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最終話 新たな決意

 数多くの天使たちや地底の民たちが壊れた街並みの中を忙しく行き交っている。

 忘れ去られた街・ネフレシア。


 地底世界エンダルシュアの一部でありながら、凍結されたままアップデートされずに放置されていたこの街は今、再建が始まろうとしていた。

 魔神領域での戦いから一夜明けた翌日、俺とティナとパメラはこのネフレシアを訪れていた。

 ティナは何やら街の地図を見ながら、作業する天使たちと話し込んでいる。

 そして今日でこのゲームを去ることになっているパメラは愛刀を奪われたショックで、悄然しょうぜんと立ち尽くしてボンヤリと街の様子をながめていた。

 俺たちをここに連れてきたのは……。


「ひどい有り様だな」


 居丈高いたけだかにそう言って周囲を見回しているのは上級天使のライアンだった。

 そのとなりには下級天使のミシェルもひかえている。

 ミシェルは白面童子ホワイト・キッズに殺された後、コンティニューしてから すぐにライアンの元へ駆けつけ、共にティナの救援に向かうべく奔走ほんそうしていたという。

 そして……。


「おいライアン。天使の総代ともあろう男が、そんな悪魔の女とつるんでいていいのか?」


 そう。

 ライアンから少し離れた場所で、ノンキに椅子いすに腰をかけて紅茶なんぞを飲んでいるのはリジーだった。

 魔神領域で立ち尽くしていた俺たちの元に最初に駆け付けてきたのが、なぜかこのリジーだった。

 俺とは旧知の仲だが、俺が知っているこいつは鍛冶屋かじやで金に汚いってことだけだ。

 こいつには俺の知らない裏の顔がある。


「そんな悪魔の女とは随分ずいぶんだね。バレット。あんただって天使の小娘とつるんでるじゃないのさ。よく言えたもんだね」


 そう言うとリジーはケラケラと腹の立つ笑い方をする。

 そんなリジーの軽薄けいはくな調子とは対照的に、ライアンはまゆひとつ動かさすに能面のような表情で言った。


「リジー殿は運営本部から密命を受けている。単なる個人としての悪魔の思惑を越えて大義のために動かれているなら、我らとしても交流はやぶさかではない」

「さすがライアン総代殿。頭固そうに見えて柔軟じゅうなんなお考えで助かるよ」


 そう言うとリジーはライアンにその鋭い目を向ける。

 ライアンは微動びどうだにしないが、その背後にひかえているミシェルがビクッとした。

 ティナもそうだったが、リジーは天使の女から見ると怖いらしい。


 そしてヒルダの不正プログラムによってめちゃくちゃにされたこのネフレシアの街は、運営本部とティナが共同で修復に当たることになっている。

 今日から数日の間はティナも忙しくなるだろう。


「侵入者一行の侵入経路も判明している。まあ、逃げられた後なのでお粗末な話だがな」


 ライアンは憮然ぶぜんとした表情でそう言った。


「クラリッサの一派は今回、不正プログラムの保持者であるヒルダの虫、お客人の武器である白狼牙はくろうが、そしてティナから修復術のプログラムをスキミングして奪っていった」

「ティナの修復術はいつの時点で盗まれたんだ?」

「ヒルダのアジトで奴に化けた堕天使だてんしがいただろう? あの時にティナがみつかれて修復術を一時的に封じられた。あのタイミングだ」


 あの時か……。

 ティナにはすでにそのことは伝えてあるようだ。

 

「じゃあ今頃、運営本部は大騒ぎなんじゃねえか?」

「まあ騒いでいないことはないが、修復術自体は似たようなプログラムが他のゲームにもある。決してそれだけで特別なシステムというわけではない。重要なのはあれを使いこなせるNPCを育てることさ」


 クラリッサの奴もそんなことを言っていたな。


「じゃあティナの奴はこの先も予定通り任務をこなしていくわけだな」

「無論だ。今回の件について対外的に何かをするのは運営本部の仕事さ。それはもう我らNPCの手の届く範疇はんちゅうを超えている」


 ライアンの言うことはもっともだ。

 だが……あのクラリッサやディアドラはNPCでありながら、そのNPCの範疇はんちゅうはとっくに超えている気がしてならなかった。

 あいつらならゲームの壁を越えて、どこの世界にでも自由自在に行き来しそうな気がする。

 俺のその考えが正しいことを、ライアンが発した言葉が裏付ける。


「西将姫ディアドラという女は先日、我らの知り合いがいる『バルバーラ』というゲームにも出現したとのことだ。密入国者としてな」

「バルバーラ? 知らねえな」


 だが、そこでティナがハッとして話に入ってきた。

 

