第11話 襲撃の計画
縄で縛られたまま項垂れていた堕天使の小僧は、消え入りそうな声で言った。
「今夜23時きっかりにうちの部隊があの村を襲撃するだよ。オラ、それを村の天使たちに伝えたくて……」
その話に俺は鋭く小僧を睨み付けた。
「そりゃどういう意味だ?」
堕天使の盗賊団に身を置く小僧が、襲撃相手である天使どもに襲撃時刻を伝える。
何のためだ?
歌劇の盗賊団よろしく、襲撃予告でもしようってのか?
馬鹿馬鹿しい。
そんな間抜けな盗賊団がいてたまるか。
「ヒルダに殺されかけた腹いせに、堕天使どもの作戦を邪魔してやろうってか? 大した根性だな」
そう揶揄する俺の言葉を小僧はムキになって否定した。
「違うだよ! オラ、あの村の天使たちを逃がしてやりたくて……」
これにはティナが即座に反応する。
「堕天使のあなたがどうして天使の身を案じるのですか?」
俺たち悪魔はもちろん、堕天使にとっても天使は敵だ。
小僧が天使どもを助けようとする道理がねえ。
だが小僧は言った。
「オラは……あの村の生まれだから」
その言葉を理解できずにパメラは首を捻ったが、ティナは得心して頷いた。
「なるほど。あなたは一世堕天使なのですね」
一世堕天使。
この世界に住む者なら誰もが知っている言葉だ。
堕落した天使の成れの果てである堕天使には、一世と二世の二種類がいる。
親が堕天使の場合、子供は二世堕天使になる。
一方、一世堕天使は天使として生まれながら、その後、堕天使化してしまった者のことを言う。
つまりこの小僧が一世堕天使だとしたら、こいつは元々天使だったということになる。
大方、何らかの罪を犯して属性が闇側に変化し、堕天使化したんだろうよ。
「オラ、下っ端だから村の襲撃作戦には参加したことがなかっただよ。だから同僚がこの村の話をしているのを聞いて、何だかたまらなくなって、それで……」
ヒルダのアジトから逃げ出し、途中でそのことを思い立ってこの場所までやって来たと小僧は話した。
そしてこの場所で村の様子を遠目に窺っていたところを俺に取り押さえられたわけか。
「だどもこんな姿じゃ村には入れねえ。天使のアンタ、お願いだ。村の皆を避難させてくろ」
そう言う小僧のそばにティナがしゃがみ込む。
「もしかしてあの村にはあなたのご家族が?」
「母ちゃんと妹が……。2人ともオラが堕天使になったことは多分知らねえだよ。単に家出したとでも思ってるはずだ」
「そのお話。私が村の方々にお伝えいたしましょう。ですが一つお願いが。私たちはヒルダを追っています。彼女について知っている情報を教えていただけませんか?」
ティナの言葉に堕天使はおずおずと頷く。
そこで俺はティナの横に膝をつくと、肩でグイッとティナを押し退けた。
「生ぬるいんだよティナ。おい小僧。知ってることを全て話せ。それが有益な情報じゃなかったら、俺が即座におまえの首をへし折る。よく考えて話すことだな」
「バレットさん! そんな脅すような言い方は……」
「黙れティナ。こいつは堕天使になって盗賊団に所属していたんだぞ。被害者面する権利はねえ。そうだろ小僧。おまえらは他にも天使どもの集落を襲っていやがったはずだ。自分が生まれた村だか何だか知らねえが、あの村だけ助けたいなんて虫が良すぎるんだよ」
俺は少々、腹を立てていた。
この小僧が天使から堕天使になったのにはそれなりの理由があるはずだ。
こいつ自身が責を追うべき理由がな。
別にそのこと自体はどうでもいいが、天使だった頃のことを引きずって中途半端な甘さを見せている奴を俺は信用しない。
そんな小僧からの情報をこの先の指針にすることは出来ねえんだよ。
「堕天使になったなら腹をくくれ。おまえはもう永遠に天使どもの味方にはなれねえよ。生き方が違うんだ。この俺がここにいるティナと永遠に相容れないようにな」
小僧は俺とティナの顔を交互に見て、それから唇を噛んだ。
「……分かってるだよ。オラ、もう村に戻るつもりはねえ。堕天使になったのも追われる身になったのもオラの責任だ。もうヒルダの姐御の元には戻らねえ。だども交換条件だ。知ってる情報は全部話す。だからオラの元家族を……」
「馬鹿野郎。何が交換条件だ。おまえにとっての交換条件は俺に痛めつけられねえことだろうが。さっさと話さねえとその目を焼いてやるぞ」
そう言うと俺は指先に炎を灯して小僧の顔に近付ける。
だがティナはそんな俺の手をピシャリと跳ねのけ、堕天使に手を差し伸べた。
「バレットさんの言っていることは一つの現実ですが、この人はこんなことを言いながらも私のことを何度も助けてくれました。私がこうして生きているのもこのバレットさんの手助けあってこそのこと。それだって一つの現実なんですよ。いいじゃないですか。天使と悪魔と堕天使が協力し合ったって。種族が違っているからといって道を違えなくてはならないなんてことはありません。あなたのご家族は必ず私たちが守ります」
ティナは気遣わしげに、だがキッパリとそう言った。
その言葉に救われたように小僧の顔にはわずかな安堵が浮かぶ。
