第23話 まさかの再会
「バ、バレット! 助けてぇぇぇぇ!」
そう叫びながら俺に向かって必死に走って来るのは、行方知れずになっていたクラリッサだった。
あのガキ……赤肌男どもの森で見えなくなったとかシャンゴが言っていたはずだが、なぜここにいやがる?
そう思ったのも束の間、そこでアルシエルがまたしても頭上から俺を狙って拳を振り下ろしてきた。
「くっ!」
その動きは先ほどまでの頸木に捕らわれていた時とは段違いに速い。
俺は稲妻迅突脚を敢行してこれを何とかかわしたが、アルシエルの拳はドンッと地面を抉り、まるで地震のように地響きを巻き起こす。
その衝撃で近くを走っていたクラリッサの小さな体が空中に跳ね上げられた。
「はうっ……」
クラリッサの奴は十数メートルも空中に跳ね上げられ、そこにアルシエルが屈み込んできたかと思うと、大口を開けてクラリッサの体を飲み込みやがった。
「食いやがった……チッ!」
クラリッサはもうダメだ。
助からねえ。
だが他人のことに気を取られている場合じゃない。
アルシエルの奴はクラリッサでは飽き足らず、俺を食おうと両手を地面につけ、四つん這いになって顔をこちらに向けてきた。
「冗談じゃねえぞ! 食われてたまるかよ!」
アルシエルの奴はクラリッサを食ったことで味をしめたのか、俺のことも食おうとして大口を開けて向かってきやがる。
「そんなに食いたきゃ、これでも喰らえ!」
そう言うと俺は灼熱鴉・穿破をアルシエルの口に向けて放つ。
青い炎の鴉は鋭く飛んでアルシエルの大口に飛び込むと、口内の奥へブチ当たったが、そこであっさり消えてしまった。
アルシエルのライフはほとんど減らない。
まったく効いている手応えがねえぞ。
ちくしょうめ。
「フォォォォォッ!」
アルシエルは両手で俺を囲い込むようにしてゆっくり前進しながら、俺を食らおうと首を伸ばしてくる。
そして奴の周囲には多くの亀の魔神どもが飛び交っていて、主の命令で俺を逃さないように見張っていた。
ふざけやがって。
俺は左足を振り上げて新技をお見舞いしてやる。
「豪雷間欠泉!」
アルシエルの蛇の下半身に青い雷柱が立ち昇る。
アルシエルは全身を痺れたように震わせたが、それでもやはりダメージはほとんど与えられなかった。
俺の全力の攻撃は奴の膨大なライフのうち1%すら削り取ることが出来ない。
逆にこの攻撃がアルシエルを刺激したらしく、奴は猛り狂って両手で地面をバンバン叩き始めた。
地響きと土煙が激しく巻き起こり、周囲の瓦礫がバラバラと崩れ落ちる。
シャンゴと同じ雷の攻撃がアルシエルを大いに苛立たせたようだ。
「フォォォォォッ!」
アルシエルは俺の上からのしかかるようにして覆いかぶさってくる。
その両手で周囲を囲い、周辺には亀の魔神どもがますます密集してきやがる。
俺を絶対に逃さないよう包囲網を敷きやがった。
そして悪いことにこの状況でいよいよバーンナップ・ゲージは残り10%ほどとなってしまう。
もう残り十数秒しかもたないだろう。
「この場を切り抜けるにはイチかバチか奴の不意を突くしかねえ」
俺は決死の覚悟で体内の魔力循環を整えた。
稲妻迅突脚だ。
この状況を打開するにはもうこれしかない。
紅蓮燃焼の状態で放てるのはあと一発だろう。
俺は立ち止まり、神経を研ぎ澄ませる。
魔力を燃やすのではなく、静かに波立たせぬように力を集中していく。
そんな俺の姿を見ていよいよ観念したと思ったのか、アルシエルが上から大口を開けて一気に首を下ろしてきた。
俺は奴をギリギリまで引き付け、その眉間を狙って真上に技を繰り出した。
「稲妻迅突脚!」
首を勢いよく振り下ろしてくるアルシエルに対して俺はカウンターで仕掛けた。
俺の体が青い稲妻に乗って一瞬で上昇し、ありったけの力を込めて膝蹴りを繰り出す。
だが……狙いはわずかにずれてアルシエルの額に俺の膝蹴りが突き刺さった。
「ぐっ!」
アルシエルの骨ばった固い額に超高速でぶつかった衝撃で、俺は自分の膝の骨が砕けたのが分かった。
技の威力と敵の固さに、俺の体が負けたんだ。
それでもアルシエルの額はわずかに跳ね上がり、ダメージもようやく1%ほどは与えられたものの、俺の目論見はまんまと崩れ去った。
それもこれも俺自身の未熟さゆえだ。
「く……くそったれが」
俺は羽を広げて何とか体勢を立て直そうとするが、アルシエルがそこでいきなり鼻息を吹きかけてきやがったんだ。
それは突風となって俺を煽り、俺は空中で完全にバランスを崩してしまう。
それを見計らったアルシエルは大口を開けて猛然とこちらに向かってきた。
マズイ!
避け切れねえ!
