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どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!  作者: 枕崎 純之助
第三章 『地底世界エンダルシュア』
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第9話 油断

 奥義・天舞閃狼百烈刃てんぶせんろうひゃくれつじん

 パメラが繰り出したその技が、全滅の危機にひんしていた俺とティナを救った。

 その技を目の当たりにした俺の肌が粟立あわだっている。


 とんでもねえ技だ。

 パメラの奴、こんな力を隠していやがったのか。

 この一瞬であれだけの敵を殲滅せんめつするのは、やれと言われても俺には無理だろう。

 その技のあまりの威力に嫉妬しっとすっら覚える。


 チッ。

 強さを見せつけられて気がたかぶる俺の視線の先では、パメラが再び上昇して先ほど出てきた通気口に近付いていた。

 そしてパメラはそこからもう1人の人物を抱きかかえて戻ってきた。

 パメラが抱えているのは先ほど市庁舎で別れたクラリッサだった。


「お~い! ティナ~! バレット~!」


 クラリッサの奴はノンキに手を振ってやがる。

 何であのガキを連れて来たんだ?

 パメラが俺の近くに降り立つと、クラリッサは体中に吹き矢が刺さったままの俺たちの様子におどろきの声を上げた。


「うわっ! みんな痛そう。ティナ大丈夫? バレットは負けちゃったの?」

「……何しに来やがった。このガキ」


 そう言う俺を無視して、クラリッサは俺の体に突き刺さった吹き矢をまじまじと見つめて顔をしかめた。

 そのとなりでパメラはアイテム・ストックから何かを取り出してそれを俺に見せる。

 それは指先程度の大きさの茶色い玉だった。

 粉を練り込んで作った薬丸やくがんたぐいか。


「体が動かないようでござるな。しびれ薬のたぐいならこれが中和してくれるはずでござるよ」

 

 そう言うとパメラは手にした薬丸やくがんを俺の口にふくませた。

 それを飲み込んで胃に落とし込むと失われていた体の感覚が徐々に戻り始めた。

 俺が手足をモゾモゾと動かして感覚を確かめている間に、パメラは俺と同じ薬をティナにも与える。

 市民の女は厚手の外套がいとうをティナが被せたおかげで無傷で済んだようだ。

 

「ティナ殿。すぐに動けるようになるので安心するでござるよ」

「うぅ……パメラさん。どうしてここに?」

「市庁舎の地下シェルターから通気口を伝ってここまでやってきたのでござるよ」

「市庁舎はどうなったんですか? 街の天井に建物が押しつぶされてしまうのを見たので心配していたんです」 

「市長殿や職員の方々は無事でござるよ」


 パメラは俺やティナが動けるようになるまでの間に手短に状況を説明した。

 市庁舎の中でトチ狂った旧式のNPCどもに襲われていた新式のNPCたちは、全員が非常口を目指して避難行動を取っていた。

 そのため連中は一ヶ所に集まっていて、救出は比較的簡単だったらしい。


 だがそこで建物が押しつぶされ始めたので、市長をふくめた一行はあわてて地下シェルターに逃げ込み、危機一髪で難を逃れた。

 しかし地上部分の建物は全て押しつぶされてしまったため、地下のシェルター内に閉じ込められてしまうことになった。

 外から突入される危険は無くなったが、同時に外に脱出することも叶わなくなった。


「しかしながらシェルターに小さな通気口があって、市長殿の話ではそこから地下道に脱出できるとのことでござった。なにぶんせまい通気口ゆえ市長殿らは無理でござったが、拙者せっしゃとクラリッサ殿の体ならば通り抜けられそうでござったので、その中を通ってきたらここに到達したというわけでござるよ」


 クラリッサを連れて来たのは、孫娘だけでも避難させてほしいという市長の願いだったという。

 

「あの地下シェルターとて、いつまで持ちこたえるか分からないでござる。早くヒルダを見つけ出さなければ市長殿らの身が……」


 そこまで言ってパメラはハッとしてクラリッサを見た。

 祖父の身を案じてクラリッサは不安げに表情をくもらせている。

 だがそこでティナが身を起こし、クラリッサの体を抱き寄せた。


「大丈夫ですよクラリッサさん。市長様たちは私たちが必ず守りますから」


 そう言うとティナはクラリッサの体をそっと放し、俺に向き直る。


「バレットさん……すみませんでした」


 わずかに震えた声でし目がちにそう言うティナに、俺は苛立いらだちを隠さずに言った。

 

