[01] みのり&仁美編
「入学おめでとう。私は担任の白城だ。」
神名中央高校の1年7組の教室。新しい環境に目を輝かせる生徒。緊張で教室を見回す生徒。教師を無視して、以前からの友人と小声で話す生徒。様々な生徒がいる中、周囲の生徒から奇異の目で見られる生徒がいた。金城仁美。金城財閥の次女にして、最大の次期当主候補。この時点から自分に視線を向けるような人物には今後注意しようと決める。注意すべき人物に見当を付ける為、視線だけで教室内を見回す。そんな中、ただただプリントを見つめる一人の生徒を見つける。
ー彼女は、単に人見知りしているだけ?それにしては緊張感が無い。誰にも興味が無いのかしら?
仁美からの視線を感じたように、その生徒はプリントから目を離し、こちらに視線を向ける。誰からの視線だったのかまでは分からなかったようで、軽く首を傾げてから視線をプリントに戻す。
これが、金城仁美と、彼女の…日向みのりの出会いだった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「金城さん、良かったら一緒に昼ご…」
「遠慮するわ。」
新しい環境に少しずつ慣れ始めた6月半ばの昼休み。いつも通り話しかけて来た生徒の発言を一蹴し、一人食堂へと向かう。遠巻きにこちらを見る生徒達の視線を無視して、彼女は購入した昼食を食べる。仁美が選んだのはチキンステーキ。ただそれだけなのに、ヒソヒソとこちらを見て話す声が聞こえる。その声の内容としては、金城財閥の跡取りのくせにこうして他の生徒と同じものを食べていること、比較的安価なチキンステーキを選んだことに対する嘲りだった。ただ、この学校の他の生徒と同じように食堂を利用しただけ。ただ肉料理の中では鶏肉が一番好きなだけ。それなのにこうして彼女に対する負の感情を隠さない人間は現れる。自分自身の、他人の介入を許さない態度が原因の一つだということは分かっている。そのような態度が自分の嫌われる理由になり、嫌われた結果がこれだということぐらい、分かっている。
「…だからといって、変えられないのよ。」
誰も聞こえないような声で、小さく呟く。そんな中、仁美は食券の券売機付近に普段以上の人だかりが出来ているのに気が付く。券売機からは離れた位置で食事をしているので、細かい状況までは分からない。食事中に移動する気にもならないし、普通の大きさの声で届くような距離に人はいない。それに、そこまでして理由を知りたいとも思わない。
ーまぁ、知りたくなれば後で学校側に聞けば済む話ね。
そう結論付けて、食事を再開しようとしたときだった。彼女の視界に、一人の少女が映る。日向みのり。彼女は受け取った料理を持ったまま、券売機をボーっと見ていた。券売機付近で動きがあったのを見ると、机のあるこちらに来る。空いてる席がどこにあるのかを確認すると、彼女は仁美の右の右の席に座った。トレーを見ると、鮭のムニエルをメインとした昼食が乗っていた。
「ちょっと良いかしら。」
気が付けば、話しかけていた。
「えっと、私?」
頭に疑問符を浮かべている表情で返事を返してくるみのり。頭の中では自分自身に疑問を覚えつつ、それを表には出さずに仁美は「ええ。そう。あなたよ。」と返す。
「こうして話すのははじめまして、だよね。いきなりどうかした?」
「重要な話では無いのだけれど。券売機の混雑。あれの原因、知っているかしら?」
「あー。さっき見たけど、紙が詰まっただけみたい。私がこっちにときには直そうとしてたし、そろそろいつもと同じように戻ると思うよ。」
「そう。教えてくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
ここで会話を終わらせても良かった。しかし、仁美はそれを選ばなかった。
「もう一つ。聞いて良いかしら?」
「良いよ。」
「あなたは何故この席を選んだの?」
「え?理由?ただ空いてたから。他の席だと、隣か正面には人がいる感じだったし。」
「そう。」
仁美の右ではなく、そのまた一個右を選んだ理由もそれだろう。
ー確か、日向みのりという名前だったわね。人との関わりが苦手だから避けている訳ではない。単純に、関わりに価値を見出していないから他人に関わろうとしない。ただ、関わられたら普通に返す。そんなところかしら。
そのまま昼食を食べ終わるまで、二人が言葉を交わすことは無かった。先に食べ終わった仁美。彼女はトレーを持って返却口に向かおうと立ち上がる。
「また後で、教室で。」
気付けばそう口にしていた。それを聞いたみのりは、口の中にあったものを急いで飲み込む。
「あ、うん、また後でね。」
その言葉を聞いてから、仁美は返却口に向かった。この会話が、後に始まる交友関係の第一歩になることを知らずに。