第13話 魔神王の眷属
「チッ! 怪獣オールスターズかよ!」
俺はうんざりしてそう吐き捨てた。
魔神領域に入ってから敵の襲撃が途切れることがない。
魔神の王を自称するというアルシエルの縄張りである荒野に入った途端、上空高くから羽の生えたトカゲどもが俺を狙って来やがった。
アルシエルの眷属どもか。
奴らは全長2メートルほどのオオトカゲで、羽をはためかせて飛ぶ姿はさながら小型の飛竜のようだった。
さっき地上で死んでいた奴らと同じ種族だろう。
トカゲどもは俺の姿を見ると盛んにギャアギャアと喚き立てる。
おそらく同じ悪魔のロドリックに仲間をやられて気が立っているんだろう。
俺をロドリックの仲間か何かと思い込んでるのかもな。
奴らは俺の頭上を超えて高くまで舞い上がると、そこから羽をすぼめて一直線に滑空してきた。
細長いその体は空から打ち下ろされる一本の槍のようだ。
そしてその速度はかなり速く、事前に射線を予測して回避行動を取らなければ避け切れない。
だが、俺は空中を不規則に飛んでそれらをかわす。
一目で分かったが、こいつらの動きには一定のパターンがある。
この魔神領域に来て分かったことだが、ここの連中は能力は高いものの、行動パターンが単調化しやすい。
良くも悪くも決められた動きに忠実なんだ。
おそらく閉鎖されてアップデートが数年に渡って行われていないという弊害が出ているんだろう。
本来ならもっと手強さを出すために運営本部が各種の調整を行うところを、放置され続けたからだ。
要するにこいつらはあのネフレシアの住民たちと同様に、時代の流れから取り残された古いNPCってことだ。
それなら俺にもやりようはある。
俺はトカゲを避けまくりながら奴らの行動パターンを観察する。
俺に避けられたトカゲは地面に着地すると、助走をつけて再び飛び上がり、そこから上昇して俺の上空へと舞い戻る。
そこで二回りほど旋回してから勢いをつけて再び俺に飛びかかって来る。
この一連の動きが1サイクルあたり20秒間。
なかなかに忙しない。
だがタイミングをしくじらなければ俺にも付け入る隙はある。
俺は飛びトカゲどもが地面に着地した瞬間を狙って急降下する。
そして飛びトカゲが助走をつけて再び飛び立つ前に、その胴の上に馬乗りになった。
「グギャッ!」
飛びトカゲは不快そうに声を上げ、俺を振り落とそうと激しく暴れる。
だが俺は奴の皮膚に爪を立てて、魔力を燃え上がらせる。
俺の指や腕が高熱化して真っ赤に輝き、その熱が飛びトカゲの皮膚を焼いた。
「グギャァァァァッ!」
飛びトカゲはそれこそ七転八倒して死に物狂いで俺を振りほどこうする。
だが俺は意地でもこの手を放さねえ。
すると俺の熱が伝わり、飛びトカゲの体が真っ赤に腫れてきた。
次第にこいつの動きが鈍くなり、ライフが急低下していく。
他の飛びトカゲどもは周囲でギャアギャアと騒ぎながら俺に近付いて来ようとするが、俺はすかさずアイテム・ストックからあるアイテムを取り出した。
それは前回の戦いでティナが俺に預けたものと同じで、今回はやや改良版になったものをあいつは俺に手渡していた。
光属性式閃光弾。
俺はそれを頭上に放り投げると即座に両手で自分の耳を塞ぎ、目を閉じて顔を伏せた。
途端にドンッという大きな衝撃音が鳴り響き、周囲が一瞬ホワイト・アウトしてしまうほどの明かりに包まれた。
耳を塞いでも肌、筋肉、骨で感じるほどの音の衝撃と、わずかに肌がチリチリと痛むような光の放射。
ようやく光が収まり俺が目を開けると、そこでは衝撃に驚いた飛びトカゲどもが一時的に行動不能に陥っていた。
うずくまったり、ひっくり返ったりしている奴もいる。
