第6話 赤肌男
「くそったれぇぇぇぇ!」
赤肌男どもが投げる岩石の集中砲火を浴びながら、それでも俺は螺旋魔刃脚を敢行した。
一番間近にいる野郎に向かって。
そして回転する爪先でそいつの手首を直撃した。
「グギャッ!」
その弾みで赤肌男は岩石をポロリと落とす。
俺は即座に螺旋魔刃脚をキャンセルした。
「痺れちまいな!」
そう言うと俺は左足を振り上げた。
そして勢いよく振り下ろす。
「電撃間欠泉!」
俺の叫び声と同時に目の前の赤肌男の足元から青い稲光が立ち昇る。
激しい閃光を浴びた赤肌男が苦痛の声を上げた。
「ギャッ!」
どうもこいつらには炎よりも電撃のほうがよく効くようだ。
だが巨岩鬼もそうだったが、一つ目の奴ってのはすべからくその目が弱点なんだ。
そこで俺は間髪入れずに酒を口に含むと、痺れて動けなくなった赤肌男の一つ目に吹きかけた。
そのまま灼熱鴉を放って赤肌男の顔面を激しく炎上させてやる。
「ギアアアアアッ!」
目を焼かれた赤肌男は顔を手で押さえて苦しみ始める。
効いてるぞ。
俺はそこへ一気に連続技を繰り出した。
左右の拳連打からの蹴りを含めた10連撃を続け、仕上げに魔刃脚を喉元に叩き込んだ。
「オラァッ!」
「ガウゥゥゥ!」
赤肌男はのけ反って倒れるが、それでもまだ起き上がろうとしていた。
チッ。
全力で叩き込んでやったが、それでも赤肌男のライフはまだ半分以上残っていやがる。
魔刃脚を食らわせた奴の喉元も切り傷は出来ているものの浅く、上皮のみにわずかに血が滲んでいる程度だ。
こいつら……本当に魔神なんじゃないのか?
そうだとしたら上級種と同等と言われる魔神なだけのことはある。
1対1なら俺にもやりようがあるが、複数の連中を相手にするのはさすがに分が悪過ぎた。
森を包み込む炎は木々を焼き、赤肌男どもの行動に制限をかける効果があるが……。
「ブォォォォッ!」
何だ?
俺が周囲から迫り来る赤肌男たちに警戒しているその時、森の奥から不気味な咆哮が響き渡ってきた。
その声がした途端、俺を取り囲んで近付こうとしていた赤肌男どもが、急に俺と一定の距離を保ったまま動かなくなった。
何だ?
訝しむ俺は、近付いてくる足音に気付いて身構えた。
焼ける木々をなぎ倒すようにしてそこに現れたのは、他の奴らより一際腕が長くて手がデカい赤肌男だった。
その姿に俺は目を見張る。
「見つけたぞ……」
そこに現れたのは顎に傷を赤肌男だった。
そしてその太い腕には特徴的な黒い紋様の入れ墨が彫られていて、赤い肌と不気味なコントラストを醸し出している。
ティナの奴をさらっていった腕と同じ入れ墨で、他の赤肌男どもには一切ない特徴だった。
間違いねえ。
製鉄所にいた野郎だ。
あの野郎。
やっぱりここにいやがったか。
あいつが現れた途端、他の奴らが緊張した様子を見せている。
あいつだけが入れ墨をしていることからも、あいつがここの連中のボスだと見て間違いない。
「よう。探したぜ。あの時はよくも俺をぶっ飛ばしてくれたな。借りを返しに来たからしっかり受け取りな」
俺の言葉にも赤肌男は反応を見せない。
言葉は通じねえようだな。
だが赤肌男のボスである顎傷男は俺の顔を見た途端に険しい表情で敵意を剥き出しにしてきた。
確かに俺は製鉄所で奴の腕を魔刃脚で斬りつけたが、奴の腕はすぐに元通りに戻っちまった。
それにあの時こいつは炉の中からその腕しか出しておらず、あいつから俺の顔は見えなかったはずなんだがな。
「グルルルル……」
だがそこで俺は奴の様子がおかしいことに俺はすぐに気付いた。
その長い左腕の先には、あるはずの巨大な手が無かったんだ。
顎傷男の左手は手首からスパッと切り落とされたかのように消えて無くなっていた。
俺が魔刃脚で斬った時はすぐに切り口が再生して元通りに戻っちまったんだが、あいつの腕を見事に斬り落とした奴がいるってことか?
確か奴は左手にティナを掴んでいたはず……ん?
