第5話 刃の竜巻
「うおああああああっ!」
滝つぼの水面から飛び出した巨大ウナギが水面に落ちる瞬間を狙おうとした俺だったが、それよりも早く何かが俺の足に絡みつきやがったんだ。
それは巨大ウナギよりも小さくて細い縄状のものだったが、強烈な力で俺の足に食い込み、俺は一気に下に引きずりおろされた。
「クソがっ! 魔刃脚!」
俺は絡みつかれた足を鋭い刃に変えてそいつをぶった斬る。
しなやかで強い弾力を持つそいつはブチンッと派手な音を立てて勢いよくちぎれた。
だが、そいつに足を取られた隙に巨大ウナギは水底に潜っていっちまった。
「チッ。何なんだ一体……」
俺が魔刃脚でぶっちぎってやったそれは、水面の上に力なく浮いている。
目を凝らした俺はそれが先ほどの巨大ウナギとは別のウナギであることに気が付いた。
体を切断されたそいつはすでに息絶えているようで、波打つ水面の上をユラユラと漂っている。
巨大ウナギよりはだいぶ小さいが、その胴の太さは俺の太ももと同じくらいある。
「なるほどな。親子連れか」
さっきのデカブツは親ウナギってわけか。
親と子の連携攻撃で水上の獲物を狙うのがこいつらの常套手段らしい。
だが水面下の敵がわざわざ水上に出て来てくれるなら、こっちも対処がしやすいんだよ。
俺は敢えて水面の上に体を晒し、敵の襲撃を待ち受ける。
相手はデカい上に速いが、来ることが分かってんならどうってことはねえ。
「さあ。出て来いよ。ぶった切ってやる」
だが、状況は俺の予想をわずかに上回った。
出てきやがったのは巨大な親ウナギではなく無数の子ウナギたちだったが、その数は十数匹。
そいつらは俺の東西南北全方位から同時に襲いかかって来やがったんだ。
数が多い。
「くっ! こいつらっ!」
俺は即座に魔刃脚で2、3匹の子ウナギをぶった斬ったが、それ以外の子ウナギどもには対処できなかった。
左右の腕に4匹ずつ、両足の太ももに4匹ずつの合計16匹の子ウナギどもが俺に絡みつきやがった。
「くそがあっ!」
俺は即座に両腕を魔刃腕に変え、両足を魔刃脚に変えて子ウナギどもをぶっちぎる。
だが、全てを断ち切れたわけじゃない。
俺が魔力で鋭い刃に変えられるのは足なら膝より下、腕なら肘より下と仕様で決められている。
だから両腕の上腕と両足の太ももに絡みついた子ウナギまでは振りほどけない。
そうして子ウナギどもに俺の四肢が封じ込められた状態で、水面が大きく盛り上がってくる。
親ウナギが飛び出そうとしているんだ。
こいつら……魔物のくせして妙なチームワークがありやがる。
水面から盛大な飛沫をまき散らして巨大な親ウナギが飛び出してきた。
くっ!
喰われる!
親ウナギの大口が俺を飲み込もうとしたその時、響き渡ったのはパメラの声だった。
「旋狼刃!」
その声が響き渡ったかと思うと、俺の周囲の空気が急激に渦を巻き始め、瞬く間に巨大な竜巻が現れやがったんだ。
その竜巻は俺の体の周りを上空に向かって一瞬で吹き上がった。
途端に俺の四肢に巻きついていた子ウナギどもの体がズタズタに斬り裂かれていく。
そのおかげで体の自由を取り戻した俺は向かってくる巨大な親ウナギを見降ろした。
そして俺は親ウナギの頭目掛けて自慢のスキルを発動する。
「螺旋魔刃脚!」
ドリル状に高速回転する俺の爪先が親ウナギの頭に突き刺さった。
頭部をえぐられて盛大に血が噴き出し、親ウナギはビクビクと体を震わせて動かなくなると、そのまま落下していった。
そして水面に叩き付けられると同時にその巨大な体が光の粒子と化してあえなく消えていく。
ゲームオーバーだ。
「ふぅっ。ムカつくがあいつに助けられたな」
そう言う俺の周囲で竜巻が消えた。
そこで刀を鞘に収めるチンッという音が鳴り、俺が顔をそちらに向けると、すぐ近くの木の枝の上にパメラが立っていた。
「無事でごさるか。バレット殿」
さっきの竜巻はあいつのスキルか。
おそらくパメラは白狼牙の斬撃によって猛烈な竜巻を発生させ、子ウナギどもを斬り裂いたんだろう。
その威力は相当なものであり、間違ってあの竜巻に巻き込まれていれば俺もただでは済まなかっただろう。
パメラ。
やはり見た目が小娘だからといって侮れない奴だ。
「旋狼刃とか言ったな。それがおまえのスキルか」
そう言って振り返った俺はパメラが立っている枝の下、木の幹を伝って蛇のような長い体の奴が上って来たのを目撃した。
子ウナギが水面から陸に上がりやったんだ!
