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5.ここは何処?



「ねぇ……。ねぇ、りさ……ちゃ、大丈夫?」


 真っ暗な中、遠くで微かに声が聞こえる。お尻の辺りがジンジンと鈍痛が走り、瞼が妙に重い。


 なにが、あったんだっけ……。


 梨沙は、ぼんやりとしている頭を必死で働かせて、先程あった出来事を思い起こす。


 ……そうだ、あたしは学校の屋上で、小南詩織とかいう女に突き落とされたんだ。


 落ちてから、どうなったのだろう?死んでしまったのだろうか? ……いや、でも、さっき大丈夫か、と尋ねる声が聞こえた。ということは、運良く生き延びたのかもしれない。


 寝起きの状態から脳が少しずつ目覚めるように、ぼんやりとしていた意識の焦点が段々と合い始める。梨沙は手足の先を動かすことに、意識を集中させた。ピクリ、と指が動く。同時に、梨沙はゆっくりと瞼を持ち上げた。視界がぼやけて見える。ぼんやりと朧げに目に入ってくるのは、顔だった。誰かがこちらを覗き込んでいるようだ。


 少しずつ視界が馴染み、目の前にある顔がくっきりとした輪郭を帯びる。整った目鼻立ち、小ぶりの唇、長いまつ毛。神に愛されたとしか思えないほど可愛らしい顔を持つ少女は、そう、梨沙を屋上から落とした張本人、詩織だ。


梨沙の中に苛立ちがフツフツと湧き上がってくる。


「ア、アンタ、あたしのこと……突き落としたでしょ……! なんてこと、すんの……!」


 声がかすれる。うまく声を出すことができない。


「よかった。梨沙ちゃん、もう喋れるんだね。でも、無理しちゃダメだよ。まだ、覚醒してないんだから」


 目の前の顔は、ニコニコと優しげに微笑み、梨沙に語りかける。


「覚醒って……。ていうか、四階の屋上から落ちたのに、なんでアンタはそんなに、ピンピンしてんの……」


 頭にズキズキと鈍い痛みが響く。でも、思ったよりかは痛くない。四階から落ちたと言うのに、骨も折れてなさそうだ。


「ピンピンは、多分、してないよ」


「は? いや、でもこうして、アンタとあたし、話せてるじゃん。体も全然痛くないし」


「……ねぇ、起きれる? 周り、見渡せる?」


 詩織は梨沙の質問に直接的に答えず、遠回りな表現をする。梨沙はさらに苛立つ。


 質問に答えろ。言いたいことは、的確に言え。


 梨沙はグッと言葉を飲み込んだ。文句を言うよりも、詩織の指示に従った方が早く状況を確認することができると思ったのだ。何を見せたかったのか、最後まで教えなかった詩織のことだ。もったいぶって答えを直接教えてくれはしないだろう。


 梨沙が黙っているのを起き上がれないからだと思ったのか、詩織は梨沙の背中に優しく手を回し、梨沙を起き上がらせようと力を添えた。


そんな詩織の妙に恭しい態度にも、腹が立つ。梨沙は、「そんな介助してもらわなくても、自分で起き上がれるから」と一蹴し、お腹に力を込め、上半身を起こした。


 やはり、身体はなんともない。何も異変はない。だけど、異様だった。茶色なのだ。世界が茶色い。起き上がり見た世界は、見渡す限りの茶色。


 三、四階建てくらいの、古めかしい木造の建物がズラリと並び、建物から建物をつなぐように、さまざまな色の淡い光を放っている丸型の提灯が糸で繋がれ、揺れている。とても不思議な景色だ。提灯は以前ネットで見かけたベトナムのホイアンランタンのようだった。提灯にはステンドグラスのような幻想的なイラストが描かれている。夕暮れ時の茜色の空を、提灯の中のほのかな光がふわふわと照らしていた。


「……キレイ」


 思わず、口からこぼれた。この場所は梨沙が今まで見てきた街の中で、一番美しい景色だった。ふと、自分に意識を戻す。梨沙は、今、自分が道路の真ん中で座っていることに気がついた。レトロでノスタルジックな雰囲気が漂う街の舗装されていない土の道路の真ん中で、足を伸ばして座っている。梨沙は、梨沙に視線を合わせるためにしゃがみ込んでいる詩織を睨みつける。


「ねぇ、ちょっと! ここ、どこ!」


「屋上で見せたいものがあるって言ったでしょ。……ここが、わたしが梨沙ちゃんに見せたかった場所だよ」


 そういうと詩織は、すくりと立ち上がると、梨沙に満面の笑みを浮かべながら、右手を差し出し、「ようこそ、生と死の狭間の世界へ」と、訳のわからないことを口にした。


「……は、はぁ? 何言ってんの? 飛び降りて、頭、イカれた?」


「そうだよね。最初は訳わかんないよね」


 困ったような顔をしながら右手を差し出し続ける詩織の様子が妙に癇に障り、梨沙はその手を無視して一人で立ち上がる。スカートについているであろう土埃を払い、改めて、周りを見渡した。


 まるでタイムスリップしかたのような街並みだった。建物の屋根は瓦でできており、木造の建物は、古めかしく、それでいて、厳かだ。日本の原風景かと言われれば、そういうわけでもない。日本、中国、その他アジアの古い建築様式を、寄せて集めたような街並みだった。そんな街並みを馬車が行き来し、様々な国籍の人たちが、和服や民族衣装、はたまたドレスなど、人によって様々な服を着て、建物の下の各所で楽しそうに談笑している。


 日本のどこかの観光地、なのだろうか? たしかに、こんなに美しい街並みならば、詩織が連れて行きたいと言うのも納得だ。だけど、だったらどうして詩織は屋上なんかに呼んだのだろう。どうして、屋上から落ちたはずなのに、こんなに美しい世界にいるんだろう。どうして、身体がこんなにもピンピンしてるのだろう。気になり出すと止まらない。


 もしかして、これは夢……?


 梨沙は思いっきり、自分の頬をつねってみた。痛い。さっきまでズキズキしてた頭の痛みよりも、痛い。梨沙の行動を何食わぬ顔で見ていた詩織が、「夢じゃないよ。信じられないかもしれないけど、ここは本当に生と死の狭間の世界なの」と、さらりと述べた。


「……ねぇ、アンタ、ほんと何言ってるの? さっきから、自分が頭のおかしいこと言ってるの気づいてる?」


 この美しい街並みには、それなりに人通りがあり、梨沙がいる道沿いをザッと見ただけでも、茶屋があり、呉服店もあるのが確認できる。木でできた古い建物の二階や三階には、人が住居している気配があり、各階の縁側には洗濯物も干されていた。皆、ここで生活しているように見えるのに、生と死の狭間の世界? 詩織は一体何を言っているのだろう。


「そうだよね。いきなり、生と死の狭間の世界って言われても、実感ないよね……。わたしもサリエルに告げられた時、全然信じられなかったから」


「サリエル……?」


「うん、そう。なんかこの世界の、ナビゲーター? 大天使? らしいんだけど、そういう存在がいるの」


 そう言ってから、詩織はわざとらしく顎元に人差し指を軽く当てながら、「そろそろサリエルのお出ましかな?」と、あたりをキョロキョロとし始める。


 すると突然、ポンッ、という、間抜けな音が、梨沙の右耳の真横で鳴った。



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