第21話 1分間の激闘
魔神の王アルシエルが解放されるまでおよそ1分。
俺とロドリックは死力を尽くしてぶつかり合う。
紅蓮燃焼により全ステータスが上昇した俺は最初から全開で攻撃を繰り出した。
「灼熱鴉・乱舞!」
俺が放った灼熱鴉は分裂して十数羽の小鴉となってロドリックを襲う。
「ぬうっ!」
ロドリックは全身から例の氷の霧を噴き出して向ってくる小鴉どもの勢いを弱め、氷撃魔旋棍をすばやく振り回して見事に小鴉を叩き落とした。
だがその時点で俺はすでに次の手を打ってある。
「炎獄間欠泉!」
俺が右足を大きく振り上げて地面を踏み抜くと、ロドリックの足元から盛大に炎の大柱が複数噴き上がった。
通常の噴熱間欠泉より遥かに大きな大炎柱であり、しかも複数だ。
これはロドリックも対処しきれずに吹っ飛ばされてダメージを負う。
「ぐうっ!」
紅蓮燃焼の時にしか使えない強化版スキルだ。
空中に吹っ飛ばざれたロドリックに向けて俺はもう一撃を放つ。
「灼熱鴉・穿破!」
今度は普段の赤い炎ではなく、青い炎が俺の両手から撃ち出された。
それは通常の灼熱鴉よりもかなり速く鋭く宙を舞うと、虚を突かれたロドリックの腹に直撃した。
しかもそれだけじゃ終わらない。
青い炎の鴉はまるで意思を持っているようにロドリックの腹にその嘴を突き立てて食らいつく。
「ぐうっ! おのれっ!」
ロドリックは氷撃魔旋棍を素早く交差させて青い炎の鴉を挟み込むと力任せに押し潰して消す。
それから俺に向かって氷風隼を放つと同時にダッシュして距離を詰めてきた。
俺は魔刃腕で氷風隼を叩き落とす。
右腕にズキンとした冷たい痛みが走るが構うことはない。
突っ込んでくるロドリックを迎え撃つと、至近距離で打ち合った。
ロドリックの攻撃は相変わらずこの体に冷気のダメージを与えるが、俺の拳や蹴りもこの体から噴き出す炎で、たとえ防御されてもロドリックにダメージを与える。
「うおおおおおっ!」
「ぬあああああっ!」
互いに防御し切れずダメージを負う。
俺のライフは残り20%。
ロドリックは残り30%。
俺が不利な状況は変わらない。
だが俺は頭の中で勝利への道すじを明確に描いていた。
あとはこの体が最後まで持つかということと、とっておきの一撃が決められるかどうかだ。
「バレット。最後には俺が勝つ。今のおまえの体力では耐え切れんぞ!」
ロドリックはそう声を荒げると腰を落として前傾姿勢を見せた。
前転だ!
必殺の踵落としが来る!
ロドリックは猛烈な速度で鋭く一回転すると俺の頭の上から凍った踵を振り落とす。
凍塊魔鎚。
一度目の対戦で俺を一撃でノックアウトしたロドリックの大技だ。
しかも今の奴は能力増強状態であり、防御しても大きなダメージを負わされる危険性がある。
ここは俺も打って出るしかない。
紅蓮燃焼を起動していることもあり、常に魔力全開の俺は右拳に燃え盛る炎を宿す。
「噴殺炎獄拳!」
振り下ろされるロドリックの凍り付いた踵と突き上げる俺の燃え盛る拳。
だが、奴の攻撃に備えて全力で打ち上げた俺の拳は空を切った。
「なにっ?」
ロドリックは直前で凍塊魔鎚をキャンセルして俺の噴殺炎獄拳をかわしやがった。
そして着地するとロドリックは、拳を突き上げたまま無防備となった俺の腹に右手の氷撃魔旋棍を押し当てる。
ヒヤリとした感触が俺の心臓を鷲掴みにしたような気がした。
し、しまった!
「終わりだ。奥義・氷爆破臓弾!」
ロドリックがそう叫ぶと同時に左右2本の氷撃魔旋棍が唐突に赤く輝く光を放った。
そして俺の腹に冷たい感触が広がりそれが衝撃となって腹から背中へと抜けた。
途端に激痛が腹の中を突き抜けて、俺は口から大量の鮮血を吐き出す。
「ガハァッ!」
ロドリックの奥義が俺の腹を貫いて五臓六腑を破壊した。
ダメージで俺のライフゲージが急激に減っていき、一気にゼロに向かう。
さらにロドリックはトドメを刺すべく左手の氷撃魔旋棍を今度は俺の胸に差し向けた。
や、やられる……。
俺がそう思った瞬間だった。
「正常化・蓮華」
後方から響き渡ったのはティナの声だった。
途端に桃色の光が辺りに広がっていく。
突然のことにロドリックの動きが一瞬だけ止まった。
俺はもう無我夢中でロドリックの顔面に思い切り頭突きを喰らわせる。
「ガアッ!」
「ガフッ!」
吹っ飛ぶロドリックと、後ろ向きに倒れ込む俺。
大の字に倒れ込んだ俺は見た。
俺の後方の空中に浮かぶティナの姿を。
「ティナ……」
桃色に輝く鮮やかな炎の翼がティナの背中から大きく長く広がっている。
そしてティナの頭上には光輝く天使の輪が3つ連なっていた。
3つの輪は天使長のみが戴冠できるものであり、ティナが正式な天使長の後継者であるという証でもある。
あいつ……ついに天網恢恢を起動したのか。
ティナのライフ・ゲージの下にあるハーモニー・ゲージが満タンになっていることが俺だけには見える。
俺がロドリックと戦っている間、おそらくパメラの身をどこかに隠し、亀の魔神どもと戦ってゲージを貯めたんだろう。
