第5話 襲撃!
「灼熱鴉!」
燃え盛る炎の鴉が小屋の天井をぶち破り、俺はそれに続いて飛び上がった。
そして天井に開いた穴を抜けて小屋の外に出る。
そのまま一気に上昇しようとしたが、小屋の近くにある木々の枝に陣取っていた奴らが、文字通り、屋根の上に黒い網を張って待ち受けていやがった。
この小屋を襲撃してきた連中だ。
こいつら……俺たちが屋根から脱出することを予測して、網で絡め取ろうと考えたのか。
だが、俺が放った灼熱鴉は小屋の天井をぶち破るのみならず、その網をも突き破っていたため、俺は構わずに破れた網をくぐり抜けた。
そのまま急上昇して森の上空へ抜けると、下からは飛行能力のないパメラを抱えたティナが翼をはためかせて必死の顔で付いてきていた。
「ま、待って下さい~」
「何とかついてきやがったか」
だが、ついてきたのはティナたちだけではなかった。
堕天使どもが森の中からワラワラと出てきやがったんだ。
その数、十数人。
さっきパメラを追っていた奴らの別働隊か?
それにしても妙だ。
あれだけの人数が小屋を取り囲んでいたってのに、どうして俺はまったく気付かなかったんだ……ん?
そこで俺は視界の端に見慣れた空間の揺らぎを捉えた。
山小屋を取り囲む森の中にチラホラとそんな揺らぎが見える。
あれは……。
「バレットさん! 敵が追ってきます!」
「見りゃ分かる。奴らは俺が叩き潰す。おまえは俺の邪魔にならねえようパメラを連れて上空に避難しとけ」
そう言うやいなや、俺はすぐさま急降下して堕天使どもを迎え撃った。
奴らは空中から弓矢や投げ槍でこちらを攻撃してくるが、そんなもんに当たる俺じゃねえ。
それらを次々とかわして俺は必殺の飛び道具を放った。
「灼熱鴉!」
燃え盛る鴉は十数メートル先の堕天使を直撃する。
「ひぎゃあああああっ!」
堕天使は火だるまになって森へと墜落していった。
そうして2人、3人と堕天使を撃ち落としていった俺は、4人目に灼熱鴉を放つ。
そこで奇妙な現象が発生した。
俺が灼熱鴉の標的としたのは、野郎どもばかりの集団の中にあって唯一、女の堕天使だった。
俺の放った灼熱鴉はその女に直撃したかと思ったが、きれいに跳ね返って俺の方へ戻ってきやがったんだ。
「なにっ?」
反射系の防御魔法か何かか?
堕天使の野盗ごときにそんな高度なスキルを使う奴がいるってのか?
「チッ!」
俺は向かってきた灼熱鴉を避けると、その女堕天使の元へ突っ込んでいく。
それを阻むように男の堕天使どもが群がってきやがった。
「邪魔だ!」
俺はそいつらを魔刃脚で1人また1人と切り裂く。
首や胸を斬り裂かれた奴らが次々とゲームオーバーに陥っていく。
やはりレベル的にも大したことのない奴らだ。
男どもを蹴散らした俺は先ほどの女堕天使を狙おうとした。
だが、女の姿はすでに前方から消えていたんだ。
「……!」
どこに行きやがった?
……ハッ!
俺は背後に嫌な気配を感じて、振り向きざまに手刀をなぎ払った。
「魔刃腕!」
魔刃脚の腕版であるその技は空を切った。
俺の背後に迫っていた堕天使の女は、一瞬で後方に下がっていたんだ。
「危ない危ない。下級悪魔のわりにはなかなか勘の鋭い男じゃないの」
堕天使の女はムカつく薄笑みをその顔に浮かべながらそう言った。
この女、一瞬で俺の背後を突きやがった上に、俺の咄嗟の一撃をあっさりとかわしやがった。
他の堕天使どもとは動きが違う。
そして女を守るように男の堕天使たちがその周囲に集まっていく。
チッ。
見誤ったぜ。
男の堕天使どもに紛れていやがったから判別できなかったが、どうやらあの女がこの集団の頭のようだな。
女は傲然と腕を組むと余裕の笑みを浮かべて言った。
「ここいらはこのヒルダ様の縄張りよ。あたしの盗賊団のシマに入って通行料も払わずに進めるとでも思ってるわけ? 馬鹿な奴らね」
「ハッ。縄張りだ盗賊団だって、どこに行ってもくだらねえアホどもはいるもんだな。通行料だと? てめえらにはケツの毛1本だってくれてやるかよ」
俺がそう言うと、ヒルダとか名乗るその女は部下の堕天使どもに命じた。
「上にいる女2人を取り押さえて。この悪魔はあたし1人で十分だから」
その言葉に従い、堕天使どもがティナたちに向かって上昇していく。
そんな中、1人残ったヒルダは取り出した石弓を装備し、性根の悪さを隠そうともしない顔で言う。
「あの天使と人間の女はこっちにいただいていくわよ。あんたが食うつもりか売り払うつもりだったんだろうけど、悪いわねぇ。こっちも略奪稼業なもんでさ」
「ケッ。堕天使ふぜいが俺から略奪できる可能性があると思うか? ねえよ。1%もな」
「下級悪魔の分際であたしら堕天使を下に見てるわけ? そんな身の程知らずには教育が必要ね。あたしが現実の厳しさを教えてあげる」
そう言ってヒルダが構えた石弓から放たれた矢は、真正面から飛んできたにもかかわらず、一瞬で背後から俺を襲ってきやがった。
「チッ!」
俺は体を捻ってそれをかわすが、避けたはずの矢は再びこちらを向いて襲い掛かってくる。
前方から向かってきたかと思えばいきなり消えて後方から襲ってきた。
これは……あの女のスキルか?
