第22話 一閃!
「バレットさん! 負けないでぇぇぇぇぇ!」
ティナだ。
俺の勝利を信じているとほざいた見習い天使の金切り声が、俺の全身の神経に最後の火を灯した。
そして俺の脳裏に少し前に出会った雷の魔神である奇妙な男の顔がよぎる。
左足にハメている雷足環からビリビリと強烈な振動が伝わって来る。
「終わりだ! バレット!」
ロドリックは俺とほとんどゼロ距離で顔を突き合わせるようにして最後の一撃を放とうとしていた。
「氷爆破臓弾!」
絶体絶命。
だが……絶体絶命の危機にして千載一遇の好機でもあった。
ロドリックの奥義が炸裂しようかというその刹那、俺は左足でタンッと地面を打ち鳴らした。
途端にこの体から青い稲妻と赤い炎が激しく噴き出す。
あの……雷魔神のシャンゴが得意としていた必殺の一撃を俺はまだ制御できねえ。
多分、たった十数メートル離れている的に当てるのだって、そう簡単にはいかねえだろう。
だが、敵がこうして目の前にいるなら話は別だ。
この距離ならどうやっても外しようがねえ。
相討ち上等の覚悟で俺は全身の神経を研ぎ澄ませて、新たに覚えたばかりの新技を放った。
「稲妻迅突脚」
まるで自分自身が稲妻と化したかのように俺の膝蹴りが一閃する。
決着は一瞬だった。
俺の左膝がロドリックの腹を直撃し、奴が奥義である氷爆破臓弾を放つ直前に吹っ飛ばしたんだ。
猛烈な勢いで繰り出した俺の稲妻迅突脚に吹っ飛ばされたロドリックは、十数メートル先のアルシエルの下半身の鱗に激突した。
「ごはあっ!」
ロドリックは口から盛大に吐血し、その場に崩れ落ちる。
だが、前のめりに地面に倒れ込んだロドリックは、震える両手を地面に着いて、それでも起き上がろうとする。
だが、その体には俺の攻撃で伝播した電撃と炎がまだ残っていて、バチバチと音を立ててロドリックの体を痛めつけた。
それが奴の残ったライフを全て奪い去る。
ロドリックは再びその口から血を吐くと、苦しげに呻いた。
「ぐぅぅ……ば……馬鹿な……俺を……上回るとは」
そう言ったきり、ロドリックは顔を地面につけて動かなくなった。
そのライフが0を指し示している。
ロドリックは……息絶えた。
それを見た俺は、その場にガックリと両膝をつく。
俺のライフも残り5%。
倒れたまま動かなくなったロドリックを見て俺は深く息をついた。
何かが一つ間違えていれば、死んでいたのはロドリックではなく俺だったかもしれない。
俺とロドリックの生死を分けたもの。
それは時の運だ。
勝負には時の運がある。
特に俺とロドリックのように実力差が大きくかけ離れていない今回のような戦いでは、時の運が左右する余地は大きい。
俺にとっての時の運。
それは雷の魔神シャンゴと出会い、その強さに触れ、稲妻迅突脚という技を知ったことだ。
あの出会いがないままだったら俺はこの技を知らず、こうしてロドリックに対して起死回生の一撃を放つことも出来なかっただろう。
もう一つ。
はぐれたままだったティナとここで出会ったことだ。
ティナがいなけりゃ俺は紅蓮燃焼を取り戻すことは出来なかったし、そうなりゃ俺の勝利はなかった。
逆にロドリックの奴は時の運に見放されたな。
ライフがゼロになったロドリックだが、あいつはネフレシアの製鉄所でヒルダの断絶凶刃に刺されたため、コンティニュー不可の状態で屍を晒している。
あいつに指示を与えていたのがどんな奴だか知らんが、任務とやらはまんまと失敗に終わったな。
ざまあ見やがれ。
「ロドリックの奴、南将姫とか言っていたな。それがあいつの親分だってことか。何だか良く分からんが……」
「バレットさん!」
