scene4:庭園の姉妹~エレノア@ソフィア姉様と一緒だと、幼い自分が出てしまう。
# scene4:庭園の姉妹
庭園へつづく道を、ソフィア姉様と一緒に歩く。
明け方に雨がふったようで、雨で洗われた草木は、より鮮やかな緑を見せていた。庭師たちの丁寧な手入れのおかげで、クレイトン家の庭園は四季折々の美しさを保っている。
「ねえ、エレノア」
前を歩いていたソフィア姉様が振り返る。
「何を考えているの?物思いにふけってるみたい」
「クレイトン家の未来です」
正直に答える。
「あら、大きな話ね」
ソフィア姉様は、『あら不思議』といった感じの『?』の表情を浮かべながら聞いてくる。
「エレノアの未来ではなく、クレイトン家の未来なの?」
私はその質問にまっすぐ答える。
「はいっ!」
彼女は小さく笑う。
「それなら私も考えましょう。二人で家の未来を考えるのも悪くないわ」
ソフィア姉様はそう言って、私の手を取る。
温かい手。生きている証。
この手を、もう離さない。
一回目の人生の過ちを繰り返さない。
今度は家族と共に、クレイトン家を守り抜く。
「今日はとても良い天気ね」
ソフィア姉様が空を見上げながら言う。
「ええ、美しい朝です」
柔らかな風が私たちの髪をなでる。庭園の花々の香りが漂ってくる。
「これはフォックスグローブよ。紫色の鐘型の花が特徴なの」
立ち止まって花の名前を教えてくれる姉様。
「あちらに咲いているのはラベンダーね。香りがいいのよ」
一言一言を真剣に聞く。一回目の人生では、こんな穏やかな時間があったことすら忘れていた。
「エレノア、本当に大丈夫?」
心配そうに尋ねてくる姉様。
「朝食の時から少し様子が違うわ」
「大丈夫です。悪い夢を見ただけですから」
「そう。でも、なんか困ったりしてたら相談してね」
さすが姉妹。ソフィア姉様、鋭い。
どうもいつもと違う私だと感じ取っているようで、ソフィア姉様を心配させてしまっているようだ。
姉に心配をかけたくないので、努めて明るい口調で話題を変える。
「ソフィア姉様、バラ園のバラを見てみたいです。」
「いいわよ」
庭園のさらに奥、我が家でも力をいれているバラ園に差し掛かる。
そこには、美しいピンク色のバラが咲いていた。
「このピンク色のバラ、とても美しいわ」
そう言ってソフィア姉様が一輪を手に取る。庭師のウィルソンさんがいたら叱られるかもしれないが、今は二人きり。
「エレノア、少し身をかがめて」
姿勢を低くすると、ソフィア姉様が私の髪にバラの花を飾ってくれる。
「とても似合うわ」
そのやさしさに、思わず目が潤む。一回目の人生では、こんな風に姉妹で過ごす時間がどれほど貴重だったか。
「ソフィア姉様は社交の集まりに行かれたのですか?」
唐突に尋ねてみる。社交界の情報を得ることは、今後の計画に必要だ。
「まだ正式な社交界デビューではないの」
ソフィア姉様は首を振る。
「だって私はまだ13歳だもの。本格的なデビューは16歳か17歳になってからよ」
「でも、何か集まりには参加されましたか?」
「ええ、先週、お母様のお供で小さなお茶会に行ったわ」
ベンチに腰をかけながら答えてくれる。
「お母様の友人たちのお宅で開かれた小さな集まりよ。一人前の淑女として扱われたわけではないけれど、見学という形でね」
「どんな方々がいらしたのですか?」
私もベンチに座り、熱心に尋ねる。
社交界の情報は、この時代を生き抜くために不可欠だ。特に産業機械化に関する噂や、新興産業家たちの評判を知りたい。
「ブラッドリー子爵夫人やハンプトン伯爵夫人、それからシェルトン男爵夫人たちよ」
「何を話されていたのですか?」
「まあ、いろいろね。新しいドレスの話や、次の舞踏会の予定、それから…」
少し考えて続ける姉様。
「最近流行りの陶磁器についても話していたわ」
私は頷きながらも、もっと知りたい情報がある。