「バルバーラ。それって……アルフレッドさんたちの……」

「そうだ。彼らが所属するゲームだ」


 ライアンの返答に不安げな顔を見せるティナに俺は目を向けた。


「知り合いか?」

「ええ。以前に話した他のゲームからこの『アメイジア』にゲスト参加していた下級兵士さんとその仲間たちです。彼らのゲームもここと同じように襲撃を受けていたなんて……」


 やはりクラリッサたちは自在に他のゲームになぐり込めるらしい。

 俺はすぐとなりに立つパメラに声をかけた。


「パメラ。おまえんとこのゲームも襲われるかもな」

「それは……否定できないでござるな。しかし、そんな不埒ふらちやからならば奴らの所属先のゲームに抗議して処分してもらえばいいのではござらぬか?」

「忘れたのか? ロドリックの奴はすでに所属不明の流浪るろうのNPCになっていただろ。クラリッサたちも同様のはずだ。だろ?」


 そう言うと俺はライアンに目を向けた。


「うむ。察しの通り、抗議しようにもそれを受け付ける先がない」


 ライアンの言葉に一同はだまり込む。

 その時だった。


「あの……ワシの孫娘を知りませんでしょうか」


 その言葉に皆が振り返ると、そこにはこのネフレシアの市長が立っていた。

 年老いた市長はネフレシアの騒動の際に地下室に閉じ込められていたが、全てが終わってこの街の修復が始まっていたため、地下から助け出されたんだろう。

 だが、すでにアップデートの波から取り残されて長年メンテナンスを受けていなかった市長のジジイは記憶も混濁こんだくとしており、一度出会ったはずの俺たちのことを忘れているようだった。


「ワシの孫娘……クラリッサがどこにもいないのです。どこかで迷子になって泣いているかのもしれません」


 そう言うと市長はライアンの元に歩み寄る。

 それをミシェルがなだめて別の場所へと連れて行く。


「市長様。大丈夫。お孫さんならちゃんと探しています。さあ、治療を受けて下さい」

「お願いします。大事な……大事な孫娘なんです」

  

 そう言って去っていく市長の背中を見送るとライアンはティナやパメラを振り返った。


「案ずるな。市長殿はきちんと記憶の修復を行い、元通りになる。植えつけられたにせの記憶も消え、クラリッサという孫のことは思い出さなくなる」


 その言葉にティナもパメラもしずんだ表情を見せくちびるみながら、遠く去っていく市長の背中を見つめた。


「……こんなこと許されていいんでしょうか。私は何だか釈然としません」

「ティナ殿。同感でござる。あまりにも心ない行為。拙者せっしゃも断じて許すことは出来ないでござるよ」


 そう言うとパメラは怒りに震えるティナの肩をそっと抱いた。

 その顔に見る見る闘志が戻って来る。

 そのままパメラは俺を見た。


「バレット殿。拙者せっしゃ……自分のゲームに戻ったらさらに腕をみがき、あの者たちを討つでござるよ」


 どうやら戦う相手を見定めたようだな。

 毅然きぜんとそう言うパメラの目を俺は見つめ返す。


「奴らの壁は天辺てっぺんが見えないほど高い。それにおまえは白狼牙はくろうがを失っている。牙のない状態でどう戦う?」

「牙ならここにあるでござるよ」


 そう言うとパメラは自分の胸の手を置いた。


「どれだけ高い山のいただきも、ふもとから踏み出した一歩が積み重なって踏破とうはに至るでござる」


 そう言ったパメラの顔にはすでにうれいも躊躇ためらいも無くなっていた。

 こういう顔をした奴にこれ以上の問答は不要だ。


「おい。あの約束はまだ死んでねえぞ」

「承知。もっとバレット殿を楽しませられるサムライになって必ずやバレッド殿にいどむでござるよ。まあ、その頃には強くなり過ぎていて一瞬でバレット殿を倒してしまうかもしれないでござるが」