「パメラ!」
俺が叫んだ時にはすでに遅く、木をスルスルと器用に上った子ウナギはパメラの足に鋭く絡みついた。
そういえば以前にどこかで聞いたことがある。
ウナギはエラ呼吸のみならず皮膚呼吸ができるため、体表を覆う粘膜を利用して体をくねらせながら地上を移動することが可能だと。
反応が遅れたパメラは子ウナギに引っ張られて木の枝から引きずり下ろされ、水面の上に投げ出される。
「くっ! 小癪な!」
パメラは空中で体を捻ると白狼牙を一閃させ、子ウナギの体を斬り裂いて断ち切った。
だが、そこで水面に黒い影が蠢き、そこからまたしても別のウナギがパメラに向かって跳ね上がる。
親ウナギはさっき俺が排除したはずだぞ。
だが、そいつはさっき俺がトドメを刺した巨大ウナギよりも二回りほどサイズダウンした個体で、さっきの奴と違って口の周りに長いヒゲを数本生やしていた。
パメラは咄嗟に空中で体を捻ってこの体当たりの直撃を避けたが、すれ違いざまにウナギの長いヒゲがパメラの体に絡みついた。
その途端、パメラが悲鳴を上げる。
「くはああああっ!」
何だ?
苦痛の声を上げるパメラは体を小刻みに痙攣させ、ガックリと力を失った。
まるで筋肉が弛緩しちまったような状態のパメラは、ヒゲに絡みつかれたままウナギと共に水面へと落下していく。
その様子を間近に見た俺は、巨大ウナギの正体に気付いた。
その生態を以前に聞いたことがある。
電撃鰻。
オスとメスのペアで生息する魔物で、メスのほうが体が大きい。
さっきパメラの旋狼刃で斬り裂かれたのがメスだ。
そしてオスは小さいがメスにはないヒゲを持っていて、それが発電器官となって敵を感電させ、餌食にしやがるんだ。
こいつがそのオスだ。
さっき俺が倒したのはメスだったってことか。
くそっ!
迂闊だったぜ。
子ウナギがいた時点で、メスと番となるオスの存在に注意すべきだった。
俺がオスの電撃鰻に攻撃しようとしたその時、ティナの声が響き渡った。
「高潔なる魂!」
ティナの姿を象った桃色の光が、水面に向かってパメラを引きずり降ろそうとする電撃鰻のヒゲを1本、焼き切った。
途端にオスウナギはパメラを放り出すと顔を背けて反転し、水の中へと潜っていく。
その反動で水中から跳ね上がった雄ウナギの尾が、落下するパメラの体を弾き飛ばした。
「あぐっ!」
パメラはそのまま勢いよく飛ばされて、付近に茂る木の枝の中へと突っ込んでいく。
だが、パメラのことを気にしている暇はねえ。
水面から再び別の子ウナギがこちらに向かって伸びてきやがった。
「くそったれ! しつこいんだよ!」
俺は悪態をつきながら魔刃脚で、鋭く向かってくる子ウナギどもを切り刻む。
しかし子ウナギどもに紛れてオスウナギのヒゲが鋭く伸びてきた。
俺は必死に体を捻ってそのヒゲに触れるのを避けた。
「くそっ!」
こいつに巻きつかれたらさっきのパメラと同じように感電しちまう。
冗談じゃねえぞ。
「パメラさん!」
迫り来るメスウナギのヒゲに集中して対処する俺と違って、ティナは吹っ飛ばされたパメラを助けに行こうとした。
「ティナ! パメラはほっとけ! 水面に集中しろ!」
だがそこで水面から再びオスウナギの長いヒゲが伸びてティナの体に巻き付く。
あのアホ!