「イテッ!」
そこでいきなり俺の背中にドンッとティナがぶつかってきやがった。
ロドリックを倒すことに全身全霊を傾けて燃焼し切った俺は気が抜けていて、それを受け止め切れずにドサッと倒れ込んだ。
「て、てめえ。何しやがる」
「バレットさん! 勝ちましたね!」
ティナは気色悪いことに俺の腰にしがみついてその顔を思い切り押しつけてきやがった。
「勝つって信じてましたよ! 私、信じてたんですからね!」
「うるっせえな。離れろコラ」
そう言って俺は強引にティナの頭を押さえつけて腰から引き離す。
するとティナの奴は顔をクシャクシャにして目からボロボロ涙をこぼしていやがった。
「おい。なに泣いていやがる?」
「だって……だって……」
だが、勝利の余韻に浸るのはそこまでだった。
「フォォォォォ!」
アルシエルが大きく吠えると、奴の腰に巻かれていた漆黒の鎖がついに音を立てて砕け散っていく。
俺たちの頭上から馬鹿でかい金属の塊と化した鎖の残骸が落下してきた。
「やばいぞ!」
「ひえええっ!」
俺とティナは泡食ってその場から脱出する。
ロドリックの亡骸は鎖の残骸に飲み込まれていき、見えなくなる。
俺とティナは全力で飛んでその場から脱出する。
50メートルは離れたところで後方を振り返ると、アルシエルは全ての頸木から解き放たれた感動に打ち震えるように、両手を天に突き上げ、大きく吠えていた。
「フォォォォォォッ!」
ついに……魔神の王アルシエルが完全に体の自由を取り戻した。
その瞬間、先ほどまでとは比べ物にならないほどの重圧がこの肌を震わせる。
重力が重くなり、空気が冷たく、酸素が薄くなったようにすら感じられる。
実際にはそんなことはねえんだが、アルシエルがその体から発するあまりの異常な魔力に俺は全身の毛が逆立つのを感じた。
俺の隣ではティナが口を手で押さえながら苦しげに呻いた。
「ううぅっ……」
ティナの奴は顔を真っ青にして、吐きそうになるのを堪えていた。
今なら分かる。
おそらくあの頸木から解放されることでアルシエルは本当の自分の力を取り戻せる仕様なのだろう。
あいつが3本の鎖に巻きつかれる前でさえ、ここまでの重圧は感じられなかった。
魔神の王はまさにこいつにふさわしい称号だ。
あのシャンゴが本気で喧嘩しても負けることのほうが多いと言っていたのは、大げさでも何でもなかった。
実際、今の俺じゃ勝負にすらならねえだろう。
「こいつはヤバ過ぎるな。この場からとっとと立ち去るぞ」
「そ、その前にパメラさんを連れていかないと」
相変わらずアルシエルの不可逆結界は有効で、ライフの回復手段はない。
だが幸いにしてバーンナップ・ゲージは残り30%ほどだがまだ残っている。
ティナのハーモニー・ゲージも同様だ。
今持てる余力を離脱に全振りすれば、この場から立ち去ることくらいは出来るはずだ。
情けねえが今はそれしかねえ。
パメラの身を隠している場所に全力で向かうティナを俺は追う。
だが、そんな俺たちにアルシエルが後方から視線を向けてくる。
背中越しだってのにその視線を向けられるだけで鳥肌が立つほどだ。
思わず振り返ると、アルシエルの顔の周囲にいくつもの巨大な火球が浮かび上がる。
その火球の異常な飛行速度を知っている俺は、ハッとして前を行くティナの手を掴んだ。
「へっ? バレットさん?」
「ティナ! 後ろからヤバイのが来るぞ!」
だ、ダメだ。
この距離で撃たれたら100%避けられない。
俺はティナの手を引っ張って即座に急降下する。
ドンッという強烈な破裂音がして撃ち出された巨大火球が、俺たちの頭上十数メートルのところを通り過ぎていく。
