第8話 狂者の行進
土砂崩れによって出口を塞がれたヒルダのアジトで俺たちの前に姿を現したのは、堕天使の連中だった。
だが、その様子は明らかに普通じゃねえ。
堕天使どもはダラダラと歩きながらこちらに向かって来るが、その足取りは覚束なかった。
そして狭い通路を押し合いへし合いしながら向かってくるその様子は無秩序そのものだった。
こいつら……どう見ても正気じゃねえぞ。
その様子にティナも即座に反応した。
「バレットさん! 彼らは感染者です!」
ティナは銀環杖を振り上げて緊迫した声を上げた。
俺の目にも見える。
向かってくる堕天使どもの体のあちこちに、バグが付着して揺らいでいる様子がな。
全員感染者か。
「ここは私の出番です!」
そう叫ぶとティナはパメラの横をすり抜けて先頭に立った。
「高潔なる魂!」
ティナの体から桃色の光が放射され、それは一番先頭にいる堕天使に直撃し、そいつはダメージを負うとともにバグから解放されて正気を取り戻した。
その額に正常化された証である【戒】の文字が刻まれた。
だが同時に、後ろからゾロゾロと歩いてくる堕天使どもに踏み潰されて悲鳴を上げた。
「ひぎゃあっ!」
そいつに構わずに堕天使どもは後から後から進んで来やがる。
これは1人ずつチマチマやってる場合じゃねえな。
「キリがねえ! パメラ!」
そう声を上げてティナを押し退け、俺は前に出る。
パメラは俺のさらに一歩前へと進み出て、白狼牙を抜き放った。
「旋狼刃!」
繰り出された竜巻が再び前方へと唸りを上げて展開される。
俺は同時に灼熱鴉を放った。
「燃え尽きろっ!」
刃の竜巻に炎の鴉が舞い躍り、向かってくる堕天使どもを巻き込んでいく。
堕天使どもは猛烈な竜巻と炎に巻かれ、次々と後方に吹き飛ばされていく。
もちろん奴らは不正プログラムに感染しているためライフゲージがバグッていてダメージを受けることはない。
その証拠に体のあちこちを刃の風で刻まれ、頭髪を炎で焼かれようとも、その表情は虚ろなままピクリとも変わらない。
だが、そんなのは百も承知だ。
とにかくここを突破する必要がある。
退路を断たれたままこの狭苦しい場所で堕天使どもと押し合いへし合いするのはまっぴらごめんだ。
パメラが技を繰り出し終えると同時に俺は地面を蹴って駆け出した。
「オラオラオラオラァ!」
堕天使どもの密集具合が薄まったところで俺は一気に突っ込んだ。
そして再び起き上がろうとする堕天使どもを蹴り飛ばし、殴り倒して前に進む。
俺のすぐ後ろからはティナとパメラが近寄る堕天使どもを打ち倒しながら付いてきた。
だが、少し進むとまたしても狭い通路は堕天使どもの姿で満員状態になってくる。
「チッ! パメラ! もう一度だ!」
「旋狼刃!」
「灼熱鴉!」
そうして堕天使どもを蹴散らしながら進む俺たちだが、様子がおかしいことに気付いたのは、三度目の旋狼刃と灼熱鴉を放った時だった。
俺とパメラはほぼ同時に気が付いて足を止めた。
「バレット殿。これは……」
「ああ」
不自然な点は2つ。
1つは体感的に明らかに先ほど広間の方に向かって走り続けた時よりも長い距離を走っているにもかかわらず、一向にヒルダの部屋の扉があった場所に戻れない点。
もう1つは俺たちの前に立ちはだかる堕天使どもの顔ぶれをさっきも見たって点だ。
「あの先頭の堕天使。先ほど拙者たちが打ち倒した輩と良く似た風貌ではござらぬか?」
「ああ。両脇の奴らもさっきぶっ潰した連中と同じツラをしてやがる」
俺たちの話にティナが即座に反応した。
「もしかして……ヒルダがキャラクターとルートの複製をしているのかもしれません」
そう言ってティナは立ち止まる。
パメラは理解しかねるといった困惑の表情を浮かべた。
「それはどういうことでござるか?」
「ヒルダはこの通路の空間をねじ曲げてループ化し、キャラクターを幾度も複製しているのでしょう。要するに私たちは何度も同じ場所を走らされ、同じ敵の相手をさせられていたということになります」
パメラは眉根を寄せながらティナの話を理解しようと苦心しているが、俺はすぐに腑に落ちた。
不正プログラムってのはそういうシロモノだからな。
だがヒルダの奴は以前のディエゴやグリフィンに比べると不正プログラムの使い方が随分と巧みだ。