言わんこっちゃねえ!
そう思った俺だが、ティナの体は瞬時に桃色の光を発した。
「高潔なる魂!」
ティナの全身から放出される神聖魔法がオスウナギのヒゲを焼き切る。
あいつの得意技であるあれは、ああして体全体から放出されるため、攻撃だけではなく防御技としても使える。
だがヒゲを焼き切られたオスウナギは恨みを晴らそうとするかのように、今度は水面から己自身が跳ね上がってティナを狙う。
だがその隙を俺は見逃さなかった。
「ミエミエなんだよ! オラアッ!」
俺は鋭く宙を舞うと、跳ね上がったオスウナギの横っ面を蹴り飛ばしてやった。
オスウナギは滝つぼの奥へと落下していき、俺はさらに灼熱鴉で追撃をかける。
「燃え尽きろっ!」
だが俺の炎の鴉は、この水辺で体に粘膜を纏ったウナギ相手には効果が薄い。
だから俺が狙ったのはオスウナギではなく、滝つぼの奥側の崖に突き立つようにして生えている一本の木だった。
俺の放った灼熱鴉はその木を激しく燃やす。
すると衝撃で木の根元の土砂が木の重さに耐え切れずに崩れ始めた。
それはすぐに盛大な土砂崩れとなって滝つぼに落下し、オスウナギを巻き込んでいく。
奴は面食らって暴れ出すが、土砂の間に挟まり、身動きが取れなくなった。
「ざまあみやがれ!」
俺はすぐさま水面近くまで下降し、オスウナギに攻撃を仕掛ける。
オスウナギは土砂に挟まれながらも、俺を排除しようとヒゲを伸ばしてくる。
だが、そんなもんはお見通しだ。
「魔刃腕!」
俺は自分の両腕を鋭い刃に変えて、オスウナギのヒゲを鋭く切断していく。
こいつのヒゲはおそらく発電するまで一瞬の間が必要なんだろう。
だからこそ、こうして一瞬触れるだけだと感電しない。
巻き付かれさえしなきゃ大ダメージを受ける危険性は高くないことが分かった。
それなら対処のしようがある。
魔刃腕と魔刃脚を効果的に使い、俺は集中して奴のヒゲを切断し続け、オスウナギの攻撃手段を封じていく。
だがオスウナギは残されたヒゲを総動員して、俺を捕らえようと伸ばしてきた。
そこで俺はある技の応用を咄嗟に思い付き、ぶっつけ本番でそれを敢行した。
「螺旋魔刃脚・伐!」
螺旋魔刃脚を放ちながら、魔刃腕として展開した両腕を広げる。
広げた両腕の空気抵抗によって技の降下速度は遅くなったものの、迫り来るオスウナギのヒゲはことごとく回転する俺の腕に切り裂かれていく。
いいぞ。
うまくやれた。
それは回転ドリルに回転ノコギリをプラスしたような、攻防一体の技だった。
俺はそのまま降下してオスウナギの頭に鋭く尖った爪先を突き刺してやった。
「くたばっちまいな!」
気合いを入れてオスウナギの頭蓋骨を砕いた俺は、即座に奴の頭の横に降り立った。
頭を貫かれたにもかかわらず、雄ウナギはまだ動こうとしていやがる。
大した生命力だが……。
「これで終わりだ!」
俺は技を解いてオスウナギの頭に取り付くと、そのエラに思い切り拳をぶち込んで中まで抉る。
そしてその状態で灼熱鴉を放った。
「脳まで溶かしてやるよ!」
エラの中で炎が噴き上がり、途端にオスウナギは苦し紛れでビチビチと暴れる。
それでも構わずに俺が灼熱鴉を連発すると、奴はすぐに力を失って動かなくなった。
魚肉の焼ける臭いが漂い、オスウナギは絶命して力なく水面に浮く。
そのライフがゼロを指し示し、ようやくこの厄介な相手を討ち果たしたことを俺に告げていた。




