第13話 予期せぬ襲撃者たち
「ど、どうなっているでござるか」
村の様子が見えてくるとパメラが驚きの声を上げた。
数人の男たちによって天使の村人らが次々と襲われてゲームオーバーを迎えていく。
だが、先ほどティナが言った通り、襲撃者の中には悪魔のみならず天使の姿もあった。
屈強な天使の戦士が武器を振るい、同胞であるはずの天使の農民どもを惨殺していく。
それは奇妙な光景だった。
悪魔が悪魔を殺すというのは日常的によくあることだが、天使が天使を殺すというのはあまり聞いたことがない。
仲間意識の薄い俺たち悪魔と違い、天使は同胞との結び付きが強いからだ。
だが天使の戦士は倒れ込んだ天使の農民に対して頭上から容赦なく剣を振り下ろした。
「やめるでござるよ!」
パメラは即座に刀を抜き放ち、そこに割って入ると天使の剣を刀で受け止める。
体格で劣るパメラだが、鋭く相手の剣をいなすと、その腕をズバッと斬りつけた。
しかし剣を握る手を斬りつけられて怯むかと思われた天使の戦士は、鮮血が舞い散るのも構わずにもう一度、剣を振り上げる。
その姿を見たパメラの顔に驚愕の色が広がり、一瞬だけ反応が遅れた。
「チッ!」
俺はすぐさまそこに飛び込んで、天使の野郎を横から蹴り飛ばした。
「ボサッとすんなパメラ!」
「か、かたじけない」
俺は即座に周囲の状況に視線を走らせる。
農村の入口付近にいる襲撃者は全部で3人。
天使と悪魔が1人ずつ、そしてもう1人はパメラのような人間の男だ。
鍬や鎌などの農具を手にそいつらに応戦しているのは、農民の若い男たちだった。
だが明らかに戦闘訓練を受けていない農民どもは、襲撃者らに圧倒されていた。
こいつら……ただのゴロツキじゃねえ。
随分とケンカ慣れしてやがる。
そこでパメラが発した言葉により、その理由が判明した。
「か、彼らは拙者が今回の堕天使討伐と農村防衛を依頼した武人たちでござる。あの天使の戦士殿は大会で拙者が対戦した相手でもあるので間違いござらん」
「何でそいつらが村を襲うんだよ」
「それは拙者にも……ハッ! バレット殿!」
パメラの視線が俺の背後に送られる。
もちろん俺にも気配と足音で丸分かりだった。
背後から襲いかかって来たのは1人の農民天使だった。
「この悪魔め!」
チッ。
俺を襲撃者の一味だと思ったのか。
まあ、いきなり悪魔が現れりゃ、そう思うだろうよ。
その若い農民天使は振り上げた鎌を俺の脳天目がけて振り下ろす。
しかし俺は鎌の刃を左手で掴み取る。
「フンッ」
「ぐぐぐ……」
非力な農民天使は懸命に鎌の刃を押し込もうと力む。
だが俺はその力を利用してサッと鎌を奪い取った。
そこで上空から天使たちに逃げるよう呼びかけていたティナがこちらに向かって声を張り上げた。
「村人の皆さん! 赤い布を首に巻いているそこの悪魔は敵ではありません! 私の用心棒です! 味方です! 彼を攻撃しないで下さい!」
