第7話 魔神との一騎打ち
「くそっ!」
顎傷男の攻撃を受けて左足を負傷した俺に向かって奴が突進してくる。
俺は羽を広げると空中に浮かび上がった。
この足の状態なら地面をかけ回るより空中を飛んだほうがマシだ。
アイテム・ストックには十分な量の回復ドリンクはあるものの、それで回復できるのは体力のみで、骨を痛めたり骨折したりして動作に支障が出る問題までも改善できるわけじゃない。
ティナの使う回復魔法はその点、外傷や内部の損傷までも回復出来ていたから、便利だったんだがな。
「フンッ。ケンカの途中であのチビを頼るようじゃ俺もオシマイだぜ」
俺は自分を罵り、敵を睨みつける。
顎傷男は腕とは対照的に短い足で駆けてくるため、その速度は遅い。
周囲の木々をあらかた焼いておいて正解だったぜ。
だが奴はその右手に黒い岩石を握っている。
「奴らにはそれがあるんだったな」
顎傷男は空中で羽ばたく俺に向かって岩石を投げつけてくる。
その投石は正確で早く、俺はそれを懸命にかわした。
正直、この距離で投石を受けると、直前に射線を予測してあらかじめ回避行動を取らなければ避けられない。
投げられてから避けようとしたんじゃ被弾するだろう。
「簡単に当てられると思うなよ」
飛んでくる岩石の射線を読んでそれを避けつつ、俺は灼熱鴉を放つ。
だが、奴の投げる岩石の速さに対応するために一定の距離を保っているせいで、こちらの灼熱鴉も顎傷男に易々と避けられてしまい、牽制の用を成さない。
灼熱鴉が奴にそれほどのダメージを与えられないことは分かっているが、牽制すら出来ねえとは情けなくて頭に来るぜ。
奴の投げる岩石の速さに比べると、俺の灼熱鴉はどうしても速度の面で見劣りする。
「とにかく近付かないことには攻撃もままならねえ」
俺は高度を落として、燃える木々がまだなぎ倒されずに生き残っている辺りに身を滑り込ませると、木々の間を縫うように飛んでいく。
顎傷男が投げる岩石が木々にぶち当たって木の幹が折れる音と岩石が砕ける音がけたたましく鳴り響く。
俺は燃え盛る森の中を移動して木々が群生する場所を見つけると、その裏側に陣取った。
そしてアイテム・ストックから取り出した回復ドリンクを飲んでとりあえずライフを回復すると、手早く左足の状況を確認する。
「チッ……骨は折れちゃいねえが、このままじゃ悪化するな」
鈍い痛みは徐々に鋭く刺すような痛みに変わりつつあった。
時間の経過とともに痛みはさらに増すだろう。
俺はアイテム・ストックから炎症止めと痛み止めの効果がある湿布を取り出すと、左の膝当てである雷足環を取り外して、それを左膝の裏に貼り付けた。
そしてもう一度、雷足環を巻き直す。
その間も顎傷男による投石の攻撃は続き、身近な木々が次々とへし折られていく。
だが俺は焦らずに左足をゆっくりと地面につけて感触を確かめた。
痛みはすぐには治まりそうもないが、最低限動かせればそれでいい。
俺は木々の幹に岩石がぶち当たる音を聞きながら、次の一手を頭の中で練る。
投石の間隔が短くなっていた。
「フンッ。イライラしてやがるな」
木陰からチラリと前方を見やると、顎傷男が岩石を投げながら徐々に近付いて来るのが見える。
痺れを切らしたようだな。
いいぞ。
そのままこっちへ来い。
この燃える森の中に奴を引き込めば投石攻撃もしにくくなるだろうし、一気に接近戦に持ち込める。
そう考えた俺の思惑通り、顎傷男は森の中へとズンズン足を踏み入れてきた。
俺には奴がそうするだろうという予感があった。
なぜならあいつは赤肌男の群れを統率するボスであり、子分どもの前で勇猛果敢な戦いぶりを見せる必要があるからだ。
ボスがその強さを見せつけることで子分どもからの忠誠を集め、集団の結束を固めるというのは、野郎どもの集まる武闘派集団にはよくある話だ。
俺はそうした集団の修正を利用し、相手の積極性を引き出すために消極的な行動をして見せたってわけだ。