そして俺の体の下では高熱に耐えきれずにライフが尽きた飛びトカゲが、物言わぬ骸と化していた。
すぐさま俺は周囲を見回した。
光属性式閃光弾によって身動き出来なくなっている飛びトカゲは12頭。
空中にはまだ10頭ほどが旋回しながらこちらを窺っている。
だが上にいる連中はこちらの襲ってはこない。
仲間と同士討ちになることを嫌ってのことだろう。
光属性式閃光弾の効果は限定的で、奴らは恐らくすぐに復活する。
高価なアイテムである光属性式閃光弾はもう持ち合わせがねえ。
ここにいる飛びトカゲどもを全て倒しているヒマはねえ。
とっとと先へ進むぜ。
俺は真正面から向かってくる飛びトカゲをサッとかわすと、力を込めて羽を羽ばたかせた。
そのまま俺は前方の城を目指して全速力で飛ぶ。
後から飛びトカゲどもが追いすがってくるが、奴らの行動パターンを読み切った俺は順調に奴らをかわす。
そのまま俺は飛びトカゲどもを置き去りにして一気にその場を後にした。
「ケッ。あばよ」
そこから5分も飛び続けると、赤茶けた土の荒野は、ゴツゴツとした岩だらけの岩場に変わってくる。
その頃にはすでに追いすがる飛びトカゲどもの姿は後方の彼方へ消えていた。
奴らは長距離を飛ぶのには適していないんだろう。
だが、飛びトカゲどもがいなくなった代わりに今度は亀の魔神らが岩場に群れていた。
トカゲの次は亀かよ。
おそらく手強い奴らだろう。
だが、奴らは地上をノロノロと這っている。
先ほどのトカゲどものように羽は生えていないようだ。
奴らに飛行手段がないなら、こっちは飛んで行けば簡単……。
「ってわけにはいかないようだな」
俺は岩場の亀の群れの中に、腹を向けてひっくり返ったまま動かなくなっている亀の姿があるのを見た。
そいつらは腹にバグを負っていて、ロドリックにやられたのだと一目で分かった。
ロドリックも俺同様に空を飛んでいただろうから、亀に襲われたってことは奴らにも飛行手段があるってことだ。
そう思って警戒する俺の接近に気付いたようで、亀どもが動き出した。
奴らは地面にベッタリと腹ばいになったまま、体を独楽のように回転させると上昇し始めた。
チッ。
鬱陶しい。
トカゲや亀は空を飛ぶんじゃねえよ。
良く見ると奴らの甲羅の縁は鋭く尖っていて、まるで回転するノコギリのようにこちらに向かってくる。
あれに巻き込まれたら、ズタズタに切り裂かれるぞ。
そして地上でノロノロしていた時と違い、空を飛ぶ亀の動きは鋭く速い。
だが奴らの動きは飛びトカゲどもと同じく、一定の法則性があることに俺はすぐに気が付いた。
こいつらも古いNPCなんだ。
俺は最大限周囲を警戒しながら、亀どもを回避して先へ進む。
あくまでも俺の狙いは王城だ。
ロドリックの足跡としてしっかり残っているのは、バグにまみれた亀どもの死骸だ。
それは点々と王城に向かって続いている。
王城までの距離はもう1キロを切っただろう。
いよいよだ。
そこで俺はふと視線を前方に向けて、あることに気が付いた。
ハッキリと見えてきた王城の上空にユラユラと蜃気楼のように揺らぎが発生している。
不正プログラムによる穴が空間に開いていやがるんだ。
ロドリックが王城に向かう理由が一目で分かった。
「あの野郎。あそこに脱出口があることを知っていやがったのか」
急がねえと奴がまんまとあそこから脱出しちまう。
そうはさせるか。
俺は亀どもを振り切って飛ぶが、そこから数百メートルも進まないうちに異様な気配を感じ取って思わずその場に停止した。
それは俺を追う亀どもも同様で、奴らは急に地上に降下して地面の上にうずくまった。
な……何だ?
