第12話 魔神の王
草原口腔どもの縄張りである草原を走り続けること一時間。
やっとのことで草原を抜けると、そこは赤茶けた土の荒野が広がっていた。
「よう。バレット君。遅かっただなぁ。腹減ってねえだか?」
シャンゴの奴はそこで眷属の鳥と犬を従え、ノンキに火を焚いて飯を食っていやがった。
敵を振り切って走り続けてきた俺は、疲れ果てて疲労度が再び赤く染まっている。
息を切らしてその場に立ち尽くす俺とは対照的にシャンゴは余裕の表情だ。
俺と同じように草原を抜けてきたってのに、奴はこれっぽっちも疲れた顔を見せていない。
閉ざされた世界のNPCであるシャンゴにはまだ疲労度のゲージが実装されていないが、もし奴にそのゲージがあればそれはまったく疲れていないことを示す緑色だったろうよ。
俺はその差を腹立たしく思いつつ、シャンゴに会ったら試したいと思っていたことを試すことにした。
「おい。シャンゴ。立て。飯をブチまけたくなかったらな」
「ん~? 何だか?」
立ち上がったシャンゴに向けて俺は身構える。
疲れ切ってヘロヘロだが、そのほうが返ってやりやすい。
俺は左足をタンッと踏み鳴らし左膝に装備している雷足環から稲光を飛ばす。
草原でさんざん体に叩き込んだ感覚を忘れないうちに一発食らわせてやりたかったんだ。
俺はこの身に叩き込んだ感覚を再現し、シャンゴに超高速膝蹴りを浴びせた。
「うおっと!」
シャンゴはそれに反応し、俺の膝を両手で受け止めた。
俺の膝と奴の手が衝突した途端に、激しい雷が迸って周囲にいる鳥や犬どもが騒ぎ出す。
チッ。
軽く受け止めやがったか。
まあ、予想していたが俺の付け焼き刃じゃこんなもんだ。
シャンゴは俺の膝を押し返し、俺は後ろにドサッと尻もちをつく。
「フンッ。情けねえがこれが俺の今の精一杯だ」
ヘトヘトになってそう吐き出す俺を見下ろし、シャンゴは目を丸くする。
「たまげただなぁ。いつの間に覚えただか?」
「フンッ。情けねえ威力だろ。こんなもんはまだ覚えたとは言わねえよ」
吐き捨てるようにそう言う俺にシャンゴはニンマリと笑う。
「確かに下手っぴだしヘナチョコだども、基本的な動きはもう出来てるだよ。それが出来るってことは、あとは訓練すればいいだけだべ。いやぁ驚いた驚いた」
そう言うとシャンゴはサッと手を伸ばして俺の手を掴み、引き立たせた。
俺は舌打ちして手を振り払う。
それに気を悪くした様子もなくシャンゴは少しだけ神妙な面で言った。
「けどこの技は注意して使うだよ。超高速で移動するから、誤爆すると自分自身がとんでもねえダメージを受けちまう。完全にマスターするまでは使わねえことをオススメするだよ」
シャンゴの言うことはもっともだ。
あんな速度で間違えて岩や木に激突したら大ケガじゃ済まねえだろう。
諸刃の剣だ。
シャンゴの言う通り、確実に相手に当てられる技術がない限り、むやみに使うべきじゃねえだろう。
「それでも自分でここまで掴んだのは見事なもんだべ。バレット君。今のキミになら見せてやるべ」
「あ? 何を見せるって?」
「オラの見ている世界をだよ。目で見て体で感じるだよ」
そう言うとシャンゴはニヤッと笑っていきなり俺の肩を掴む。
俺は思わず身じろぎするがシャンゴは手にグッと力を込めて言う。
「あの岩に命中させるだよ」
そう言うとシャンゴは前方20メートルほど先の地面に転がっている高さ1メートルほどの岩を指差した。
ちょっと前に森で見せた木の幹への膝蹴りの時よりもさらに長い距離だ。
この距離で正確に技を繰り出すってことか。
シャンゴは俺の腰に手を置くとスッと技を繰り出した。
「稲妻迅突脚」
シャンゴがそう言った途端、目の前の光景が光に包まれる。
空間が前方から体の中を突き抜けて行くような感覚があり、俺の体はほんの一瞬で先ほどの場所から20メートルは移動していた。
そして直径2メートルほどのその岩はシャンゴの膝蹴りを受けて真っ二つに割れた。
シャンゴの奴が俺を連れて、超高速移動を果たしたんだ。
これが……シャンゴの見ている世界か。
俺が見よう見まねでやったのとは違う、静かで繊細な動きだった。
シャンゴは俺の腰から手を離すと、得意気に俺を見た。
「どうだべ?」
「……見事なもんだ。おれのブサイクな蹴りとはワケが違う」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
これをマスターできれば確かに一撃必殺の武器になるだろう。
だが、それは簡単なことじゃない。
少なくともロドリックとの戦いまでにマスターするなんて、一朝一夕にはいかないだろう。
きっちり技量を練り上げ、時間をかけて洗練していく必要がある。
俺はそのことを思い知らされた。