顎傷男は燃えて脆くなった木々を両腕で力任せになぎ倒しながら、同時に岩石を投げつけてくる。
俺は足音を聞きながら相手との距離を測ると、アイテム・ストックの中から、スケルトン・オイルと呼ばれるアイテムを取り出した。
その2リットル瓶の中の透明な液体を、燃える木々に引っかからないように注意しながら、そこらの地面に撒く。
赤肌男どもは腕は長く力強いが、足は短く脚力はそれほど強くない。
さっきの顎傷男の走り方を見る限り、奴も同じだろう。
足元を覚束なくされれば、その移動力はさらに低下するはずだ。
そこに俺の付け入る隙がある。
そこで俺が身を隠している木々の連なりにバキッと音を立てて岩石がぶち当たる。
そして足音がこちらに向かって一層大きく響いてきた。
俺の居場所を掴みやがったか。
フンッ。
来やがれ。
てめえは俺を狩場に追い込んだつもりだろうが、狩られるのはてめえのほうだ。
「ゴアッ!」
地面に撒かれたオイルにまんまと足を取られた顎傷男が派手にスッ転ぶ音と声を聞くやいなや、俺は木陰から飛び出した。
目の前には勢い余って地面の上を滑ってくる顎傷男がいた。
俺は間髪入れずに奴の額に右の膝蹴りを食らわせた。
「オラァッ!」
「ゲフッ!」
カウンターで決まった一撃にさすがの顎傷男ものけ反って倒れた。
左足の痛みから踏み込みが甘かったが、滑ってくる相手の勢いを利用できたな。
そこで俺は歯を食いしばり、痛む左足を振り上げた。
そして仰向けに倒れている顎傷男のどてっ腹を思い切り踏みつけてやった。
「電撃間欠泉!」
くっ!
踏み抜いた左足の膝がズキンと激しく痛みやがる。
たが我慢の甲斐はあった。
俺に踏みつけられた顎傷男の体中から青い稲光が激しく立ち昇る。
「オガァァァァッ!」
顎傷男は全身をビクビク震わせて苦痛の声を上げながら、のたうち回る。
電撃間欠泉を直接体に撃ち込んでやったのが相当効いたようだ。
顎傷男は電撃のショックで一時的に体が麻痺して無防備になる。
やはりこいつらが電撃を苦手としているのは確かなようだ。
俺は闘争心をたぎらせてそのまま奴に馬乗りになると連続技を炸裂させる。
「オラオラオラオラオラオラァッ!」
左右の拳で顎傷男の弱点である目を集中的に狙ってメッタ打ちにする。
顎傷男はグッと目蓋を閉じて目を守りながら、懸命に俺を跳ねのけようとするが、電撃のショックでまだ体がうまく動かせないようだ。
俺は連続攻撃を続けつつ体内の魔力を高めていく。
ここまで距離が近いせいか、顎傷男は目を閉じたまま、目眩ましの光を放とうとしない。
下手に目を開けて俺に拳をブチ込まれるのを恐れているんだろ。
今なら仮にこっちの視界を潰され目が見えなくなったとしても、その瞬間にこいつの目玉に俺の拳をブチ込んでやることも出来るからな。
俺の拳を何十発も浴びてるくせに、こいつの目蓋はかなり固い。
弱点である目を守るために強化されているんだ。
これだけ殴られてもこいつのライフは少しずつしか減っていかない。
チッ。
これじゃラチが明かねえな。
もっと強烈な一発を食らわせてやる。
俺は顎傷男に馬乗りになったまま、両手に装備している灼焔鉄甲を擦り合わせる。
すると灼焔鉄甲の表面がガチャリと縦にスライドし、白い蒸気を噴き上げ始めた。
俺は両腕を大きく頭上に振り上げる。
この灼焔鉄甲には固有の特性がある。
猛烈な勢いで噴射された左右の灼焔鉄甲が鋭く宙を舞って相手に衝突し、強烈なダメージを与えるんだ。
その破壊力は灼熱鴉をはるかに上回る。
こいつをこの超至近距離からブチ込んでやるぜ。
「灼焔鉄甲……」
だがその瞬間、それまで無防備だった顎傷男がいきなり上半身を跳ね起こした。
そして大口を開けてその歯で俺の首元を狙って来やがったんだ。
「くっ!」
俺は咄嗟に身をよじったが、顎傷男の歯が俺の左肩に食い込んだ。
鋭い痛みが走る。
こ、この野郎!