「ファッションは興味深いですし、陶磁器も美しいものですが、それ以外にも何か…話題はありましたか?」
「そうね…」
思い返すように言う姉様。
「そういえば、ブラックプールにできた大きな機械工場の話も出ていたわ」
「え、どんなお話ですか?」
思わず背筋を伸ばす。これこそ知りたかった情報だ。
「クローフォードさんという方が建てた工場のことよ。最新の機械で製品を作っているって」
「クローフォードさん…」
ついつぶやいてしまう。一回目の人生での婚約者の父親だ。
「どんな方なのですか?」
「詳しくは知らないけれど、革新的なアイデアを持つ方で、これからの時代を変える人だと言われているわ」
その通りだ。クローフォード家は産業革命の波に最も早く乗った商家の一つで、その結果大きな成功を収めた。
「お母様たちは、その工場についてどう思っていらっしゃるのですか?」
「お母様は『便利になりますね』とおっしゃっていたわ」
「本当ですか?」
意外な答えに驚く。一回目の人生では、母も最終的には父と同じく産業機械化には懐疑的だったはずだ。
「ええ。でもシェルトン男爵夫人は『自動機械で作らた物には品位が無い』と言っていたけれど」
一筋の光明を感じる。母には産業革命を受け入れる柔軟性があるのかもしれない。
「クローフォード家の工場についても、もっと知りたいです。姉さま」
「エレノアは本当に、そういうのが好きね」
微笑みながら私の頭を優しく撫でるソフィア姉様。
「一緒に噴水のところまで行きましょう」
ソフィア姉様が手を取って立ち上がる。
バラ園から石畳の小道を進み、庭園の中心にある噴水広場へと向かう。
水が朝日に輝いて、小さな虹を作っている。
再びベンチに腰掛け、しばらく水音を聞きながら黙っていた。
「ソフィア姉様、将来はどうなりたいですか?」
率直に尋ねてみる。
「私?」
少し考える姉様。
「素敵な人とご縁をいただいて、立派な家庭を持ちたいわ。それが長女として求められていることだもの」
それは一回目の人生でもそうだった。ソフィア姉様は良家の男性と結婚し、遠方へ嫁いでいった。
「でも、その前に社交界で少し楽しみたいわね。音楽や芸術、そして人々との交流を通じて見聞を広めたいの」
「素敵ですね」
微笑む。
「あなたはどうなの?トーマスと一緒に家を盛り立てるつもりなの?」
「はい」
しっかりと頷く。
「私はクレイトン家の仕事を手伝いたいです。特に工房のことを」
「まあ、相変わらずね」
笑みを浮かべる姉様。
「でも、もっと大きなことも考えているんです」
「大きなこと?」
「クレイトン家の技術と、新しい自動機械の力を組み合わせることができたら…」
遠くを見つめながら言う。これが一回目の人生での失敗を乗り越える鍵だ。
「自動機械を活用する波は確実に来ています。その波に乗れば、クレイトン家の領地経営にも役立つと思うんです」
「応援するわ。エレノアが本当にそれを望むなら」
ソフィア姉様の言葉に心が震える。
「ありがとうございます、ソフィア姉様!」
思わず抱きついてしまう。温かい、姉の体温。
一回目の人生では失ったこの絆を、今度こそ大切にしよう。
庭園の小道から足音が聞こえてきた。
振り返ると、従者の一人が私たちの方に向かって来ている。
マシュー・フィンチだ。彼の表情がどこか困ったように見える。手に何か持っているようだ。
「何かあったのかしら?」
ソフィア姉様が首をかしげながら尋ねる。
「見に行ってみましょう。姉さま」
私は立ち上がって、マシューの方へ向かって歩き出す。
歩き出す私の後ろでは、きっと『しょうがないな~』って感じで、ソフィア姉様がついてきてくれているだろう。
『姉妹の絆』
それがきっと、ここにはある。
精神的には年上のはずなのに、姉というだけで13歳の彼女に甘えてしまう私がここに居るのだから。
妹というだけで、とても心配し、わがままを許してくれる姉がここに居てくれるから。
(つづく)