[666]月美&仁美&舞編
何かが一つ変わっていれば。誰かが何かを超えたら。何かが変わっただろうか?「彼」は、そんな若かりし日の仮定を思い出す。眼からは一滴の涙も流れない。モヤのかかったような思考に、クリアな視界。目の前の人だかりの中心にいる3人の少女の後ろ姿。その先で、一人の少女がフラリと倒れる。離れた場所にいた少女の母親が、倒れた少女に駆け寄る。その場が混乱に陥る中、「彼」はその場から一歩たりとも動かず、ぼんやりと自分の番では無かったことに落胆を覚えるのみだった。
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広い部屋に、機械の音が一定のリズムを保って響く。無機質な音に混ざる、部屋の外から聞こえる二人の大人の言い争う声。その内容を意図的に無視しながら、少女はベッドに横たわる自分達の従姉妹の手を握る。
「…ねぇさん。かってにさわるのは…」
「でもぉ、しんぱいだからぁ…」
少女が…金城愛が、ベッドに横たわる金城月美の手を握る。握った手は、ひんやりと冷たい感触に反して、じんわりと汗ばんでいた。
「…わるいことは、つづくものですね。」
耳をすませば、部屋の外で話している内容も全て分かっただろう。それでも、そうする気にはなれなかった。目の前の少女が…従姉妹である月美が気を失った理由は不明。だから、不用意に触るのは賢い選択では無い。そう分かりながらも、仁美は愛の手ごと包み込むように、両手で月美の手を握る。
「これいじょう…わたしたちからとらないで…」
そんな2人の祈りが届いたのか、握っていた手がピクリと動く。コマ送りのように、パチリと目が開く。窓からの夕陽に照らされたからか、月美の黒目が一瞬赤く染まる。
「つきみ?」
目は覚ましたが、声をかけても反応は無い。そんな時間が1分ほど続いた後、ようやく少女は口を開いた。
「…ここは?」
「いえだよ。つきみ、しきのとちゅうでたおれちゃったから…」
月美は記憶を探るようにキツく目を瞑り、そして思い出す。目尻から涙が溢れ出て、頬を濡らす。
「ごめん…ごめんなさい…わたしのせいで…おわかれが…」
釣られて手を握った2人も声をあげて泣く。泣き声を聞き、言い争いをやめて部屋に入ってくる2人の大人。3人が泣き止むまで、その場の混乱は続いた。
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その場が落ち着き、大人2人も部屋を出る。月美に付けられていた検査機器も外され、3杯の紅茶が運ばれる。愛は3杯のうち、唯一氷が入っていないものを選ぶ。
「つきみちゃんがおきてぇ、よかったよぉ…」
そんな愛をよそに、仁美は氷の溶けた紅茶を飲み干し、部屋から出ていく。扉が閉まる音が、何故か別れを予感させた。