第14話 再会
アルシエルが放った火球同士が空中で衝突し、猛烈な衝撃波が巻き起こった。
それに煽られて空中でバランスを失った俺は地上に叩きつけられる。
「ぐうっ!」
背中を打ち付けてダメージを負い、衝撃で一瞬、息が詰まる。
くそっ!
やられた……ん?
そこで俺は顔を上げてハッとした。
アルシエルが眼下の俺を見下ろして火球を撃ち出そうとしている。
まずい!
俺は背中の痛みを無視して無理やり体を起こした。
だがもう間に合わない……そう思ったその時だった。
シュバッと何かが猛烈な勢いで飛ぶ音が響き渡り、アルシエルの左右と背後から黒く巨大な鎖が射出された。
それはアルシエルの右腕と左腕、そして腰にしっかりと巻きついてその動きを封じる。
それに巻きつかれた途端、あの巨体を誇るアルシエルがどんなにもがいても身動きが取れなくなった。
確かに黒い鎖はゴツイがそれだけであのアルシエルの動きを止められるもんか?
もしかしたら何か特殊効果があるのかもしれねえ。
そんなことを考えていた俺は、思わず目を見開く。
「……ん?」
アルシエルの動きがピタリと止まったかと思うと、その後方を人影が上空に向かって飛び上がっていったんだ。
そいつはアルシエルの背後から上空の揺らぎを目指して上昇するロドリックだった。
その肩にはティナが担がれている。
俺は心が燃え立つのを覚えて、拳を握り締めた。
「あの野郎……その辺りに隠れ潜んでやがったのか? いや、あの鎖は……」
突然、何の前触れもなく鎖が射出されてアルシエルを押さえ込むなんて妙だ。
ロドリックの奴はアルシエルが邪魔で、上空の揺らぎに向かうことが出来なかったんだろう。
ってことはあいつが何かの細工をしてあの鎖を打ち出したってことかもな。
ロドリックの野郎、この隙に一気に離脱するつもりか。
だが、アルシエルが動けなくなっているのは俺にとってもチャンスだ。
見たところティナは縛られているようだった。
高潔なる魂で脱出しようとしないってことは、気を失っているか神聖魔法を封じられているんだろう。
だが、アルシエルはそう甘くはない。
自分の縄張りに踏み込んできた者をそうそう簡単に見逃しはしないだろう。
「フォォォォォッ!」
奇妙に甲高い声を上げてアルシエルはロドリックを叩き落とそうと身をよじる。
だが、ロドリックはアルシエルの体にぶつからないギリギリのところを飛び、その体表に沿って一気に上昇していく。
超至近距離を飛ぶロドリックに対してアルシエルは火球を放つことは出来ない。
あれがロドリックの狙いか。
考えやがったな。
だがそこでふいにアルシエルの体から黒い針のようなものが射出される。
それはロドリックを掠めて鋭く飛び、やがて空中にフワリと漂いながら落ちていく。
あれは……。
「毛だ」
艶やかなそれは針に見間違えたが、アルシエルの体毛だった。
ロドリックはそれを咄嗟に避けたが、体勢を崩していた。
そこにアルシエルはフッと息を吹きかけた。
それは強烈な突風となってロドリックを襲う。
突風を浴びる直前にロドリックは氷風隼を放って応戦するが、すぐに風圧に負けて地上に落下していく。
チャンスはここしかない!
俺は落下していくロドリックに向かって猛然と突っ込んだ。
アルシエルはそんな俺を叩き落とすべく火球を繰り出そうとするが、そこで奴の動きが止まった。
見ると先ほどロドリックが放った氷風隼がアルシエルの顔に貼りついていて、そこにボヤッとしたバグが生じている。
不正プログラムだ。
ロドリックの奴はアルシエルの吐息にぶっ飛ばされる前に、氷風隼に不正プログラムを載せて放ちやがったんだ。
アルシエルの顔に点のように生じたバグは少しずつ広がっていき、それに困惑したアルシエルは自らの手で顔を擦り始めた。
そのおかげで俺は火球の脅威に晒されることなく一気にアルシエルの足元に降下した。
そこには地面に叩きつけられる寸前で着地したロドリックが再び上昇しようとしている。
「待ちやがれ!」
俺はそう吠えるとロドリックを牽制すべく、奴の真上から螺旋魔刃脚を放った。
「チッ!」
ロドリックは舌打ちをしてティナを抱えたままバック・ステップで下がる。
俺は即座に技をキャンセルして着地すると、ロドリックと数メートルの距離を挟んで対峙した。
「ようやく見つけたぜ。ロドリック」
「……バレット。その執念深さは変わってないな。こんな地の底までよく追ってきたものだ」
そう言うとロドリックは肩に担いだティナを無造作に足元に放り投げた。
ティナはどうやら気絶していたようだが、地面に体を打ち付けたその衝撃で目を覚ます。
「痛っ! ……つつつ」
ティナの体には銀色の鎖が巻かれていた。
俺はその鎖に見覚えがある。
それは前回の戦いで上級天使マーカスの体を操った堕天使グリフィンがティナの体に巻いて拘束したものと同じだった。
戒めの鎖とか言ったな。
あれを巻かれると神聖魔法や修復術を封じられるため、ティナは得意の高潔なる魂で鎖を断ち切って抜け出すことが出来なくなる。
「……ハッ! バレットさん!」
ティナの奴は俺の姿に気付いて驚きの声を上げた。
「ようティナ。生きてたか。製鉄所以来の対面だな」
「バレットさん! ど、どうやってここに……」
今、俺がここにいることが信じられないといった顔を見せるティナに俺は鼻を鳴らす。