「あ、熱っ!」
火球が通り過ぎた後の高温衝撃波に翼を炙られ、ティナは悲鳴を上げた。
これだけ距離があっても、熱波が押し寄せてきやがる。
炎属性の俺はまだ耐えられるが、これじゃティナの奴が持たねえぞ。
俺は即座にティナに言った。
「あれを撃たれてから回避行動を取ろうとしても無理だ。ティナ。俺があいつを引き付けて時間を稼ぐ。とっととパメラを連れ出して来い!」
「で、でもバレットさん。もうライフが残りわずかしか……」
「関係ねえよ。あの火球に掠りでもしたら、ライフが満タンだろうと一撃即死だ」
俺の言葉にティナは息を飲むが、すぐに頷いた。
「わ、分かりました。パメラさんと合流できたら、すぐに合図をします。バレットさん。せっかく勝てたんですから、絶対に死なないで下さいね!」
そう言うとティナは全速力でパメラの隠れている場所へと向かう。
それを見送った俺は踵を返して再びアルシエルに向かっていった。
前方ではアルシエルがいくつもの火球を体の周りに浮かび上がらせて、狙撃態勢に入っている。
やばい。
やばすぎるぜ。
自ら死にに行っているようなもんだ。
俺は自らの勘と運を信じてグルグルとアルシエルの周囲を羽虫のように小刻みにターンして飛び回った。
そんな俺のすぐ傍を、撃ち出された火球が通り過ぎていく。
紅蓮燃焼で能力増強がかかっているからここまで動き回れるが、残り20%ほどになっているバーンナップ・ゲージが尽きてしまえばそれも叶わない。
そうなった途端に俺はいとも容易く撃ち落とされちまうだろう。
「早くしろティナ!」
俺は苛立ちを吐き捨てる。
まったくフザけた状況だ。
何で俺があの小娘どもを助けるために囮役まで買って出ねえとならねえんだ。
だが、それは俺自身がそうすると決めたからなんだがな。
この厄介事だって乗り切れれば俺自身の糧になるはずだ。
何しろ魔神の王と遭遇すること自体がレアな出来事なんだからな。
「フォォォォォッ!」
いつまでも俺を撃ち落とせないことに苛立ったアルシエルがいよいよ移動を開始する。
その蛇の下半身をくねらせてグングン俺に向かってきやがる。
その巨体が一瞬で俺の眼前まで迫って来た。
まるで山が高速で移動しているみたいだ。
「くうっ!」
俺は即座に地上に降下して着地した。
アルシエルは両手で俺を掴み上げようとするが、俺は左足で地面をタンッと打ち鳴らして稲妻迅突脚を敢行する。
敵を攻撃するための一撃ではなく、攻撃をかわすための一撃だ。
アルシエルは両手で握り潰そうとした俺が、雷のように動いてそれをかわしたのを見て怒りの声を上げる。
「フォォォォッ!」
長年の喧嘩相手であるシャンゴの技を使ったことが何やら気に障ったようだな。
アルシエルは長い蛇の下半身の先をバシンバシンと地面に打ち付け、その度に地響きとともに埃臭い土煙が巻き起こる。
俺のことをシャンゴの眷属だとでも思ったのかもな。
そこで俺の後方、数百メートルのところでバシュッと照明弾が射出された。
ティナの合図だ。
撤退の狼煙を見た俺は即座にその場から離脱を開始する。
稲妻迅突脚を連続で使えばこの場から逃れられるはずだ。
俺がそう思ったその時、周囲の瓦礫の合間を縫うようにして走る人影が視界の端に映った。
予期せぬ出来事に俺は思わず足を止める。
俺が見たのは小さなガキが頭を抱えながら必死にこちらに向かって走って来る姿だった。
そいつは俺の姿を見つけると、必死の形相で声を張り上げる。
「バ、バレット! 助けてぇぇぇぇ!」
そう叫びながら俺に向かって必死に走って来るのは、行方知れずになっていたクラリッサだった。




