第9話 アジトの奥で待ち受けるもの
「正常化!」
ティナの言葉と同時に銀環杖が青い光を帯びていく。
それは地面の窪みに突き立った石突きを通して地面の中に浸透していった。
パメラはどうだか知らねえが、俺の目にはそれが確かに見えた。
地面がうっすらと青い光を放ち始めている。
ティナの修復術の力が染み込んでいるんだ。
ティナの仕事が一刻も早く終わることを期待しつつ、俺は俺の仕事に取りかかる。
「さて、最近ガチンコで暴れられる機会がなかったからな。久々に思い切り運動したくなったぜ」
俺は両手に装備している灼焔鉄甲をガチンと打ち鳴らし、目の前に蠢く堕天使の群れに突っ込んだ。
「うおおおおっ!」
群がってくる堕天使どもを殴り倒し蹴り飛ばして、体にまとわりついてくる奴は振りほどいて投げ飛ばす。
頭突きを食らわせ、容赦なく肘や膝を浴びせる。
一対多数の取っ組み合いだ。
堕天使どもに掴みかかられて俺も多少のダメージを負うが、構わずに暴れ続ける。
「魔刃腕!」
両腕を鋭い刃に変化させ、周囲の堕天使どもをぶった斬る。
先ほどティナの高潔なる魂を浴びて正気を取り戻した奴らは悲鳴を上げて息絶えていき、不正プログラムの呪縛にいまだ囚われたままの奴は腕や足を失ってもなお生ける屍のごとく俺に向かってきやがる。
「来いっ! 粉々になるまでぶん殴ってやる!」
そこから俺は数分に渡って獣のように暴れてやった。
体のあちこちに傷がつき、痛みを覚えたが、気分は高揚している。
アホみてえに暴れて暴れて暴れまくって鬱憤が晴れる頃には、俺の目にハッキリと見えていた。
先ほど地面をわずかに青く光らせたティナの修復術が、今は壁や天井にも波及している様子が。
ティナの修復術の影響は洞窟の奥まで続いている。
その力がこの場所の隅々まで満ちて行ったんだろう。
そこで洞窟に異変が起きた。
堕天使どもで溢れ返る通路の奥の方がユラユラと揺らぎ出し、その揺らぎが修復術の青い光に触れた途端に消滅する。
それはまるで絵画が突然破られたかのように奥の景色を消し去り、その後に現れたのは一つの扉だった。
堕天使の小僧が言っていたヒルダの居室の扉だ。
「正常化成功です!」
ティナが歓喜の声を上げ、パメラは目を見張る。
すぐに天井、壁、地面から青い光の粒子が溢れ出して、通路の中を漂い始めた。
すると正気を失っていた堕天使どもの動きがハッと止まる。
我に返った連中は自分が今どういう状態にあるのか分からずに呆けた面をしていやがる。
そしてその額には全員、【戒】の文字が成されていた。
正常化完了の証だ。
こいつらはゲームオーバー後、すぐにコンティニューすることは出来なくなり、運営本部に拘留されることになる。
「よう。寝ぼけた頭をスッキリさせてやるよ」
そう言うと俺はすぐ近くにいる堕天使の顔面を思い切りぶん殴ってやった。
堕天使は吹っ飛ばされて数人の仲間を巻き込み壁に激突した。
「ふぐえっ!」
その堕天使の悲鳴が合図となって他の奴らがハッと反応を示し、俺に視線を送ってくる。
「何だこの悪魔は!」
「ここは俺らのアジトだぞ! ふざけやがって!」
「生きて帰さねえぞ!」
口々にそう声を上げると、堕天使どもは俺に襲いかかってきた。
フンッ。
マヌケ野郎どもが。
今更いきがったところで、おまえらに出来るのは死ぬことだけだ。
「来いやオラアッ!」
第2ラウンドの開始だが、向かってくるのはまだ五体満足な奴だけだ。
さっき正気を失っていた時に俺に腕や足を斬り落とされた奴らは痛みに呻き、その場にへたり込んでいる。
俺に向かってくるのはのはもう20人もいねえだろう。
俺は先ほどまでと変わらずに魔刃腕や魔刃脚を駆使して奴らを切り裂き、灼熱鴉で焼き払う。
正気を失っていたさっきまでと違い、俺にやられて深手を負った奴らは戦意を失って後方に逃げていく。
こりゃ好都合だ。
奴らがあの扉を開けて親分のヒルダの元へ逃げ込むのに乗じて殴り込んでやる。