そしてティナの体からは桃色の光が放射状に発せられ、アルシエルの頭上に揺らめく巨大なバグの穴をきれいさっぱりと消し去ってしまった。
「相変わらずの……威力だな。ゴホッ……」
俺は喉の奥からせり上がってくる血を吐き出すと、自分の腹を見た。
ロドリックの奥義・氷爆破臓弾を喰らった俺の腹は内側から凍り付き、もうすでに感覚がない。
左手の氷撃魔旋棍でもう一撃を浴びていたら俺は確実に死んでいただろう。
ライフは……残り5%。
ほぼ死にかけだな。
何てザマだ。
ちくしょうめ。
「お、おのれ……」
ロドリックは憤怒の表情で起き上がり、頭上をチラリと見やる。
その目はアルシエルの頭上に向いていた。
そこにあったはずの空間の揺らぎはすっかり消え失せている。
俺に頭突きされたことよりも、脱出口をティナに塞がれたことに苛立ってやがるんだろう。
俺は残り少ないライフで必死に身を起こす。
もう攻撃を一度でも食らったらアウトだ。
それでも俺は痛みを堪えてニヤリと笑って見せた。
「おい。ロドリック。ざ……ざまあねえな。これでおまえは逃げ場を失った。チェック・メイトだ」
「いい気になるなよ。死にかけの分際で!」
ロドリックは怒りを剥き出しにして俺に向かってくる。
そこで俺たちを頭上から見下ろすアルシエルが再び大きく吠えた。
「フォォォォォォッ!」
その胴を縛りつける漆黒の鎖に亀裂が入った。
まずい……もうタイムオーバーだ。
いよいよアルシエルが動き出す。
だが、事ここに至れば俺にはもう関係ない。
どのみち、あと一撃でも食らえばライフは尽きて俺はゲームオーバーだ。
ここでロドリックと決着をつける。
そうなった後にアルシエルに踏み潰されて死のうが構うことはねえ。
「来い! ロドリック! 俺はまだ死んでねえぞ! さっきのやつをもう一度やってみろ!」
そう叫ぶ俺を目がけてロドリックが再び飛び上がると、空中から勢いをつけて前転を仕掛けてきた。
「よく言った! 最後までおまえらしく死ね! 凍塊魔鎚!」
内臓まで凍り付いた腹部の無感覚が俺の体の動きを制限する。
だが、それでも俺は歯を食いしばって右手を握り締め魔力を振り絞る。
今だけでいい。
痛みも傷も忘れて俺の思うまま動いてくれ。
そう思ったその時だった。
紅蓮燃焼で魔力が溢れ出している俺の左足にピリッとした刺激が走り、激しく振動し始めた。
左膝に巻いた雷足環からパチパチッと激しい稲光が迸っている。
そして俺の目の前にコマンド・ウインドウが表示された。
「……!」
その文字を見た俺は、反射的に動いていた。
噴殺炎獄拳を即時キャンセルして左足を振り上げる。
そしてコマンド・ウインドウに表示されたその技の名を叫びながら左足を鋭く振り下ろした。
「豪雷間欠泉!」
俺の左足が勢いよく地面を踏みつけた途端に地面から巨大な青い稲妻がズガンという轟音を響かせて立ち上る。
それは俺に凍塊魔鎚を喰らわせようと落下してきたロドリックを直撃した。
「ぐはあっ!」
猛烈な電撃に見舞われたロドリックの体が黒焦げとなり体勢を崩したまま俺の頭上に落下してくる。
新たなスキルの発動だった。
以前にも俺の右膝にはめられた炎足環によるスキル・噴熱間欠泉は、紅蓮燃焼の際には炎獄間欠泉という威力抜群のスキルに昇華された。
雷足環でも同じことが起きたんだ。
電撃間欠泉は豪雷間欠泉へ。
俺のこの攻撃を予期していなかったロドリックはこれに対処することが出来なかった。
俺は全ての力を込めて今度こそ右拳に魔力を込める。
俺の右拳は煌々と赤く輝きながら炎を噴き出した。
「噴殺炎獄拳!」
「ぐはっ!」
落下してきたロドリックの顎を俺の右拳が直撃する。
俺は自分の体が引きちぎれてもいいと思うほど容赦なく右拳を突き上げた。
ロドリックの体が空中に舞い上がり、その口から鼻から目から、そして体中から紅蓮の炎が溢れ出した。
「ごふっ……ごああああああっ!」
そしてロドリックのライフが0に向かって大きく減っていく。
よしっ!
いけるっ!
俺はそう確信した。
だが……。
「ぐっ……ぐあああああっ!」
ロドリックはその体中から炎を噴き出しながらも、俺に向かって急降下してきやがった。
渾身の一撃を繰り出したばかりの俺はそれを避け切れずに、ロドリックに組み付かれた。
ロドリックの奴は全身ボロボロになりながら、それでも俺の胸に氷撃魔旋棍を押し当ててくる。
「な、南将姫様より賜った任務を果たさぬまま、ここで終わるわけにはいかぬ!」
苦悶に喘ぎながら、それでも執念の塊のような声を絞り出すロドリックに俺はもう成す術がなかった。
ロドリックの執念が最後の最後に俺を上回ったんだ。
俺は……負けるのか。
だが、そう感じたその瞬間に俺の耳に声が届く。
「バレットさん! 負けないでぇぇぇぇぇ!」
ティナだ。
俺の勝利を信じているとほざいた見習い天使の金切り声が、俺の全身の神経に最後の火を灯した。