相手が嫌がるツボを押さえてきやがる。
嫌な女だぜ。
「ティナ。さっさと忌々しいこの状態を抜けるぞ。今すぐ知恵を絞れ」
「か、簡単に言わないで下さい。バレットさんも考えて下さいよ」
「あいつらがクソ忌々しい行進を中止してそこらで寝転んでくれているなら、俺も一緒に考えてやるがな」
そう言うと俺は前方を見据えた。
こうしている間にも堕天使どもの接近は止まらない。
パメラも四度目となる旋狼刃を敢行して堕天使どもを吹き飛ばし、俺がそこに灼熱鴉を撃ち込んで焼き払う。
こんなことをしたところで、ヒルダはまた奴らを複製するんだろう。
キリがねえ。
頭に来るぜ。
「ティナ! 俺たちが食い止めてる間に何とかしろ!」
「分かってます!」
ティナは不満げに口を尖らせると、通路の側壁となる石壁に手を添えて修復術を開始する。
「不具合分析」
このふざけた事態を打開するには、癪に障るがティナに頼るしかない。
俺とパメラは向かってくる連中を吹き飛ばしたが、一時しのぎにしかならん。
しかもパメラの疲労度が黄緑からオレンジ色に変化し、徐々に肩で息をし始めている。
疲れがたまってきている証拠だ。
こりゃもう長くは戦えねえぞ。
とにかく時間を稼ぐほかない。
俺は隣に立つパメラに視線を送る。
「パメラ。少し休んでおけ。連中は俺がやる」
「え? いや、拙者はまだ……」
「おまえがへばっても俺はおまえを守らん。だがあのお人好し天使はおまえを庇うだろう。その結果、共倒れされると俺が困るんだよ。そのぐらいの状況判断は出来るだろ」
パメラは俺の言葉に神妙な面持ちで頷くと顔を上げた。
「しかしバレット殿。お1人で大丈夫でござるか?」
「黙って見てな」
そう言うと俺は大きく右足を振り上げ、地面を踏み抜いた。
「噴熱間欠泉!」
すると向かってくる堕天使どもの足元から激しく熱湯が噴き出したんだ。
いつもは炎が噴き出すこの技だが、どうやらこの辺りは地下水が豊富なようで、かつて海辺でこの技を繰り出したときのように熱っされた水が噴き出した。
不正プログラムに感染している奴らは、足元から噴き上げる高温の熱湯を浴びても怯みはしないが、濡れた岩肌の地面に足を取られて転倒し始める。
先頭の奴がすっ転ぶと、それを合図にしたかのように、後続の奴らが次々と転び始めた。
これは僥倖だ。
俺は噴熱間欠泉を連発し、洞窟の中が朦々たる湯気で湿気を帯びる。
そしてこれは堕天使どもを足止めするのみに留まらず、思わぬ副産物を産んだ。
それはティナの叫び声だった。
「……そうか。地下水脈です! ヒルダは地下水脈を利用して、不正プログラムの力を子の洞窟内に浸潤させているのかもしれません。それならそれを逆手に取って……」
そう言うとティナは銀環杖を手に前方へ駆け出した。
そしてティナは俺が噴熱間欠泉で水浸しにした床に銀環杖の石突きを突き立てる。
当然、目の前の獲物を求めて堕天使どもがティナに群がり、たまらずにパメラが声を上げる。
「ティナ殿!」
だがティナにはこの状況でも堕天使どもを蹴散らす術がある。
「高潔なる魂!」
ティナの体全体から桃色の光が放出される。
今にもティナに掴みかかろうとしていた堕天使どもが大きく後方に吹っ飛ばされた。
その桃色の光は最大出力で洞窟内に広がっていき、堕天使どもを飲み込んでいく。
「下がってろパメラ」
そう言うと俺は後方に後ずさった。
万が一あの忌々しい光に触れればパメラはともかく、闇属性の俺は手痛いダメージを負うことになる。
その痛みは幾度も経験済みだ。
俺と同じく闇属性の堕天使どもは正気を取り戻したと同時に桃色の光による大ダメージを受けて悲鳴を上げていく。
「ひああああっ!」
ティナの体から発せられる桃色の光が収まったと同時に俺は飛び込んだ。
正常化されると同時に大ダメージを受けてショック状態の堕天使どもを次々と蹴り飛ばして絶命させ、ティナの隣に並び立つ。
そこでティナは銀環杖の石突きを地面の窪みに差し込んでいた。
「何とかなりそうか?」
「やってみなければ何とも」
「頼りねえ返事だな。何とかしろ」
「だったらバレットさんも絶対に私に堕天使たちを近づけないで下さいね」
頬を膨らませて挑発的にそう言うティナは、地面に突き立てた銀環杖を両手で強く握り締めると声高に叫んだ。
「正常化!」