「フンッ。抜かせ」


 俺とパメラはそう言うと互いに拳をぶつけ合う。 

 それからパメラはライアンに声をかけた。


「ライアン殿。そろそろ時間なので、拙者せっしゃはこの辺で失礼するでござるよ。色々あったでござるが良き旅と良き出会いに感謝するでござる」


 そう言うとパメラはライアンに深く頭を下げた。

 ライアンはその仏頂面ぶっちょうづらの口元にほんのわずかに笑みを浮かべた。 


「うむ。お客人。ゲストの御身でありながら我が同胞ティナに協力していただき、感謝する。どうか達者で」


 ライアンの奴も笑うことがあんのか。

 気持ち悪いな。

 俺の視線から俺の思っていることを見抜いたのか、ライアンはすぐにこちらをにらみつけてきやがった。

 ライアンと挨拶あいさつを交わしたパメラは最後にティナに歩み寄る。


「パメラさん……行っちゃうんですね。さびしいです」

「ティナ殿。また必ず会えるでござるよ。そのような顔をなされるな」


 そう言って今にもメソメソしそうなティナをパメラはそっと抱きしめる。

 ティナもそんなパメラの腰に両手を回した。


「ティナ殿。世話になったでござるな。このご恩は決して忘れぬでござるよ。ティナ殿にお会い出来たこと。それは拙者せっしゃにとってこの上ない幸運でござった」

「パメラさん。私たちはこれからも仲間ですよ。パメラさんが困った時は必ず助けに駆けつけますから。必ず」

「ティナ殿。いつかご立派な天使長になる日を楽しみにしているでござる」


 そう言うと小娘どもは固く抱き合った。

 フンッ。

 暑苦しいんだよ。


「では。皆様。どうかお達者で。さらばでござる」


 そう言うとパメラはメイン・システムを操作し、このゲームから離れていった。

 パメラの体が消えて行くのを見送ったティナは名残惜しそうにため息をつく。


「はぁ。行っちゃいましたね……」

「フンッ。しんみりしてる場合か。おまえにはまだ仕事が残ってんだろ。リストに残ってんのはあと何人だ?」


 俺の言葉にティナはハッと気を取り直し、意気込んで言う。


「あ、あと9人です」

「やれやれ。先は長いな。途中できてきそうだぜ。魔神領域にでも行ってケンカ三昧ざんまいの日々を送るほうが百倍楽しそうだ」

「な、何てこと言うんですか! これは大事な使命なんですよ!」

「そうか? どうでもいいだろ。そんなもん。ケンカのほうが楽しいぞ」

「馬鹿なんですか! バレットさん」

「誰が馬鹿だ!」 


 いがみ合う俺とティナの間にふとライアンが割り込んで来た。


「そのことだがな。そのリストの中の不正者がどうやら魔神領域にいるらしいのだ」


 魔神領域に……マジかよ。

 ってことは俺たちが次に向かうのは、あのバケモノどもの巣窟そうくつってことか。

 途端とたんに俺は心が湧き立つのを感じた。

 そんな俺の顔を見てティナの奴が心底嫌そうな顔でため息をつく。


「はぁぁぁ。バレットさん。考えていること分かりますよ。これでケンカの相手に事欠かねえぜヘッヘッヘ。とか思ってるんでしょう。まったく」


 思ってるぜ。

 今回はロドリックを追っていたから急ぎ足になったが、一度あそこで腰を落ち着けて鍛練たんれんしてみたいと思ったからな。


「閉ざされていた魔神領域に今回の騒動に乗じて入り込んだ者たちがいるようだ。それも一度に3人ほどもな」

「さ、3人ですか?」

「そして魔神領域は数カ月後にリニューアルして再オープンすることが決まった。その前に不正プログラムの保持者や痕跡こんせきを一掃するのがティナの新たな任務だ」


 ライアンの話に今度はティナの奴が意気込んだ顔をする。

 俺はそのほほをつねった。


「イタッ!」

「考えてること分かるぜ。これで天使長様からの任務を一気に進められる。とか考えているんだろう。馬鹿め。そう簡単にいくか。弱っちいおまえはどうせ七転八倒して泣きベソかくハメになるんだ。ざまあみろ」

「い、意地悪なこと言わないで下さい!」


 ギャアギャア騒ぐティナにライアンは嘆息たんそくし、リジーの奴はもはや興味を失ったように明後日あさっての方向を見て紅茶をすすっている。

 そんな連中の反応をよそに、ティナは何やら居心地いごこち悪そうに咳払せきばらいをした。

 

「コホン。と、とにかくバレットさん。再確認なのですが……あの……」

「フンッ。コンビ続行だ。俺たちの行く先は一致している。次は魔神どもの巣穴すあなに潜り込むぞ」


 俺の言葉にティナは少々(おどろ)きを見せたが、すぐにその顔をパッと笑顔でかがややかせて銀環杖サリエルを握り締めた。


「ハイッ。これからもよろしくお願いしますね。バレットさん」


 フンッ……お気楽な小娘だぜ。

 こいつとの旅はまだまだ続きそうだな。 

 うまくいかねえことも多々あるだろうが、ゲームオーバーとコンティニューを繰り返しながらでも前に進んでやるぜ。

 どうせ俺らはNPCだからよ。

                                   【完】

最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました。

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

ティナとバレットの旅はこの先も続いていきます。

次回作も少しずつ制作してまいりますので、

またぜひよろしくお願いいたします。

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