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どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!  作者: 枕崎 純之助
第一章 『堕天使の森』
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第8話 小休止

 堕天使だてんしどもの襲撃を退しりぞけた後、俺たちは先ほどの森の中へと降り立った。

 つい先刻、襲撃を受けた小屋は半焼状態でボロボロとなり、白煙をわずかにくゆらせている。

 俺たちはその小屋から少し離れた木陰こかげに身を落ちつけた。

 

 飛行能力がないかと思われたサムライの小娘・パメラは先ほどの戦いでいきなり灰色の翼をその背に生やし、空中を自在に舞って堕天使だてんしどもを次々と斬り倒していったんだ。

 だが、堕天使だてんしを全て排除すると同時にパメラは翼を失い落下した。

 こいつの能力はよく分からん。


「大丈夫ですか? パメラさん」

  

 ティナの奴はそう言ってそっとパメラを地面に横たえると、アイテム・ストックから水筒を取り出してゆっくりと水を飲ませた。

 パメラは苦しげに胸を上下させながら水を飲み込み、ようやくわずかに落ち着きを取り戻すと、ゆっくりとあえぐように言った。


「か、かたじけない。せ、拙者せっしゃ……」

「無理にしゃべらなくていいです。まずは呼吸を落ちつけて下さい」


 そう言うティナの言葉に従い、パメラはしばし浅い呼吸を繰り返しながらアイテム・ストックから紙に包まれた粉薬のようなものを取り出し、それを口に含んで水を流し込む。

 さっき言っていた発作を抑えるための薬か。

 5分を超えて戦うことで肺病の発作が出てしまうNPCとしての仕様。

 こいつの戦闘能力は確かだが、この仕様である肺病が足枷あしかせとなっている。

 こんなんでよく1人で農村の用心棒を引き受けようと思ったもんだぜ。


 とりあえず小休止だな。

 戦いの熱が体から去ったせいか、鬼蜂おにばちに刺された背中と左のふくらはぎが今になって痛み出す。

 俺は木陰こかげに座り込むとアイテム・ストックから解毒剤を取り出してそれを飲み、塗り薬を左のふくらはぎと背中の患部に塗りながらティナに声をかける。


「俺がヒルダとやり合ってる間、上で何があった?」

「パメラさんがその白鞘しらさやに結ばれている銀色のり糸をほどいたんです。それからさやから刀を抜いたらいきなり……」


 パメラの背中に翼が生えたのだとティナは興奮気味の表情でまくし立てた。

 確かにパメラの腰帯に差された白鞘しらさやには銀色の色が巻かれている。

 それを解くことで何かの力が発動する仕組みか?

 そんな俺の視線を受け、少し呼吸が落ち着いてきたパメラは銀色の糸に指で触れながら言った。


「こ、この白狼牙はくろうがの力を借りれば、拙者せっしゃも宙を舞うことが出来るでござるよ」


 飲み薬の効果が少しずつ出始めたのか、パメラはまだ苦しげではあるが会話ができるほどには回復したようだった。


「そりゃスキルか何かなのか?」

「いや、技法スキルではござらん。この銀糸ぎんしを解いて白狼牙はくろうがの力を開放すると、それが持ち主である拙者せっしゃの肉体に作用して一時的に翼をさずけてくれるのでござるよ。ただ、飛ぶのにエネルギーを使うので5分でまた発作が起きて翼が失われてしまうのが難点でござるが」

「よく分からんが、要するに5分以内なら一時的に飛べるってことか」


 俺の問いにパメラはうなづいた。

 そんなパメラのとなりに座るティナが首をかしげる。


「さっき生えていた灰色の翼はどこに消えたのですか?」


 そう言って不思議そうに背中を見つめるティナにパメラは苦笑する。


「あれは鴉天狗からすてんぐから借りた一時的な仮初かりそめの翼でござるから、夢幻ゆめまぼろしのごとく霧散するでござるよ」

「カラ……ステング? 何ですかそれは?」


 そうたずねるティナにパメラは先ほどより少し長めの呼吸を二度三度と繰り返し、ゆっくりと話し始めた。

 その話によれば、かつてパメラの父親が白狼牙はくろうが鴉天狗からすてんぐとかいう魔物を斬り倒した際に、そのたましいが刀身に封じ込められ、以降その鴉天狗からすてんぐの力を解放すると刀の持ち主に飛翔能力が備わるのだという。