「魔刃脚!」
俺は前方から飛んでくる矢を蹴りつけてへし折るが、その間にもヒルダは次々と連続で矢を放ってくる。
俺は矢を避け、へし折っていくが、ヒルダはしつこく矢を放ち続ける。
前方から飛んでくる矢はことごとく消え、俺の死角をついて背後や頭上から狙いをつけてきやがる。
俺は全身の神経を研ぎ澄ませて、矢の飛来を感じ取る。
そして俺が気を付けるべきはそれだけじゃねえ。
堕天使どものお家芸は毒矢だ。
間違いなくこの鏃にも毒が塗り込まれているだろう。
当たったら解毒剤やら何やらの処置で面倒だ。
そして四苦八苦しながら矢を避け続ける俺をヒルダは嘲り笑った。
「アッハッハ! 面白い大道芸。もっと踊ってよ。マヌケな下級悪魔くん」
くそったれが。
頭にくる女だ。
すぐに思い切りそのツラをぶん殴ってやるから見てやがれ。
俺は腹の底で怒りを燃やしながらも、頭の中は冷静に戦況を観察していた。
思い出すぜ。
こうして様々な方向から迫り来る攻撃を俺はよく知っている。
身を持って体験したことがあるからだ。
これは以前にあのグリフィンと戦った時に起きた現象とよく似ていた。
あの時も前方から突き出されたグリフィンの槍の穂先が、背後から襲い掛かってきた。
それは奴が不正プログラムによって自由に空間をねじ曲げていたから……ん?
そこで俺は自分の体の周囲に何やらキラキラと光る塵のようなものがちらついているのを視界に捉えた。
何だ?
矢を避けながらなのでハッキリと見ることは出来ないが、それは陽光に照らされた埃のようにキラキラと俺の周囲十数メートルの周囲を全方位から包み込んでいる。
そこで俺は見た。
避けたはずの矢がその埃のようなキラめきに触れた途端、空気の揺らぎが発生し、矢が180度転換して再びこちらに向かってきやがったんだ。
「くそったれ!」
俺は右手の手甲・灼焔鉄甲で矢を叩き落としたが、へし折れたはずのその矢は俺の真下十数メートルのところで先ほど同様にキラめく埃に触れた。
すると空間の揺らぎが発生し、今度は折れたはずの矢が元通りに修復されて俺に向かって来やがった。
「チッ! そういうことかよ!」
自分の迂闊さに舌打ちをした。
あのヒルダとかいう女の使う術が不正プログラムによく似ているのは、それが不正プログラムそのものだからなんじゃないか?
俺は攻撃をかわしつつ、十数メートル先に見えるヒルダの姿に目を凝らした。
ムカつくその女は石弓に番えた矢を次々と俺に向かって放ち続けている。
そのせいで俺を襲う矢の数が増え、俺は一度に数十本の矢を避け続けなければならない状況に陥っていた。
ふざけやがって!
だがこうして見る限り、今のところ俺の目にはヒルダの体のどこかにバグの揺らぎが生じる様子は見えない。
現時点ではヒルダが不正プログラムの保持者なのかそうではないのか判別はつかないが、頭に来ている俺にはそんなもんはどっちでも良かった。
「調子こいてんじゃねえぞ!」
俺にとって今一番優先すべきことは、あのクソむかつく女をこの拳でぶん殴ってやることだけだ。
俺は矢をかわして空中で身を翻しながら、急激に体内の魔力を高めた。
すると俺の体から紅蓮の炎が噴き上がる。
そして体中からパチパチと青い稲妻が走るようになった。
「焔雷!」
この体から激しく吹き上がる炎とまき散らされる雷が、俺を襲う全ての矢を燃やし尽くした。
その様子に驚いて目を見開くヒルダに、俺は言い放った。
「遊んでもらった礼をしねえとな。ヒルダ。てめえは火あぶりの刑だ」