「フンッ。俺はな、負けたままじゃ終わらねえんだよ。ロドリックをブチのめすためなら、この世の果てにだって追いかけていくぜ。ティナ。おまえは違うのか? 負け犬のまま終わるつもりか?」
俺の言葉にティナは息を飲む。
そして唇を噛むと、声を上げた。
「……私だって、私だってこんなことで負けませんから!」
ティナはそう叫ぶと口を引き結び、ロドリックを睨みつける。
フンッ。
虚勢張りやがって。
だが、まだ負けん気は残っているようだな。
あいつもあちこち引っぱり回されて弱ってるだろうが、危機で虚勢も張れねえようじゃオシマイだ。
「フンッ。当たり前だ。こんな程度でへこたれる奴と今後も組む気はねえ」
そう言う俺の言葉にティナはわずかに呆けた顔を見せる。
この戦いが終わったらコンビ解消だと言ったが、あいつが持ち込んでくる厄介事の数々は俺を大きく成長させる。
だとしたらそれをとことん利用してやるさ。
利用価値がなくならない限り、俺はティナを手放さないことに決めたんだ。
「ボサッとすんな! そんなクソ野郎にいつまで捕らわれているつもりだ? 次期天使長の矜持を見せろや」
俺がそう言うとティナは思わず破顔した。
そしてそれは小生意気な笑みへと変わっていく。
「バレットさんこそ、今度は負けないで下さいね。同じ相手に二度も負ける人に私の相棒は務まりませんから」
チッ。
調子こきやがって。
上等じゃねえか。
俺はロドリックと睨み合う。
ロドリックはティナを縛り上げた鎖をしっかりと握りしめている。
絶対に渡してなるものかとばかりの強い執念がその表情から窺える。
さて、ミシェルから預かったプログラムをこの状況でどうやってティナに渡すか。
例の儀式をしなきゃならねえが、それをする間、ロドリックが昼寝でもしていてくれるなら簡単なんだがな。
俺の紅蓮燃焼システムがこの手に戻ればロドリックとの戦いも有利に進むが……いや。
「ゴチャゴチャと考えるのはやめだ」
今この状況でロドリックの奴と互角にやり合えないなら、紅蓮燃焼で一時的に能力を増強しても結果は知れている。
俺は両拳を握り締めて身構えた。
ロドリックとはこれで三度目の対戦だ。
一度目は完敗し、二度目はうやむやのまま終了。
ここで必ず決着をつける。
そうして気合いを込めて構える俺を見て、ロドリックは両手に装備したナックル・ガードを外してアイテム・ストックにしまい込んだ。
そして氷撃魔旋棍を装備する。
奴のその所作を見て俺は直感した。
俺と戦う時に例のナックル・ガードを装備しないのは、おそらくそれを奪われるのを懸念してのことだろう。
機密事項があるため、あれを奪われて分析されるのは困るってことか。
そして困るのはロドリックではなく、奴の背後にいる人物だろう。
ロドリックは冷然とした目で俺を見据える。
殺意のこもった視線がこの肌に突き刺さるようだぜ。
奴もやる気だ。
「バレット。ここまで来てお前に邪魔されるわけにはいかない。俺は必ず俺の仕事を完遂する。そのためにはここで完全におまえを潰す。二度と立ち上がれないほどにな」
そう言うとロドリックは唐突に口笛を吹いた。
甲高い音がピュイッと響き渡る。
何だ?
訝しむ俺の耳に近付いてくる足音が聞こえてきた。
ふと目をやるとロドリックの後方から1人の男が駆け寄ってくる。
俺はその顔に見覚えがあった。
「あいつ……生きていやがったのか」
現れたのは金弓男だった。
ロドリックの3人の部下の1人で、製鉄所内での戦いで俺にぶっ飛ばされて炉の中に落ちたはずだ。
あの後、死んだんじゃなかったのか。
金弓男は俺の姿を見て怒りと憎悪でその顔を歪めつつ、ロドリックに声をかけた。
「親方。手はず通りです。封印の鎖は10分ごとに右腕、左腕、胴の順で外れます」
封印の鎖……アルシエルを縛りつけているあのデカい鎖か。
そうか。
どうやったのか知らねえが、やはりこいつらが手掛けたもんか。
「分かった。この小娘を預かっておけ。俺は邪魔者を片付ける」
そう言うロドリックに従い、金弓男は転がっているティナを担ぎ上げてその場から離れていく。
ロドリックはそれを邪魔させまいと俺の前に立ちはだかる。
「バ、バレットさん!」
ティナは必死に声を上げるが、今のあいつに出来ることは何もない。
俺がここを打開しない限り、状況は好転しないんだ。
俺は離れていくティナをチラリと見やった。
「ティナ! 俺はこの男をぶちのめす。おまえはこの先のことでも考えとけ。おまえにしか出来ない仕事があるだろ」
俺がそう言うとティナはハッとして弱気な表情を改め、歯を食いしばって頷いた。
「バレット。ハッキリ言っておく。こうしてまた挑んでくるということは、おそらくおまえにはまだ何か手があるのだろう。二度の対戦で見たのがおまえの実力の全てとは俺も思わん。だが実力の全てを見せていないのは俺も同じだ。俺を上回れるとは思わないほうがいい」
ロドリックはそう言うと腰を落として戦闘態勢に入った。
俺も両手の灼焔鉄甲をガチンと合わせて打ち鳴らしながら身構える。
「ゾーランの奴がいつも口うるさく言ってやがっただろ。勝負は実際にやってみなきゃ分からねえんだよ。俺の全てを賭けて、おまえという男をへし折ってやるよ」
今はこれ以上の言葉は俺にもロドリックにも必要なかった。
俺は大きく息を吸い込むと強く足を踏み込んで打って出る。
ロドリックとの三度目の対戦にして最後の戦いが幕を開けた。