随分ずいぶんと奇妙な刀だな」

「何の何の。この白狼牙はくろうがはまだ素直な刀でござるよ。拙者せっしゃの姉上は白狼牙はくろうがの姉妹刀を持っているでござるが、そこには凶悪な鬼の力が封じられているのでござるよ。姉上は鬼の力を見事に制御して利用していたが、おそらく拙者せっしゃでは御し切れずに鬼の力に飲まれてしまうでござろう」


 何だかよく分からん話で興味はねえが、ティナの奴は熱心にその話を聞いてやがる。

 

「そんなすごい刀を使いこなすなんて、お姉さんは相当な達人なのですね」


 ティナの言葉にパメラは嬉しそうにうなづいた。

 パメラの奴もノンキにおしゃべり出来る程度には回復したようだ。

 さて、当面の課題は2つ。

 さっきのヒルダを見つけ出してぶっ殺すことと、このパメラが抱えているかもしれない不正プログラムをとっとと暴き出してこいつと一戦交えること。

 手ごたえで言えばパメラが先なんだが、俺をコケにしやがったヒルダを先にぶちのめしたい気分だ。

  

「おい。ティナ。さっさとさっきのクソ女を探しに行くぞ」

「え? ですが、私たちはこれからパメラさんのお手伝いに……」


 こいつ。

 自分本来の使命を後回しにしてでも人助けか。

 ま、こいつの使命なんざどうでもいいし、お人好しな性格はもっとどうでもいい。

 俺にとっちゃこの胸に渦巻く怒りをさっさとヒルダにぶつけることが最優先なんだ。 


「そんなもんは後回しだ。今すぐヒルダを探し出してぶっつぶす」

「そういうわけにはいきませんよ。パメラさんと約束したんですから」

 

 そこで俺とティナの話し合いをだまって聞いていたパメラがおずおずと手を挙げた。


「あの、一つ良いでござるか? 拙者せっしゃが向かおうとしていた農村でござるが……」

「悪いがそいつはキャンセルだ」

「バレットさん! どうしてそんな意地悪言うんですか! 大丈夫ですよパメラさん。私が申し出たことですから、ちゃんと優先的にそちらのお手伝いをしますよ」

「俺は手伝うなんて一言も言ってねえ。やりたきゃ勝手におまえがやるんだな。ティナ」

「もう! バレットさん!」 


 俺たちの言い合いに困惑しながらパメラは首をフルフルと横に振った。


「いえ、そういうことではなく、拙者せっしゃが農村から頼まれたのが、ヒルダという女頭領のいる堕天使だてんしの盗賊団から村を守ってほしいということだったのでござる」


 パメラの話に俺とティナは顔を見合わせた。


「……チッ。早く言えよ。そういうことは」

「ということは、その農村でヒルダの情報が得られるかもしれませんね。行ってみましょう。バレットさん。ヒルダを追う手がかりを見つけないと」


 フンッ。

 奇妙なめぐり合わせだが、ヒルダの情報を得られるなら何だっていい。


「ならサッサと行くぞ」


 そう言って立ち上がる俺のすぐ脇にティナが寄って来た。


「待って下さい。バレットさん。まだ背中とふくらはぎがれてますよ。ちゃんと治さないと」


 そう言うとティナは俺が何かを言うよりも早く銀環杖サリエルを振り上げた。


母なる光(マザーズ・グレイス)


 ティナの神聖魔法が俺の体に降り注ぎ、ライフが回復するのみならず、鬼蜂おにばちに刺された箇所のれが引いていく。

 体がかなり楽になった。

 ティナの世話になるのは気に食わないがな。

 そんな俺を見ながらティナは得意気に言う。 


「バレットさん。キャンセルなんて言ってましたけど、そんなことしなくて良かったでしょ? 隣人りんじんを助けることが自分をも助けることになるのですよ。覚えておいて下さい」

「うるせえ。偉そうに説教すんな。チビめ」

「だ、誰がチビですか! 失礼な! ああっ! 待って下さい!」


 キャンキャンわめくティナを無視して俺はズンズンと先に進んで行った。

 パメラもようやく呼吸が落ち着いたようで、立ち上がるとティナと共に後方からついてくる。

 そこからパメラの案内で15分ほど歩くと、森を抜けて開けた場所に天使たちの農村が見えてきた。

 それは何てことのないチンケな農村だった。


「私とパメラさんで村に入りますのでバレットさんはここで待っていて下さい。村人たちをおどろかせてはいけませんので。出来れば姿を見られないように。あと、誰か近付いてきても危害を加えちゃダメですからね」