電撃による麻痺状態が解けやがったか。
「ぐあっ! くうっ……放しやがれ!」
顎傷男の顎の力はかなり強く、その歯が俺の肩にしっかりと食い込んで放さない。
俺はすぐ近くにある顎傷男のこめかみに何度も頭突きを食らわせるが、距離が近すぎるために効果的な一撃を見舞えない。
食いつかれた肩から流れ落ちる血が俺の胴着の左胸辺りを濡らした。
「この野郎!」
俺は左腕を奴の喉元に差し入れて、強引に奴の顔を引き離そうとする。
だが、顎傷男は喉をいくら押されようとも、食らいついた口を決して放そうとはしない。
そこにはこの機を逃すまいとする顎傷男の執念が滲み出ていた。
この野郎も群れの長として負けられねえんだろうよ。
だが、俺にはそんなもん関係ねえ。
「離れやがれぇぇぇぇっ!」
俺は右手を伸ばして奴の目蓋に手をかけ、こじ開けようとした。
当然、奴は抵抗して目蓋は簡単には開かない。
その間にも俺の肩からは血が流れ落ち、ライフはジリジリと減っていく。
「いい加減にしとけよ」
苛立ち紛れにそう吐き捨てると、俺は右手を魔力で高熱化させた。
俺の右手の指が焼けた鉄杭のように真っ赤に輝き出す。
俺はその指で野郎の固い目蓋を突いた。
ジュッという肌が焼ける音がして白い煙が立ち昇る。
俺はそのまま5本の指をグッと押し込んでいく。
俺の指先に焼かれて奴の目蓋の一部が焼けただれ始めた。
顎傷男は苦しげに目蓋を震わせるが、それでも俺の肩に食らいついている口を放そうとはしない。
それどころかさらに力を込めて噛みついてきやがる。
「ぐうっ!」
あまりの痛みに俺は思わず苦痛の声を漏らしたが、こんなことで引いてたまるか。
我慢比べで負けてらんねえんだよ。
高熱化している指を押し当てられたせいで焼けただれた顎傷男の目蓋に俺はさらに強く指を押し当てる。
するとついに目蓋の一部が破れて俺の指が突き抜け、そのまま眼球を焼いた。
これにはたまらず顎傷男が悲鳴を上げる。
「アギャッ!」
今だ!
奴の噛みつきから逃れた俺は肩の痛みを無視して再度両腕を振り上げた。
「灼焔鉄甲炎弾!」
顎傷男に向けて超至近距離から猛然と火を噴く灼焔鉄甲は、右のそれが奴の一つ目に、左のそれが奴の顎にヒットした。
「ゲファッ!」
顎傷男は悶絶の声を上げてぶっ飛ぶ。
よし!
たが、奴は転んでもただでは起きなかった。
吹っ飛ばされる瞬間、奴はその長い腕を交差させて俺を巻き込んだんだ。
途端に俺の体も前方に吹っ飛ばされる。
「ぐっ!」
すぐに顎傷男は近くの太い木々に激突し、巻き込まれた俺は奴の顎に頭を打ち付けて昏倒する。
「がっ!」
すぐには起き上がれないほどの衝撃で、俺のライフが大きく減少した。
だがそれは顎傷男も同様で、今の一連の出来事により一気に3分の1以下までライフを減らしている。
弱点である目への攻撃がかなり効果的だったようだな。
とはいえ俺も激しく頭を打ち付けたせいで、脳が揺さぶられて体が思うように動かない。
グラグラする視界の中、俺は痛む自分の頭部が血で濡れていることに気付いた。
赤い血が頭髪を伝い落ちてくる。
俺は自分の頭に傷を負ったのだと思ったが、すぐにそうではないと理解した。
俺の頭がぶつかった顎傷男の顎の傷がパックリと開き、おびただしい量の血が流れ出ていた。
さっきの灼焔鉄甲の一撃と、意図せず俺の頭が衝突したことにより、古傷でも開きやがったか。
何にしろ顎傷男は灼焔鉄甲を食らって目も潰れ、大きなダメージを負っている。
今がチャンスだ。
俺は痛めた背中、左足、左肩の痛みを堪えて声を張り上げた。
「来い! 灼焔鉄甲!」
魔神との一騎打ちにいよいよ決着がつこうとしていた。