「ま、急がば回るだよ。バレット君。遠回りに見えても結局はそれが近道だったりするもんだべ。ということで、とりあえず飯を食って休息を取るだよ。そのままじゃこの先を切り抜けられねえからな」
シャンゴの言う通りだった。
まずはこの赤く染まった疲労度を回復させねえとならねえ。
俺は遠慮せずシャンゴの用意した飯をかき込んだ。
「……ところで追跡はどうなった?」
飯を食いながら俺がそう尋ねるとシャンゴはピュイッと口笛を鳴らす。
それに反応して空を舞っていた一羽の雷光鳥が降下してきてシャンゴの肩に止まった。
「キミの探してる悪魔だけんども、やっぱりこの道を通って行っただよ。こいつが目撃したから間違いねえだ。天使の小娘を脇に抱えていたみたいだべ」
そう言うとシャンゴは荒野の先を指差した。
その指差す先には遥か地平線が見えていて、その手前には巨大な建造物が見える。
そこまではかなりの距離があるはずだが、ここからでも確かに見える。
「あれは……城か?」
「そうだべ。この荒野の先にあるあの城が、この魔神領域の中で魔神の王を名乗る奴の城だべ」
「魔神の王? そんな奴がいるのか」
俺の問いにシャンゴは肩をすくめる。
「自分で勝手に名乗ってるだけだべ。けどまあ、オラの知る限りでは一番強い魔神だべ」
一番強い魔神。
その言葉に俺の心が湧き立つ。
「おまえよりも強いってことか?」
「1485勝1492敗。3000回目までには逆転したいだが……」
……そんなに対戦していやがるのか。
「ほぼ互角みたいなもんじゃねえか」
「いんやぁ。そうは言っても差はあるだよ。やり合ってると良く分かるべ。あの城の主はアルシエル。正直、今のバレット君ではケンカにならねえレベルだから、やり合うのはオススメしねえだよ」
そう言うとシャンゴは再びその場に座り込んで飯を食い始めた。
「君の探している悪魔はあの城に向かってるべ。理由は知らねえけど。でもってオラの道案内はここまでだ。こっから先はオラが足を踏み入れると、アルシエルとまたケンカになっちまう。今日はバレット君の活躍する日だから、オラはここで遠慮しとくだよ」
「フンッ。そうか。礼は言わねえぞ」
俺がそう言うとシャンゴは苦笑した。
「礼はいいから友達になってほしいだよ」
「なるわけねえだろ。なるわけねえけど、もっと強くなったら、てめえとケンカしに来るぜ」
俺の言葉を聞いたシャンゴの顔に見る見るうちに喜びの色が広がっていく。
チッ……鬱陶しい奴だ。
「楽しみにしてるだよ。オラから最後に選別を送るだ。天恵雷」
そう言うとシャンゴは手の平から再び雷の光を発してそれを俺に浴びせた。
前にもこれを浴びたが、かなり強力な回復効果があるため、ライフがすぐに全回復する。
「次に会う時はもっと強くなってオラを驚かせてくれるだな」
そう言うとシャンゴは満面の笑みを浮かべた。
☆☆☆
シャンゴと別れ、荒野に足を踏み入れた俺は、体の調子を確かめるように走り続けていた。
奴の天恵雷を浴びた体は傷が癒え、体力は全回復している。
そして疲労度をためないよう、全力ではなく緩やかに走り続けているおかげで、先ほどまで赤く染まっていた疲労度は徐々に黄色から緑色へと回復しつつあった。
「さて、やることはシンプルだ。ロドリックを倒す。ティナを回収する。そしてこのクソッたれな世界からオサラバだ」
そう言うと俺は羽を広げた。
草原を抜けたため、飛行禁止の縛りがなくなって俺は再び宙を舞うことが出来るようになっている。
荒野を鋭く飛んで向かう先には、巨大な漆黒の城がそびえ立っていた。
その場所に向けて俺は宙を舞った。
ロドリックの奴はこの道をあの城に向けて先に進んでいる。
何かの目的があってのことだろうが、とにかく奴に追いつかねえとならねえ。
シャンゴによる道案内は終わったが、この先はもう俺1人でも迷うことはないだろう。
荒野にはそこにロドリックが通った爪痕がハッキリと残されていた。
「派手にやりやがったな」
そこには羽を持った奇妙なトカゲの化け物どもの死骸が点々と彼方まで転がっている。
それらは全てバグを負っていた。
ロドリックがこいつらを倒して進んだんだろう。
あいつにとってもこの世界は不慣れなはずだ。
それでもあいつは不屈の精神で進み続けているんだろう。
奴にはそれほどまでにして果たさなきゃならないことがあるんだ。
俺はそんな不屈の男をへし折りにいかなきゃならねえ。
負けられねえんだよ。
同じ下級悪魔の野郎にな。
待ってろ。
ロドリック
そして俺に減らず口を叩く小生意気な見習い天使を回収してやらねえとな。
まったく世話の焼ける小娘だぜ。
「ティナ。いい加減にこの馬鹿騒ぎを終わりにするぜ」
戦いの終着駅が近付いていることを感じながら俺は先を急いだ。
魔神の王が巣食うという漆黒の城に向かって。