その声を聞き、目の前の農民天使が困惑の表情を浮かべる。
誰が用心棒だ。
味方とか抜かすな。
薄ら寒いんだよ。
「おい。俺の邪魔をするな。上のチビが何をほざこうが、俺の邪魔をするならおまえらも殺す」
農民天使にそう言うと、俺は奪い取った鎌を斜め後方に向かって投げつけた。
それはパメラに襲いかかろうとしていた下級悪魔の戦士に向かって飛んで行く。
悪魔戦士は持っていた斧でそいつを弾き飛ばした。
いい反応だ。
俺は天使の農民を睨みつけると、牙を剥き出しにして熱い吐息とともに言葉を吐き出す。
「邪魔だ。下がってろ。一緒にぶっ飛ばされたくなけりゃな」
天使の農民は青ざめた顔でわずかに頷くとそそくさと逃げ去っていく。
俺は心が躍り出すまま背後を振り返った。
そこには屈強な体格の下級悪魔が立ちはだかっている。
先刻のヒルダとの戦いが不完全燃焼に終わったことでフラストレーションが溜まっていたが、ここにいるのは腕の確かな連中だ。
どういう理由で奴らがこの村を襲うのかは、この際どうでもいい。
手ごたえある相手なら大歓迎だぜ。
俺は悪魔斧戦士に得意の一手を放つ。
「さあ。遊ぼうぜ。灼熱鴉!」
悪魔斧戦士は真横に飛んでこれをかわす。
その近くで天使剣士と交戦するパメラに対し、俺は声を張り上げる。
「パメラ! 遠慮してんじゃねえ! 腕をやるなら容赦なく斬り落とせ!」
自分が雇ったはずの連中が村を襲うという事態に困惑して、パメラの刀は鈍っている。
その証拠にさっきは手加減して軽く天使剣士の腕を斬りつけただけだった。
だが戦場での中途半端な立ち振る舞いは自分の首を絞めるだけだ。
そのことを自戒したのかパメラは表情を引き締めて刀を握り締めた。
俺はすぐさま視線を悪魔斧戦士に向ける。
「遠慮せずにかかってこいよ。その斧は飾りじゃねえんだろう?」
そう言うと俺は悪魔斧戦士に手招きをしてみせる。
するとまだ数メートルの距離があるというのに悪魔斧戦士は俺に向かって鋭く斧を振るった。
途端に空中に雷のような電撃が走り、俺を襲う。
俺はすぐに飛び退いてそれを回避するが、悪魔斧戦士は連続して斧を振るい、稲妻を発生させる。
「その戦士は雷鳴の斧を装備しているでござるよ! 稲妻が飛んでくるから注意でござる!」
大会でこの男の戦いぶりを見て知っていたパメラがそう声を上げる。
フン。
こんなもん、どうってことねえよ。
俺は連続で繰り出される稲妻を避けながら反撃に出た。
「灼熱鴉!」
またしても悪魔斧戦士は横っ飛びでこれを避けるが、俺はその隙を見逃さなかった。
急加速して悪魔斧戦士に急接近すると、そのまま奴の無防備な左腕を蹴り上げる。
無論、得意技でな。
「魔刃脚!」
鋭利な刃と化した俺の足がいともたやすく悪魔斧戦士の左腕を真っ二つに切断する。
両手斧を扱うこいつの戦闘力はこれで半減するはず……ん?