「事後の謝罪に何の意味がある? また同じことが目の前で起きればおまえは同じようにするだろうが」


 俺の言葉にティナは口を引き結び、それ以上は押しだまる。

 俺はそんなティナを無視して立ち上がるとパメラに声をかけた。


「パメラ。おまえがぶっ飛ばした土竜モグラどもは見ての通り不正プログラムでバグッてやがるから死なねえ。いずれ動き出す。さっさとこの場からずらかるぞ。これから製鉄所に向かうがそのガキはどうすんだ?」


 ガキと呼ばれたクラリッサがムッとした顔を見せるとなりで、パメラは俺を見上げると静かに言った。


「クラリッサ殿は例の製鉄所での煙突えんとつあなへの順路を知っているでござるし、残していくほうが心配でござるので、このまま連れて行くでござるよ」


 チッ。

 面倒だが仕方ねえ。

 俺はそれから再びティナに視線を移す。


「ティナ。その女は連れて……」


 俺がそう言いかけたその時、ティナの背後にいた市民の女がいきなりティナに組みつきやがったんだ。


「……えっ?」


 おどろく表情を浮かべるティナの体が地面の中に引きずり込まれていく。

 ティナの背後から組みついている市民の女の顔がニヤリと笑っていた。

 その顔が見る見るうちに……憎らしいヒルダの顔に変わっていく。

 しまった!

 沈み込んでいくティナはもがきながら咄嗟とっさにアイテム・ストックから何かを取り出して頭上に放り投げた。


「くそったれ!」


 俺は反射的に飛び出したが一足遅く、ティナの体はヒルダに引きずり込まれて完全に地面の中に沈んじまった。

 その様子にクラリッサが悲鳴にも似た声を上げる。


「ティナが……ティナが地面にまっちゃったよ!」

「いや、まったのではござらんよ。ティナ殿はどこかに連れていかれてしまったのでござる」


 やかましくわめき立てるクラリッサをなだめながらパメラは強張こわばった顔で俺を見上げた。


「す、すぐに追わねば……」

「どこに追うってんだ。行き先は分からねえんだぞ」


 ティナを製鉄所に連れて行かなきゃならねえってのに、当の本人がいなくなったら意味ねえだろ。

 俺の言った通りになっちまった。

 市民の女を助けようとしたティナの良心がまんまとあだになったんだ。

 そして市民の女をヒルダだと思わなかった俺の見落としでもある。


 俺は苛立いらだってティナが引きずり込まれた地面を足で踏みつけた。

 そこでふとクラリッサが声を上げたんだ。


「ねえ、あれなに?」


 そう言ってクラリッサが指差す先には桃色の光を放つ小さな妖精がヒラヒラと舞っている。

 あれは……もしかしてさっきティナが咄嗟とっさにアイテム・ストックから取り出したもんか?


「ヒルダのアジトでティナ殿が使っていた照明妖精に似ているでござるな」


 あいつ。

 ヒルダに捕まる寸前でこれを放り投げたってことは……。


「おい、おまえ。ティナのことを追跡できるか?」


 俺がそう言うと桃色の妖精はフワフワと宙を舞い踊り、ティナが沈んでいった地面付近をグルグルと回る。

 そしてすぐに広間の先の方角へ向かって飛び始めた。


「なるほど。あの妖精についていけばティナ殿の居場所が分かるということでござるか。ティナ殿の見事な咄嗟とっさの判断でござるな」


 感心してそう言うパメラに俺は鼻を鳴らす。

 

「フンッ。そもそもあいつが誰かれ構わず助けようとしたせいでこうなったんだよ。さっさと追うぞ」


 俺がそう言って巣穴すあなから飛び出ると、パメラの奴もクラリッサを背負って大きく跳躍ちょうやくして巣穴すあなから脱出した。

 すでに銀糸ぎんしさやに巻きつけ、白狼牙はくろうがしょうの状態を終えているため、パメラの背中から翼は失われている。

 そして大技を放った後であるためか、パメラの疲労度はオレンジ色にまで染まっていた。


 このまま走り続けりゃ、肝心のヒルダとの対戦時に間違いなくヘバッちまうだろう。

 チッ。

 今の状態ならこいつの戦力は特に貴重だ。

 少しでも休ませておく必要がある。

 そう思った俺はパメラの前にかがみこんで背中を向けた。


「……バレット殿?」

「乗れ。体力を回復させておけ。おまえにはまだ刀を振るってもらう必要がある」


 俺の言葉におどろきつつもパメラはうなづいた。 

 状況を理解しているからだ。

 そんなパメラよりも先にクラリッサの奴が俺の背中に乗っかってきやがった。


「バレット。おんぶしてくれるの?」

「チッ。おまえはついでだぞ。あと呼び捨てやめろ」

「2人も乗せて重くないの? 大丈夫?」

「アホ抜かせ。小娘2人くらい、綿わた乗せてんのと一緒だ」


 パメラとクラリッサはとなり合わせで俺の背に乗る。

  