「追うぞ!」
俺は後方にいる小娘どもにそう声をかけ、遥か前方に見える扉に向けて駆け出した。
すぐにパメラが並走してくる。
先ほどまで赤く染まりつつあったパメラの疲労度ゲージは黄色にまで戻っていた。
「フンッ。少しは回復したかよ」
「かたじけない。しかしバレット殿は頑健でござるな。あれほどの数の相手をたった一人でされたというのに、まだ疲労度がたまっておらぬとは驚きでござる」
俺は堕天使どもの攻撃を受けてライフを3分の2ほどまで減らしていたが、疲労度はまだ黄色にもなっていない。
これまで1人で多数の相手と戦うことが多かったから、スタミナには自信がある。
そんな俺たちの後ろからティナが必死に翼をはためかせて飛びながらついてくる。
「高潔なる魂!」
ティナが放射した桃色の光は俺たちの前方を逃げ続ける堕天使どもに直撃し、トドメを刺したりその動きを止めたりする。
虫の息で倒れている奴らは捨て置いて俺たちはとにかく堕天使の残党どもを蹴散らしながら前方を目指した。
行けども行けどもゴールの見えなかったさっきまでとは違い、俺たちの目には明確な目的地が見えている。
先ほどまで大勢いた堕天使どもは今や総崩れとなり、いち早く逃げ出していた数名の堕天使だけがようやく扉までたどり着いていた。
すると扉が勝手に開き、堕天使どもを招き入れていく。
チッ!
いかせるかよ!
また扉に細工でもされたら面倒だ。
俺は即座に動いた。
「灼熱鴉!」
走りながら放った炎の鴉は空中を鋭く飛翔して扉にぶち当たり、それを内側に吹き飛ばした。
入口がぽっかりと口を開ける。
よし!
このまま突入するぞ!
だが、俺たちが入口まで残り10数メートルのところまで接近した時、中からけたたましい悲鳴が聞こえてきやがった。
「ぎゃああああっ!」
「あ、姉御! 何で! 何で俺たちを! ガッ!」
それはまるで断末魔の悲鳴で、俺たちは即座に足を止めた。
「な、中で何が起きているんでしょうか……」
怯えた面でそう言うティナの隣でパメラが白狼牙の白鞘を握る。
「臆さず進むでござる。我らが標的はもう目の前でござろう」
パメラの言う通りだ。
中にヒルダがいることは間違いねえ。
なら突っ込むだけだ!
「突入するぞティナ。何か起きた時のためにすぐ対処できるよう準備しとけ」
俺の言葉にティナは息を飲んで頷いた。
中でヒルダがどんな罠を張ってようとも、突入する他ねえんだ。
あの女をぶん殴って息の根止めてやるまで、このケンカは終わらねえんだからな。
俺たちは俺を先頭にティナ、パメラの順でヒルダの居室に突入した。
部屋の中は先ほどの広間よりも広く天井も高い。
そして壁や床は整然と整備されていたが、そんな部屋の様子に俺たちが目を取られることはなかった。
なぜなら部屋の中心に巨大な化け物が陣取っていやがったからだ。
俺はその魔物の名前を知っていた。
「巨岩鬼……」
巨岩鬼。
それは体中がゴツゴツした岩肌で覆われている、巨人族の魔物だった。
その背丈は4メートルに及び、頭が洞窟内の天井ギリギリにようやく収まるほどの大物だ。
そしてその顔には鼻も耳も無いが、口と思しきわずかな裂け目が開き、大きなひとつ目がギョロリとこちらを睨み付けている。
「こんな場所で見かけるとはな」
巨岩鬼は比較的レベルの高い魔物で、地獄の谷でも強敵の多い中央部に多く生息している。
ゾーラン隊にいた頃、一度だけ見たことがある。
その時はゾーランによって倒された後だったんだがな。
まさか天国の丘で会えるとは思わなかったぜ。
そしてその巨岩鬼の左肩の上に、俺たちが探していた憎き堕天使の女の姿はあった。
「ヒルダ……探したぜ」
「……まったく忌々しい奴らね。人の住み処に勝手に上がり込むなんて。死んで詫びてもらおうかしら」
巨岩鬼の肩の上から、ヒルダはそう言って憎々しげに俺たちを見下ろした。