そこで俺は目を見張った。
腕を切断されて少なくないダメージを受けたはずの悪魔斧戦士のライフ・ゲージがまったく減らず、その代わりにいきなりバグッて揺らぎ始めやがったんだ。
そしてそれはパメラが攻撃している天使剣士も同様だった。
こいつら、感染者か。
俺は頭上を舞うティナに向かって声を上げた。
「ティナ! お客さんだぞ! 歓迎してやれ!」
「そのようですね! 高潔なる魂!」
ティナは頭上からもう1人の襲撃者である人間に向かって神聖魔法を放った。
だが両手に大振りなナイフを持った人間の男はチョコマカと動き回ってこれを避け、上空のティナを無視して地上のパメラに向かっていく。
パメラは白狼牙を手に天使剣士を果敢に攻め立て、追い詰めているところだ。
だが、2人同時に相手をするとなると面倒だろう。
あいつは長くは戦えない。
「フンッ! おまえの相手も俺がまとめてしてやるぜ! 人間!」
そう言うと俺は両手に炎を宿し、悪魔斧戦士と人間小刀男に交互に灼熱鴉を連続で放つ。
この戦局で勝利を収めるための道すじは明確だ。
まずは敵の動きを止めた状態で、ティナの正常化あるいは高潔なる魂を浴びせる。
そうすりゃ奴らも不正プログラムの呪縛から解けて正気に戻るだろう。
連中がトチ狂ってライフ・ゲージをバグらせたこの状態じゃ、いくら相手を殴ろうが蹴ろうが時間と労力の無駄だ。
俺が放った灼熱鴉を悪魔斧戦士と人間小刀男はそれぞれが素早く避ける。
こいつらは不正プログラムで正気を失い、ライフ・ゲージもバグッてダメージ判定がない状態だが、こうした回避行動はしっかり取っている。
本能がそうさせるんだろう。
その回避能力は武術大会で上位に入るだけのことはある。
だが……。
「それだけじゃ甘いんだよ!」
ショット&ゴーが基本戦法の俺は一瞬で悪魔斧戦士との間合いを詰める。
奴はそれでも斧を振り上げて俺を斬り捨てようとするが、片腕を失った状態で重厚な両手斧を扱うためにスピードが足りていない。
俺は奴が斧を振り下ろすよりも早くその背後に回り込むと、両手で悪魔斧戦士を羽交い締めにした。
悪魔斧戦士はこれを振りほどこうと暴れるが、俺は最大限の力を込めてそれを封じると頭上に声を張り上げた。
「ティナ!」
俺の声に反応したティナが即座に降下してきて、悪魔斧戦士の頭上で銀環杖を掲げた。
「正常化!」
銀環杖の宝玉から降り注ぐ青い光が悪魔斧戦士を包み込んでいくと、悪あがきをしていたその体から徐々に力が抜けていく。
「こ、ここは……」
悪魔斧戦士の口からそうした呟きが漏れ聞こえてくる。
正気に戻りやがったか。
俺は悪魔斧戦士を羽交い締めにしたまま、反り投げで後方の地面に叩きつけた。
「ウゲッ!」
不意を突かれた悪魔斧戦士は地面に頭部を強打して昏倒する。
すぐさま俺は立ち上がり、人間小刀男にもショット&ゴーで接近する。
相手は2本のナイフで鋭く俺を攻撃してくるが、俺は両腕を魔刃腕に変化させてこれらを全て弾き返すと、強引に相手に組み付いた。
その瞬間に再び頭上から青い正常化の光が照射され、人間小刀男の額に【戒】の文字が浮かぶ。
俺は即座に前方反り投げで人間小刀男を顔面から地面に激突させ失神させた。
「わ、わざわざ投げて気絶させる必要あるんですか?」
ティナは頭上から非難めいた声を上げるが、俺はそれを一蹴した。
「正常化して正気に戻ったらもうオトモダチってわけにはいかねえだろ。ティナ。こいつらが敵対しないという確信がない限り、リスクは排除しておくべきなんだ。ホレ。パメラは実践してるぞ」
そう言って俺が指差した先ではパメラが天使剣士を相手に白狼牙を振るい、相手の両腕を斬り落として無力化したところだった。
そうだ。
それでいい。
敵にかけた情けは自分の命を脅かす刃となって返って来ると肝に銘じろ。
すぐにティナが正常化すると、天使剣士は斬り落とされた両腕の痛みに呻いてその場に膝をついた。
俺は周囲に視線を巡らし、気配を探りながらティナに声をかけた。
「ティナ。他に襲撃者を見たか」
「いえ。私が見たのはこの3人だけです。村民の皆さんはすでに村の外の森へと退避したようですね」
意外とあっけなかったな。
そんなことを思いながら俺は倒れたまま失神している悪魔斧戦士と人間小刀男に目をやり、最後に天使剣士に目を向けた。
両腕を失った天使剣士はさっきの2人と同様に、呆けたような顔で言葉を失い、目を見開いて俺たちを見つめていた。




