scene2:家族への廊下 ~エレノア@貴族の邸宅には、家族の肖像画が飾られています。
今回は、状況整理の回で短めの約1400字程度となっています。
# scene2:家族への廊下
ルーシーに導かれて廊下に出ると、懐かしさが私を包み込んだ。
「お嬢様、大丈夫ですか?まだ少しお顔色が優れないようですが」
ルーシーが心配そうに私を見つめている。
「大丈夫よ、ありがとう」
言葉とは裏腹に、心臓は高鳴っていた。
この廊下を歩くのは何年ぶりだろう。
クレイトン家の邸宅は、祖父の代から続く伝統的な造りで、廊下には何世代にもわたる家族の肖像画が並んでいる。
階段を下りながら、私は壁に飾られた肖像画に目を留めた。
「お父様、お母様、そして祖父...」
心の中で彼らの名前を呼ぶ。
お父様、ウィリアム・クレイトン卿。クレイシャー領主であり、クレイトン家の伝統工芸を守る現当主。
お母様、エリザベス・クレイトン夫人。エレガントで聡明な女性で、社交界でも一目置かれる存在。
そして今は亡き祖父、フレデリック・クレイトン男爵。かつてクレイトン家を最も栄えさせた人物。祖父は私のものづくりへの興味を最も理解し、応援してくれた人だった。
「お母様はすでに食堂でお食事中です」
ルーシーの声に我に返る。
「それから、ソフィア様とマーガレット様も。トーマス様は朝の読書タイムです」
そうか、姉たちと弟も。
1回目の人生の記憶では、長姉ソフィアお姉様は結婚して遠方に住んでいた。弟のトーマスは本来の跡取りとして期待されながらも、私の没落した家を受け継ぐことさえできなかった。
ルーシーが何か言おうとして言葉を選んでいる様子。私の様子が彼女を不安にさせているのだろう。
「ルーシー、お母様は私の夢のこと、聞いてる?」
急に思いついて尋ねてみた。話題を変えるための自然な質問のつもりだ。
「いいえ、まだ何も。ご心配でしたら、私からは何も申し上げませんので」
ルーシーは優しく微笑んだ。
「でも、お嬢様、今日はお母様との刺繍のレッスンがありますね。集中できそうですか?」
刺繍のレッスン——その言葉が私の記憶を呼び起こした。
1回目の人生では、お母様の手ほどきによる刺繍の技術が、没落後の私の数少ない糧となった。厳しい時代を生き抜くための、お母様からの最後の贈り物だったのだ。
今度は違う。
今度は、私が技術を活かして、みんなを守ってみせる。
「えぇ。大丈夫よ」
家族の声が聞こえてくる方向へ、期待と緊張が入り混じった気持ちで進む。
長い回廊を抜け、ついに食堂のドアの前まで来た。
木製のドアの向こうから、銀器の触れ合う音や穏やかな会話が漏れ聞こえてくる。
懐かしい音。失われていた日常の音。
私は深呼吸した。
感情的になりすぎず、不自然に見えないよう振る舞わなければ。
8歳の貴族令嬢として、淑やかに。
けれど20歳の記憶を持つ私の心は激しく波打っていた。
「準備はよろしいですか、お嬢様?」
ルーシーが優しく問いかける。
「ええ」
私は小さく頷いた。
ルーシーがドアを開け、丁寧に声を掛ける。
「エレノアお嬢様が参りました」
そして私の目に映ったのは、一度目の人生で失った愛する家族の姿だった。
食堂の壁際には朝食のビュッフェが美しく並べられている。テーブルの上座近くにお母様の姿。その周りには姉たちが座っていた。
「エレノア、おはよう」
お母様が微笑みながら言った。
あの優しい声。
あの温かな微笑み。
胸の奥から込み上げてくる感情に、私は立ち止まった。
震える唇を隠すように、ドアの前で静かに佇む。
この感情を抑えきれなくなるまで、あと何秒持つだろうか。
(つづく)