどうなの?トーマスと一緒に家を盛り立てるつもりなの?」


「はい」


しっかりと頷く。


「私はクレイトン家の仕事を手伝いたいです。特に工房のことを」


「まあ、相変わらずね」


笑みを浮かべる姉様。


「でも、もっと大きなことも考えているんです」


「大きなこと?」


「クレイトン家の技術と、新しい自動機械の力を組み合わせることができたら…」


遠くを見つめながら言う。これが一回目の人生での失敗を乗り越える鍵だ。


「自動機械を活用する波は確実に来ています。その波に乗れば、クレイトン家の領地経営にも役立つと思うんです」


「応援するわ。エレノアが本当にそれを望むなら」


ソフィア姉様の言葉に心が震える。


「ありがとうございます、ソフィア姉様!」


思わず抱きついてしまう。温かい、姉の体温。


一回目の人生では失ったこの絆を、今度こそ大切にしよう。


庭園の小道から足音が聞こえてきた。


振り返ると、従者の一人が私たちの方に向かって来ている。


マシュー・フィンチだ。彼の表情がどこか困ったように見える。手に何か持っているようだ。


「何かあったのかしら?」


ソフィア姉様が首をかしげながら尋ねる。


「見に行ってみましょう。姉さま」


私は立ち上がって、マシューの方へ向かって歩き出す。


歩き出す私の後ろでは、きっと『しょうがないな~』って感じで、ソフィア姉様がついてきてくれているだろう。


『姉妹の絆』


それがきっと、ここにはある。


精神的には年上のはずなのに、姉というだけで13歳の彼女に甘えてしまう私がここに居るのだから。


妹というだけで、とても心配し、わがままを許してくれる姉がここに居てくれるから。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