「バレット殿。かたじけない」

「フンッ。俺と対戦する時のためのとっておきを使わせたからな。その借りを返すだけだ」


 そう言うと俺は2人を背負って走り出した。

 クラリッサの奴がノンキに笑って嬌声きょうせいを上げる。


「はやいはやい! キャハハハッ!」


 チッ。

 お気楽なもんだぜ。

 走り出してすぐ、喜ぶクラリッサとは対照的にパメラがおずおずとたずねてきた。


「バレット殿。ティナ殿と何かあったのでござるか? 雰囲気ふんいきが妙でござったので……」

「別に。しょせん悪魔と天使は敵同士だなってのを再確認しただけだ」

「バレット殿……。まあ、ある程度の予想はつくのでござるが、ティナ殿は困っている人を放っておけない性分ゆえ、余計な回り道をすることになったり不要な危険を背負い込むように見えることもござろう。バレット殿との衝突も仕方の無いことでござるが」


 パメラはそう言うと一度言葉を切ってから続けた。


「しかしバレット殿。ティナ殿のそうした性分を分かった上で手を組んだのではござらぬか?」

「……」

「そうするだけの理由があったのでござろう? そうでなければ互いの利益のためとはいえ、天使と悪魔がこれほど長く一緒にはいられないでござるよ」


 そうするだけの理由。

 そのことにはすぐに思い至る。

 ティナが抱え込む厄介事やっかいごとは、俺にとって筋肉トレーニングをする際に負荷ふかをかけるための重しのようなものだ。

 それをこの手で乗り越えてこそ、俺が目指すはるかな高みに少しでも近付ける。

 そう考えたからこそ俺は天使のティナと組むことにしたんだ。

 

 だというのにいつしか俺は、ヒルダやロドリックを追うことにとらわれ過ぎて、厄介事やっかいごと面倒事めんどうごとを避けようとしていた。

 そのことに愕然がくぜんとする。

 そんな男にはるかな頂きを目指す資格があるか?


 俺が目指すのは決してヒルダやロドリックなんかじゃない。

 そのはるか先の高みにこそ俺が目指すべきものがある。

 脳裏のうりに浮かぶのはかつての上司や、天使どもをたばねていた女、悪魔の頂点を極めた男の顔だった。


「……パメラ。おまえの姉貴は相当な凄腕すごうでだと言っていたな」


 俺の唐突な問いにパメラは少しばかりおどろいていたが、すぐにほがらかな声で答えた。


「相当な……ではござらん。拙者せっしゃもこれまで数々のツワモノと相対あいたいしてきたでござるが、それでも姉上の強さはそうした者たちよりもはるかに高く雲の上の領域でござった。決して身内びいきなどではござらん。我が姉・アナリンは並び立つ者の無いほどの実力者でござった。同じ姉妹でこうも違うものかと笑ってしまうほどに」

「おまえは……姉貴を超えたいと思うか?」


 俺の問いにパメラは即答した。


「無論でござる。拙者せっしゃ、身の程知らずと笑われようと、必ず姉上を超えて見せるでござるよ」


 パメラはよどみなくそう言った。

 そこには迷いも照れも感じられなかった。

 パメラは決して姉に憧れるだけの妹じゃないってことだ。

 同じ刀を振るう者として、明確に姉貴を超えるべき壁と認識している。


「……そうかよ。まったく身の程知らずもいいところだ」

「そうでござるな。ふふっ」


 その答えに俺は自分の心の中のきりが少し晴れたような気がした。 

 ティナがどんなに厄介事やっかいごとを抱え込もうが、そんなもんはこの手で吹っ飛ばしてやればいい。

 もちろんあいつをどやしつけてやることは忘れねえがな。

 

「おまえら。振り落とされても知らねえからな。しっかりつかまっとけ」


 そう言うと俺は速度をグッと上げて全速力で地下道を駆け抜けた。

 そうして進む先にようやく地上への階段が見えてきた。

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