第11話 1 vs 3
製鉄所に現れたロドリックの子分3人組と俺は対峙する。
今から始まる争いへの期待と興奮が脈動となって俺の全身を駆け巡った。
「親分に言われてヒルダの奴を守りに来たんだろうが、あんな女の護衛任務で命を落とすことになるんだから、おまえらは運がねえな」
俺がそう言うと大盾男と長槍男は表情を変えなかったが、金弓男は目を丸くして、それから口の端を吊り上げて笑う。
「ヒヒヒッ。色々間違ってるぜ下級悪魔。俺たちは堕天使の女を守る気はさらさらねえ。そしてこの場で命を落とすことになるのはおまえなんだよ」
そう言うと金弓男は耳障りな甲高い笑い声を上げる。
仲間のお喋りを咎めるように後ろの2人が金弓男を睨むが、奴は興に乗っているようで構うことなく饒舌にさえずり続けた。
「それにな、運が巡って来てるのは俺たちの方なんだよ。おまえらがこんな場所に現れてくれると思わなかったからなぁ。手柄を上げるチャンスだぜ」
そう言うと金弓男は弓に矢をつがえ、後ろでは残りの2人も各々の武器を構える。
「ケッ。手柄欲しさに命を落とすバカを俺は何人も見てきたんだよ。皆、おまえのようなツラをしてたぜ。猿野郎」
俺の言葉を聞いた金弓男の顔色が変わる。
先ほどまでのヘラヘラとした軽薄な笑みがすっかり消え失せている。
そして先ほどまでとは比べ物にならない速さで矢を射てきた。
「おっと!」
俺は半身の姿勢でそれをかわした。
なかなかのスピードじゃねえか。
金弓男は目を血走らせて俺を睨み付ける。
「てめえ今なんつった?」
「猿野郎って言ったんだが? 何か気に障ったか? 猿野郎。ロドリックの奴は猿を飼い慣らしてサーカスでも始めるつもりかよ。笑えるぜ」
「……後悔させてやる。てめえの両目をこいつで射抜いて血の涙を流させてやるよ!」
そう言うと金弓男は怒りでワナワナと肩を震わせながらも正確に矢を放ってきた。
俺はそれをかわして奴らに接近する。
頭に血の上った金弓男とは対照的に大盾男と長槍男は冷静に武器を構えた。
「炎獄鬼バレット。貴様を排除する」
大盾男はそう言うと手にしていた巨大な大盾を体の前に構えた。
大柄な奴の体がスッポリ隠れるほどの大きさだ。
盾の表面には何やら人の顔が掘られている。
「フンッ。威勢の割に随分と臆病な守りの姿勢だな。デカイ図体してビビッてんじゃねえぞ」
俺の挑発にも大盾男は表情を変えずにじっと盾を構える。
そしてその男の背後に長槍男と金弓男が身を潜めた。
何だ?
こいつらケンカする気あんのか?
俺がそう思ったその時、大盾男の背後から立て続けに数本の矢が放たれた。
その矢はこの製鉄所の天井に向けて放たれている。
どこ狙ってんだ?
そう思った俺だが、天井に向かって打ち上げられた矢は次々と方向転換すると急降下して俺に向かってくる。
そういうパターンか。
俺は慎重に矢の速度を確認しながら両手に装備している灼焔鉄甲で防御態勢を取る。
あの矢が完全追尾タイプなら、避けたところでまた俺に向かってくるだろう。
へし折ってやるのが最も確実だ。
そう思った俺だが、そこで前方から別の重圧を感じて反射的に真横に飛んだ。
「チッ!」
俺の体の右横数十センチのところを深紅の長槍が通り抜けていく。
あのまま突っ立っていたら今頃、腹のど真ん中を貫かれていたかもしれねえ。
見ると大盾男の背中から半歩だけ体をずらして横に出た長槍男が深紅の槍を突き出してきていた。
どういう理屈か知らねえが、さっき見た限りでは長槍男の槍はせいぜい3~4メートルの長さだったはずだ。
俺と奴らの間には10メートルほどの距離があるにもかかわらず、槍の穂先は俺に襲いかかって来やがったんだ。
咄嗟にそれを避けた俺はすぐに頭上から襲いかかって来る数本の矢を灼焔鉄甲で弾き落とす。
金属の矢は次々とへし折れ、あえなく地面に転がった……かと思ったが、それは一瞬にして鉛色の蛇に変わり、素早く俺に飛びついて来やがった。
「チッ! 何だこりゃ!」
俺は後方に飛び退ると蛇どもを噴熱間欠泉で焼き払う。
矢から変化した蛇どもはそれで燃え尽きて消え去った。
そこで再び前方から深紅の長槍が襲いかかって来る。
俺は半身の体勢でそれをかわす。
あの蛇に変わる矢も妙なら、この長槍も妙だ。
おそらく何らかの術で槍の長さを伸ばしているんだろう。
こいつらの持つ武器は普通じゃねえ。
そのことを頭に入れておかねえと、痛い目を見ることになる。
俺は守勢に回らぬよう、第一手となる攻撃を仕掛けた。
「灼熱鴉!」
燃え盛る鴉が大盾男を襲う。
奴の持っている大盾は見たところ鋼鉄で出来ているように見える。
なら連続して俺の灼熱鴉を浴びせれば、高熱に耐え切れないはずだ。
ただの鋼鉄の盾ならな。
大盾男は大盾を構えて灼熱鴉を受け止めようとした。
燃え盛る鴉と大盾が衝突するインパクトのその瞬間、大盾の表面に描かれた人の顔の目がギラリと光ったんだ。