この内臓を鷲掴みにされているような圧迫感は。
空気が重く感じられ、息を吸い込むことさえ億劫に感じられる。
それは異常な重圧だった。
その正体が何なのか俺はすぐに悟ることになる。
俺が目指す王城と、その上空の空間の揺らぎ。
その中間地点におどろおどしい黒雲が立ちこめたかと思うと、その黒雲の中から巨大な影が現れた。
それはこの距離から見てもハッキリ分かるほど巨大な生物の姿で、おそらく全長50メートルはあるだろう。
その姿は下半身が蛇で上半身は筋肉質な男のそれだった。
「あいつが城の主……アルシエル」
魔神アルシエル。
もちろん俺はその姿を見たことはない。
だがあの雷神シャンゴが自分よりも強いと称していたほどの相手だ。
この五臓六腑を締め付けるような強烈な重圧は疑いようもなく、あのバケモノがアルシエルであることを俺に確信させた。
ここから先に一歩でも近付いてはいけない。
そんな殺気がヒシヒシと俺の肌を炙る。
だが、それでも俺は拳を握り締め、歯を食いしばってそこから先に進んだ。
戦う相手が強いから、恐ろしいからといった理由で進むのを止めるのは、俺には死も同然だ。
だが、俺がそこから先に進んだことがアルシエルの逆鱗に触れる結果となった。
「フォォォォォッ!」
奇妙に甲高い咆哮が聞こえたかと思うと、アルシエルの体の周囲にいくつもの灯火が浮かび上がる。
それが俺に向けて打ち出された。
まだ1キロは距離が離れているはずだが、それらは明らかに俺を狙った射撃だった。
俺は即座に大きく方向転換して回避行動に入る。
打ち出されたそれは火球であり、ものすごい速度で飛んでくる。
それが俺の元へ飛んでくるのに10秒もかからない。
そして近付いてくるにつれ、その火球の大きさが俺の体を遥かに上回るものだということが分かった。
「くそっ!」
すでに回避行動に入っていた俺は、その火球が右横30メートルほどのところを通り抜けて地面に直撃したのを見た。
するとその火球は地面で大爆発を起こし、俺はその爆風で大きく飛ばされた。
「くぉぉぉぉっ!」
羽をそのまま広げていたら、俺の羽は風圧に耐えきれずにちぎれていたかもしれない。
そのくらいの衝撃だった。
さらに悪いことに爆風の中には何やら鋭利なものが含まれている。
それは地上を這っていた亀どもの甲羅の欠片だった。
地上に炸裂したアルシエルの巨大な火球は眷属であるはずの亀どもを吹き飛ばし、その甲羅の砕けた鋭利な破片をそこら中にまき散らす。
俺はすぐ近くを通り抜けて行くそれらの破片を見て舌打ちをした。
当たり所が悪けりゃ致命傷だ。
あの火球を浴びたなら間違いなく即死だし、避けられたとしても爆発に巻き込まれるだけで大ケガを負っちまう。
こ……こいつはヤバすぎるぜ。
シャンゴが言っていたことの意味を俺は実感する。
ケンカになる相手じゃねえ。
ようやく空中で体勢を立て直した俺はまっすぐに上昇して高度を思い切り上げた。
とにかく地上近くを飛ぶのはマズイ。
火球着弾の衝撃が強過ぎる。
「この高さを保たねえと」
俺は上空高くからアルシエルを見下ろす格好で一気に近付いて行く。
上空から見るとアルシエルの異様な巨体がより際立つ。
全容が見えるからだ。
蛇の下半身は長く、尾の先までが城の中庭に所狭しととぐろを巻いている。
筋骨隆々たる人の姿の上半身の周囲には、奴の魔力で作り出された火球がいくつも浮かび、それが次々と俺に向けて撃ち出される。
俺はその高速飛来する火球を死に物狂いで避けながらアルシエルに接近していくが、それも限界があった。
当然のように奴に近付くほどに火球が迫って来る速度は上がる。
アルシエルまであと200メートルほどに迫ったところで、撃ち出される火球の速さに俺は避けるのが精一杯となった。
「くっ! あと一歩だってのに!」
そこから1メートルでも先に進めば、もう火球を避け切れない。
今だってギリギリなんだ。
俺はムダだと知りつつ、その場から灼熱鴉を放つ。
「挨拶代わりだ! よろしくな!」
そう叫んで俺が放った灼熱鴉はアルシエルの顔面に直撃して爆散する。
だが、アルシエルのライフは1ミリたりとも減らない。
蚊に刺されたもんなんだろうよ。
代わりに奴は複数個の火球を同時に撃ち出しやがった。
くそっ!
咄嗟に俺は急降下してそれを避けたが、空中で火球同士が衝突して激しい爆発が起きる。
「し、しまっ……」
俺はその爆風に煽られて飛ばされ、地上に叩きつけられた。




