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プロローグ

 この世界はかつて深い傷を負った。

 

 世代を追うごとに徐々に癒えつつあるものの、完全に元通りとはいかない。壁外には未だ立ち入りを禁じられた区域が広がり、凶暴なネフリムが徘徊している。緑が生い茂る大地ですら、過去の残骸を示す遺跡や散乱した物資がその爪痕を物語っていた。


 それでも、この学園には奇妙なほどの平穏が漂っている。


 笑い合える仲間、活気に満ちた教室、確かにここはかけがえのない場所だ。だが、奇跡と呼ぶには、あまりに脆い均衡の上で成り立っている現実がある。


 故に、胸の奥でいつも問いかけてしまう。本当にこの温かさに浸っているだけでよいのかと。隠された真実を知る者はほとんど存在せず、現状を甘んじ享受している。


 そう思えない自分は、やはり異端者なのだろう。だからといって、変えようと行動を起こすこともない。なぜなら……


「リヒト、早く」


 そんな暇すら与えてくれないからだ。


「キャー!アイちゃんこっちみてー!」


「アイアイアイ!アイアイアイ!」


 ネフリムが爆散するたび、周囲の学生たちからは黄色い歓声が上がり、拍手が鳴り響く。その中心にいるのは、黒髪ポニーテールをなびかせている少女、アイ。


 口数は少なく、表情も変わらず、ただ敵に手をかざすのみ。だが、洗練された一挙手一投足から放たれる魔法はどれも最適最良で無駄が無く、羽虫を潰すが如く、眩い閃光とともに眼前の獲物を一掃する。


 誰もが天才だと信じて疑わず、彼女もまたその想いに応えるような実力を有して


 ────いなかった。


「おい、頼むからもう少し抑えてくれよ……」


「あと少しだから、ファイト」


 全く悪びれず、絶え間無く敵に掌を向けるだだっ子に呆れてしまうものの、自分ではどうすることもできず、ただ命令に従うしかない。そう、アイは魔法を使えない。これは全て俺の魔法なのである。


「てい」


 フィンガースナップと同時に巨大な火柱が立ち上り、最後の一匹が消し飛んだ。ざわめきは一層大きくなり、称賛の言葉が飛び交っている。表情こそ変わらないものの、満更ではなさそうな偽りの天才は、一仕事終えても涼しい顔をして佇んでいる。


 隣でへたり込む俺は、疲労困憊だというのに……


 無詠唱魔法を連発するのはただでさえ骨が折れるうえ、誰にも気づかれないよう発動せねばならない。精神的にも肉体的にも負荷がかかる中、何度も命の危険に脅かされながらも、どうにかここまで切り抜けてきた。


 疲れ果てた俺は目を閉じて深く息をつき、どうしてこうなったのか思い返す。


 今でも後悔はしていない。


 とはいえ、別の選択肢もあったのではないかと思わないこともない。もし、時を遡ることができたなら………まぁ、俺にそんな力は無いのだから、考えたところで意味は無い。


 一年前アイと出会った日も、今日と同じ雨上がり特有の香りを孕んだ空気だった。


 木々のざわめきが子守唄となり自然と力が抜け、身体は地面に預けられる。柔らかな草が背中をそっと支え、冷たすぎず温かすぎない湿り気が心地よい。


 どこか遠くで鳥のさえずりが響いていたが、やがて静寂の中に溶けていく。次第に瞼は重くなり、深い眠りの底へ引き込まれていった。

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