その左手首の斬り口がボヤけて揺らいでいる。
あれは……。
「バグか」
顎傷男は斬られた左手首にバグの不具合を負っていた。
それを見た俺は奴の手首を斬り落とした人物をすぐに想像できた。
ロドリックだ。
そういうことか。
俺もロドリックも同じ下級悪魔だ。
顎傷男から見れば同じ面に見えるんだろうよ。
だから俺に敵意を剥き出しにしていやがるのか。
そして俺は状況を予想した。
製鉄所で黒い水に飲み込まれた後、ここに落ちたロドリックは顎傷男と一戦交えてティナを奪い取ったんだ。
ということはティナの奴は今、ロドリックに捕獲されているってことか。
ちょうどいい。
2つの目的が一度に果たせそうだぜ。
俺は目の前の顎傷男を睨み付けると、無駄だと知りながら声をかけた。
「自慢のビッグ・ハンドが無くなって気の毒だな。お前の手をそんなふうにした野郎はどこ行ったんだ?」
そう言うと俺はニヤリと笑って見せた。
言葉が通じない奴だが、俺の表情を見て、さらに激しく唸り始める。
「ガゥゥゥゥッ!」
敵意なんてもんじゃねえ。
俺に向けられるそれは明確な殺意だ。
その様子から見ても、こいつがロドリックに手を斬り落とされたのは間違いないようだな。
「そう唸るんじゃねえよ。その手をやったのは俺じゃねえぞ。けどまあ、これから俺がもう片方の手もやってやるけどな」
そう言うと俺は腰を落として顎傷男と対峙する。
周囲から遠巻きに見ている赤肌男どもはギャーギャーと囃し立てながらも決して近付いてこようとはしない。
ボスのケンカに水を差さねえようにってことか。
よく躾けられてんじゃねえか。
俺は全神経を目の前の顎傷男に集中させた。
能力は間違いなく敵が数段上だ。
あのデカイ拳でクリティカル・ヒットを浴びてしまえば大ダメージは免れない。
格下の俺が勝つには一つのミスもなく立ち回り、相手のミスを一つも見逃さずに好機を掴む必要がある。
そして相手のミスを誘うには、こちらがアクセル全開の攻撃で攻め続けることが重要だ。
俺はすばやく右足を振り上げると、鋭くそれを振り下ろして地面を踏んだ。
「噴熱間欠泉!」
顎傷男の足元から炎が立ち上る。
だが奴は足を焼かれてもまるで怯まない。
しかし炎が収まる瞬間には俺は奴の前方1メートルの間合いまで入り込んでいた。
こいつらは腕が長い分、間合いに入り込まれると対処し切れなくなるはずだ。
「オラアッ!」
俺はそこから顎傷男の顎を右足で蹴り上げ、そのまま体を捻って左足で奴の喉に後ろ回し蹴りを叩き込む。
そこからさらに奴の目に向けて灼熱鴉を放った。
「燃え尽きろっ!」
だが顎傷男はそのデカい口から大量の息を吐き出して、灼熱鴉をかき消した。
チッ。
この至近距離からの攻撃に対して反応が早い。
ボスなだけあって他の赤肌男とは反応速度が違う。
だが俺はそのまま攻撃を続けた。
射程距離の長い相手に対して至近距離からの連続攻撃が有効なのは間違いない。
それでも俺は果敢に顎傷男を攻め立てながらも、冷静に神経を研ぎ澄ませていた。
俺はこの世界のことと同様、こいつらのことも何も知らない。
この顎傷男が近距離攻撃の手段を持っていたとしても何ら不思議はないんだ。
思い込みや決め付けは命取りになる。
そして俺のその勘は間違っちゃいなかった。
顎傷男の目がカッと見開かれたかと思うと、そこから眩い光が放射されたんだ。
俺は思わず目を閉じたが、目蓋の裏から焼けるような光に照らされる。
目を少しだけでも開けたら眼球が焼かれちまって視界が利かなくなるだろう。
この野郎。
接近してくる敵を排除するために目眩ましのスキルを持っていやがったか。
だが、目を閉じているくらいで俺が攻撃できないと思ったら大間違いだぜ。
「魔刃脚!」
俺は自分と相手との距離感を測って前方に突っ込み、奴の目を切り裂くべく右足の魔刃脚を横なぎに払った。
だが、俺の攻撃は虚しく空を切る。
「なにっ?」
距離感は間違っていないはずだが、そこに敵の姿はなかった。
そこで辺りを包み込む光が消えた。
そして空振りをした俺の体を目掛けて何かが唸りを上げる。
やばいっ!
俺は咄嗟に体を上昇させたが、避けきれずに左足の膝付近を払われて体勢を崩した。
「ぐっ!」
強烈な痛みに思わず目を開けた俺は、俺の足を払ったのが顎傷男の腕だと気付いた。
そこで俺は理解した。
顎傷男は目眩ましの光を放つと同時に、後方に下がっていやがったんだ。
だから俺の魔刃脚は空を切り、顎傷男の長い腕は俺にヒットしたってわけか。
体を払われた俺は、風に舞う木の葉のように空中で回転しながら落下した。
「ぐああああっ!」
受け身を取ろうとした俺の背中が、燃える木の幹に激突する。
「ぐはっ!」
先ほど赤肌男どもの投石を受けて痛む背中に追い打ちをかけるような激痛が走る。
俺は地面に落下すると歯を食いしばってすぐに起き上がった。
だが、痛むのは背中だけじゃなかった。
払われた左足は鈍痛を感じ、力が入らなくなっていやがる。
まずいな。
この感じだと筋を痛めたか、最悪、骨にヒビでも入ったかもしれねえ。
左足は何とか動かせるものの、この状態では強く踏み込むことは難しいぞ。
俺が足を痛めたことを手ごたえから感じ取ったようで、顎傷男は間髪入れずに俺に向かってくる。
こっちに回復の隙を与えないつもりだ。
「くそっ!」
俺は羽を広げると空中に浮かび上がった。
この足の状態なら地面をかけ回るより空中を飛んだほうがマシだ。
一筋縄ではいかない敵を前に、俺は全身の神経を研ぎ澄ませて戦いに埋没していった。