そう覚悟したその時だった。
「高潔なる魂!」
アルシエルの横っ面に桃色の光の塊がブチ当たった。
天網恢恢によって増強された桃色の人形はいつもの数倍の大きさとなってアルシエルを直撃したんだ。
さすがにこれにはアルシエルも顔をのけ反らせて動きを止める。
間一髪で食われずに済んだ俺は首を巡らせた。
するとティナの奴がぐったりしているパメラを抱えてこちらに向かってくるのが見えた。
「ティナ! 逃げろって言ったろ!」
「バレットさんこそ! 死なないでって言ったのに!」
ティナは憤慨しながらそう言って俺に離脱を促すが、そこでとうとうティナのハーモニー・ゲージが底を尽いた。
天網恢恢が時間切れにより終了したことをコマンド・ウインドウが告げている。
そして俺も同様にバーンナップ・ゲージが底を尽き、紅蓮燃焼を終えた。
最悪のタイミングだ。
「きゃっ!」
そこにティナの後方から続々と亀の魔神どもが襲いかかってくる。
ティナはこれを懸命にかわすが、天網恢恢による能力増強もなくなり、なおかつパメラを抱えたままのため回避もままならない。
そして回転する亀の甲羅の縁で足首を削られダメージを負うと同時に態勢を崩した。
「うぐっ!」
そこで後方からアルシエルの左手がサッと迫って来て、ティナは避ける間もなくパメラごと体を掴まれてしまった。
「ティナ!」
「バ、バレットさん!」
ティナは必死にもがくが当然のごとくアルシエルの手から逃れることは出来ない。
それどころか強い力で握られて、そのライフをどんどん減らしていく。
「うあああああっ!」
ティナはたまらずに悲鳴を上げた。
あのままじゃ握り潰される。
そしてそれに気を取られていた俺にも、アルシエルの右手が迫ってきた。
「チッ!」
俺は必死にこれを避けようとするが、疲労度が赤く染まりつつあるため体の動きは鈍い。
ギリギリでかわすが、これじゃあすぐに行き詰るぞ。
奴の巨大な手に掴まれるのはもちろんのこと、その手に掠って叩き落とされるだけでも残りライフのわずかなこの体は命を奪われるだろう。
そして俺が必死に攻撃を避けている間にも、アルシエルはティナを掴んだ左手を自らの口元に持っていく。
ティナが……喰われる。
「バ、バレットさぁぁぁぁん!」
絶体絶命のティナが悲鳴を上げたその時だった。
バキッというけたたましい音が鳴り響き、アルシエルの前歯が内側からへし折られて宙を舞った。
折れたその歯は俺のすぐ脇を通り抜けて地面に突き立つ。
途端にアルシエルがそれまで聞いたことのない声を上げた。
「ヒィヤォォォォォッ!」
それは明らかに苦痛による悲鳴だった。
何者かによる危害を加えられ、痛みを感じているってことだ。
歯がへし折れた口から血が溢れ出してアルシエルの口元を汚した。
そして、その口の中から……1人の人物が姿を現したんだ。
俺はそいつの姿に唖然として声を失った。
「ひどいよぉ~バレット。助けてって言ったのに」
そこから飄々とした表情で現れたのは、アルシエルに喰われて死んだはずのクラリッサだったんだ。
その姿を見たティナが驚きの声を上げる。
「ク、クラリッサさん? どうして……」
理解し難い状況に言葉を失うティナに、クラリッサは以前同様のガキっぽい表情で口を尖らせながら言った。
「聞いてよティナ。ボクがこの化け物に食べられそうになっていたのに、バレットってば全然助けてくれなかったんだよ。ひどいよね」
その軽口にティナは答えることが出来ないでいる。
この状況の異常さに目を剥いているんだ。
それは俺も同様だった。
あのガキ……どうして生きていやがる……ん?
俺はそこで思わず息を飲んだ。
クラリッサの右手が血で濡れている。
まさか……。
「ティナとパメラにはまだ死んでもらっちゃ困るんだよね」
人を食った態度でそう言うとクラリッサはアルシエルの口から飛んで身を空中に躍らせる。
驚くような大きな跳躍を見せたクラリッサは、そのまま空中でヒラリと身軽に回転すると、そこからアルシエルの手首に強烈な蹴りを喰らわせた。
「ヒィアアアアアッ!」
またしてもアルシエルが悲鳴を上げ、手首を蹴られた衝撃で握っていたティナとパメラを手放してしまう。
それほどの衝撃だということだ。
しかもクラリッサはアルシエルの手首を蹴った弾みでさらに空中高く飛び上がると、アルシエルの額をその拳で殴り付けた。
「フゥアアアアアッ!」
あのクソ固いアルシエルの額がパックリと割れて血が噴き出し、アルシエルはそのまま後方へと大の字にひっくり返った。
う、嘘だろ……。
どうなっていやがる?
ティナよりも小さな体のクラリッサがあの強大なアルシエルを力で圧倒している。
何なんだアイツのあの力は……ただのガキじゃなかったのか?
クラリッサと一時的に行動を共にしてきたが、今まで少しでもそんな力は感じさせなかったはずだ。
ただのワガママなクソガキにしか見えなかった。
ティナの奴も俺と同じ衝撃を受けているはずだ。
アルシエルの手から解放されて体の自由を取り戻したティナは翼を広げ、パメラを抱えたまま着地する。
そして驚愕の表情で頭上を見上げた。
「ク、クラリッサさん……」
その視線の先、クラリッサは地上十数メートルを落下して、俺たちに背中を向ける格好で平然と地面に着地した。
俺はクラリッサの背中から視線を外すことが出来ず、呻くように乾いた声を漏らす。
「て、てめえ……何者だ?」
クラリッサはゆっくりとこちらを振り返ると愉快そうに声を上げて笑う。
「アッハッハ。何言ってるのさ、バレット。ボクはクラリッサだよ。でも……あらためて自己紹介が必要だね」
そう言うクラリッサの顔から、ガキくさい笑みが消えていく。
「ボクは……トリスタン大王様から冠位を賜りし四将姫が1人、南将姫クラリッサ。よろしくね」
そう告げたクラリッサの顔は、鋭い目つきをした戦士のそれだった。