すると猛烈な風が盾の表面から放出され、灼熱鴉は一瞬で霧散して消えちまった。
チッ……予想通りか。
奴らは全員、特集効果のある武具を装備している。
ならこっちもそれなりの攻め方をしていくだけだ。
「3人まとめて地獄送りだ」
そう言うと俺は勢いよく右足を振り上げた。
だが俺が噴熱間欠泉を繰り出す前に前方から長槍男の深紅の槍が突き出される。
さっきと同様に長い距離をかなりの速度で突き出される鋭い一撃だ。
だが、それを見越していた俺は噴熱間欠泉を即座にキャンセルして、振り上げていた足をそのまま魔刃脚に変える。
「食らうかよ!」
そして魔刃脚で長槍を横から弾くと、すぐに体勢を立て直して灼熱鴉を前方に放った。
「無駄なことだ!」
大盾男は再び盾で灼熱鴉を迎え撃とうとするが、燃え盛る鴉は男の手前の足元に着弾して爆発した。
土埃と白煙が盛大に舞い上がり、奴らの視界を覆う。
「こざかしい! 我が風殺の盾を見くびるな!」
大盾男が掲げた盾から再び猛烈な風が吹き出て、土埃と白煙を吹き飛ばしていく。
だが、その時点では俺はすでに奴らの頭上に舞い上がっていた。
「馬鹿が! 狙い撃ちだぜ! 金蛇の弓」
そんな俺を見た金弓男がそう吠えると立て続けに矢を放ってきた。
だが俺は即座に得意技を繰り出した。
「螺旋魔刃脚!」
体をドリルのように回転させた俺に向かってきた矢は、次々と弾き飛ばされていく。
それらは蛇の姿に変化して、地上に叩き落とされていった。
俺はそのまま螺旋魔刃脚を真下に打ち下ろした。
大盾男は盾を頭上に掲げて俺を迎え撃つ。
面白え。
その自慢の盾と俺の爪先。
どっちが硬いか試してやる。
魔力で硬化した俺の爪先が高速で回転しながら大盾と激突する。
途端にキュイイインという耳障りな音が響き渡った。
俺の爪先が大盾の表面を削る。
「オラァァァァッ!」
「ぬぅぅぅぅぅっ!」
チッ。
こいつはかなり硬いな。
俺の爪先は大盾の表層を削るばかりで、そこから先にはなかなか進んでいかない。
そして大盾男がうまく盾の角度をずらしやがるもんだから、俺の爪先は盾の表面を上滑りしやがる。
チッ。
ここは一旦離れて……。
「ぐっ!」
そこで俺は爪先を何かに強い力で固定されて、強引に回転を止められちまった。
高速回転からの急停止による体への負担で、俺は筋肉がねじ切られそうになり、ダメージを負う。
「くうっ! 何が……」
そんな俺の爪先をガッチリとロックしてやがるのは、盾の表面に描かれている人面の口だった。
それは本当に人の口であるかのように口腔を開けて俺の爪先を咥え込んでいやがった。
強い力で咥え込まれた俺の爪先はビクとも動かない。
俺のそんな状態を見て大盾男は殺気のこもった声を上げる。
「終わりだ! 炎獄鬼!」
背中から殺気を感じ、長槍男が深紅の槍で俺を突き刺そうとしているのが分かった。
そして俺の前方では金弓男が矢をつがえた弓弦を引き絞って俺の頭に狙いを定めている。
ケッ。
これでチェックメイトのつもりなんだろうが、そんな簡単にはいかせねえよ。
「焔雷!」
俺は全身の魔力を一瞬で高めた。
すると俺の体から猛烈な勢いで炎が立ち上がり、次いで激しい雷が発生する。
「なにっ?」
長槍男の突き出した深紅の槍は焔雷の衝撃で軌道がずれて俺の体の脇を通り抜け、金弓男の放った矢は俺の体から発せられる炎と雷に砕かれて消える。
そして焔雷の衝撃で俺の爪先も盾の口から外れ、ようやく体の自由を取り戻した俺は、着地するとすばやく大盾男の足元に下段蹴りを仕掛けた。
図体のデカい大盾男はそれに反応できずに足を払われて仰向けにすっ転ぶ。
「ぐわっ!」
ここまで接近できればこっちのもんだ。
俺は一気呵成に大盾男に攻めかかろうとしたが、そこで猛烈な勢いで飛んできた数本の矢と鋭く連続で突き出される深紅の槍に足止めを食った。
「チッ!」
その鬼気迫る攻撃を前に俺はやむなく一度引く。
仲間意識ってやつか?
俺が引くとその間に起き上がった大盾男はすぐさま盾を構え、その背後に2人の男たちが再び身を隠す。
なるほどな。
こいつらはこの三位一体のフォーメーションを頑なに守ろうとしている。
そうすることで自分たちの戦力が大きく上がることを心得ているからだ。
そして1人でも欠ければ、こいつらの戦力は大きくダウンする。
だから必死に大盾男を守ろうとしたんだろう。
ならやり方はひとつだ。
1人ずつ切り崩す。
大盾男を切り崩せれば後は簡単なんだが、後ろの2人の邪魔が入る中ではそれもままならないだろう。
それなら逆の発想で、後ろの2人を先に倒す。
大盾男が守るべき仲間を先に排除しちまうんだ。
「仕切り直しだ。ラウンド2と行こうぜ!」
俺は奴らを分断するための手順を頭の中で整理しながら、右足を高々と振り上げた。