 村からおよそ300メートル以上離れた場所で立ち止まると、ティナはくぎを刺す様に俺にそう言った。

 鬱陶うっとうしい奴め。

 俺は適当に答えておいた。


「ああ。天使が近付いてきたら反射的にぶっ殺しちまうかもしれねえが、出来る限りそうならねえように気をつけるぜ」

「うぅ……まったく信用できません」


 苦々しい顔のティナと苦笑するパメラは連れだって農村へと向かっていった。

 俺は飛び上がって手近な木の枝に飛び乗ると、茂る枝葉に身を隠す様にして枝の上に体を横たえた。

 ひまな時間だが、俺が天使どもの村に足を踏み入れたりしたら、奴らはギャアギャア騒ぎ立てるだろうよ。

 弱っちい農民どもをブチのめしても何も面白くねえし、何より天使どものツラなんざ見たくもねえ。

 ここで寝てる方がいくらかマシだ。


「それにしても天国の丘(ヘヴンズ・ヒル)の森の中ってのはどうにも明るい場所が多いな」


 太い木の枝の上で木の幹に背中を預けながら、俺は誰にも聞こえないような小声でそうつぶやいた。

 同じような深い森の中でも、地獄の谷(ヘル・バレー)だったらもっと薄暗い。

 悪魔の俺にとっちゃその方が慣れ親しんでいて、こうして陽光の差し込む明るい森の中にいると何だか落ち着かない気分になる。

 俺はふと昔のことを思い出した。


 ゾーラン隊にいた頃、敵のアジトを見張る斥候せっこう役として、1人でこんなふうに身を潜めていることがあった。 

 俺は下っだったから、よくそういう役回りに使われたもんだ。

 とにかく戦闘の場を求めていた俺はその当時、その役割を不満に思っていたが、今にして思えばあれはゾーランが俺のことを試していやがったんだろう。

 暴れ者の俺がちゃんと作戦行動を全うすることが出来るか見定めようとしていたんだ。


 そういえば一度、見張り役を失敗してゾーランに大目玉を食らい、派手にぶっ飛ばされたことがあった。

 あの時はもう1人の同僚と2人1組で見張り役をやっていたんだが、敵の通るルートにまんまと敵のボスが現れたのを見た俺は目をかがかせたんだ。

 これはボスを討ち取るチャンスだと。

 

 瞬間沸騰(ふっとう)的に戦意を燃え上がらせ、見張りの任務を放り出して敵のボスに向かっていこうとした時、もう1人の見張り役である同僚の男が俺を引き留めやがったんだ。

 そいつの名前はもうまったく思い出せねえが、その顔は良く覚えている。

 陰気で無口で仏頂面ぶっちょうづらの男だった。

  

 俺と同じ下級悪魔だったが、そいつは作戦行動に忠実で、黙々(もくもく)と仕事をこなすタイプだったから、お目付け役としてゾーランが俺と組ませたんだろう。

 だがその目論見もくろみはあっけなくくずれ去った。

 引き留めるその男を振り払おうとする俺と、そんな俺を抑え込もうとするその男。

 あっという間に取っ組み合いが始まり、もう見張りも何もなくなった。


 当然、敵に気付かれて用心深い敵のボスを取り逃がしちまうという大失態。

 怒声を上げて俺をぶんなぐりやがったゾーランのムカつく顔は今でもよく覚えている。

 同僚も連帯責任でゾーランにぶんなぐられていたが、怒りをき出しにして不満タレる俺と違って、そいつは一言も言い訳しなかった。

 悪魔にはめずらしいタイプだった。


「あいつはまだゾーラン隊でクソまじめに仕事してやがるんだろうよ。勤勉実直なゾーランとは気が合いそうだし、出世して一端いっぱしの役職にでもいてんのかもな。ま、今さらどうでもいいが」


 名前を思い出せないその男の顔を苦々しい思いで記憶のすみに追いやった俺は、そこでふと視界のはしに動くものを見つけて目を凝らした。

 数十メートル離れた先に立ち並ぶ木の幹の間に、白と黒の翼が見える。

 ……堕天使だてんしか。


「ま、退屈しのぎにはなりそうだな」


 小声でそうつぶやくと、俺は気配を消して木をすべり降りた。

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