フンッ。
相変わらず甘い小娘だぜ。
俺は堕天使の小僧に鋭い視線を送りながら言った。
「小僧。てめえらはヒルダの使う怪しい術を知らなかったってのか? そんなはずねえだろ。おまえらの目の前で不正プログラムを使用することがあったはずだ」
俺の言葉に小僧はビクッと首をすくめる。
だが、今度は歯を食いしばり、言葉を絞り出した。
「姐御の使う魔法が不思議だったのは確かだ。バグみたいに見えるけんど、そういう仕様なんだと思ってたから、不正行為だとは思わなかっただ」
「思わなかったじゃ済まねえと思うぜ。おまえ、この後、自分がどうなるか分かってんのか? 運営本部に厳しく取り調べられて、洗いざらい調べ上げられて罰を受けることになるんだぜ。不正行為を働いたヒルダの元にいたわけだからな。かなり厳しい罰になると思うが覚悟は出来てるだろうな?」
そう言いながら俺は、何かを言いたげなティナの奴を目で制した。
黙ってろ。
こういうガキには仕置きが必要なんだよ。
動揺する小僧を睨み付けて俺は言ってやった。
「このティナは運営本部側のNPCだからな。ヒルダもそれを察知したから一目散に逃げ出したんだろうよ。小僧。よく考えて喋れよ。有益な情報があれば、協力的な態度を評価されて無罪を勝ち取れるかもな」
俺の言葉に堕天使の小僧は息を飲み、知っていることを話し始めた。
ヒルダが盗賊団の前ボスを倒して新たなボスの座についたのはわずか2ヶ月前。
不思議な術で敵を圧倒し、近隣の村からの略奪や旅人を襲って金品を奪う強盗行為などをスムーズに成功させることで堕天使どもの信頼を勝ち得ていったらしい。
だが、ヒルダは秘密主義で自分の魔法の詳細やステータスを他人に見せることは絶対にしなかったという。
酒に酔った仲間がしつこくヒルダのステータスを知りたがった時などは、そいつの頭を一瞬で消しちまったらしい。
それ以上は誰もヒルダのことを詮索しなくなったのは当然の流れだ。
なるほどな。
ヒルダはやはり仲間内でさえ自分の力を隠したがっていやがったんだ。
だが、そんなヒルダがこの小僧に不正プログラムを植え付けようとした理由は何だ?
罰を与えるだけなら、不正プログラムに感染させる必要はねえ。
ムチ打ちでもすりゃ済む話だ。
ヒルダは不正プログラムを用いて明確にこいつに危害を加えようとしていた。
そこには何らかの意図があったはずだ。
だが、今の時点では確たることは分からねえ。
くそっ。
俺はヒルダをぶっ飛ばせればそれでいいってのに、まどろっこしいぜ。
「小僧。アジトの場所を言え。今さらヒルダに義理立てすることもねえだろ」
俺の言葉に小僧は怯えた顔で頷き、アジトの座標とその場所の特徴を話し始めた。
そうして小僧からあらかたの情報を聞き出し終える頃には闇が深くなり、森の中はすっかり暗くなっていた。
自分の知っていることをあらかた話し終えると、小僧はティナの顔を見て懇願するように言った。
「オラ、堕天使になってから盗賊団で色々悪さしてきたから、こんなことを言うべきじゃないのは分かってるだよ。でも、オラの母ちゃんと妹は何も悪くねえだ。2人を頼むだよ」
「もちろんです。約束ですからね」
ティナの言葉に堕天使の小僧は震える唇を噛み締めて頷いた。
「では、あなたを安全に運営本部までお送りします。メイン・システムのアクセス許可を」
堕天使の小僧はすぐさまメイン・システムを開放し、ティナはそこにアクセスを試みる。
「では。不正プログラムの感染経験者として運営本部に送還いたします」
「世話になっただ」
「運営本部での取り調べは真摯に受けて下さいね。では」
ティナがそう言った途端、小僧の体が一瞬で消えた。
それはゲームオーバーのエフェクトとは違い、本当に一瞬の消滅だった。
「これで彼は運営本部に保護されました。取り調べを受けることとなります」
「フンッ。どうせ拷問でも受けるんだろ」
俺の言葉にティナは呆れたようにため息をついた。
「この期に及んで彼を拷問する必要なんかありませんよ。きちんと話すべきことを話してくれるでしょう。そうやって相手を脅かしたり暴力的な手段を取るだけでは、解決しない物事もあるのですよ。私のやり方だったから、さっきの彼から様々な情報を得ることが出来たんです。バレットさんはもう少し私を見習って下さい」
ティナの奴は得意げにそう言って笑みを浮かべる。
チッ。
生意気な小娘がえらそうに。
この先、その鼻っ柱がへし折られねえことを祈るんだな。
俺がそんなことを考えていると、パメラが珍しいものでも見るかのように目を丸くしている。
「天使のティナ殿が悪魔のバレット殿と決裂せずに行動を共に出来るのは、ティナ殿がバレット殿に負けていないからでござるな」
「フンッ。こいつは口ばかり達者なだけだ」
そう言う俺に負けじとティナは胸を張った。
「口も態度も悪いバレットさんだけだったら、旅はケンカばかりの荒んだものになっていたでしょうから、私がいてちょうど良かったんです」
「バカタレ。ケンカばかりの荒んだ旅をするために、わざわざ天国の丘まで来たんだろうが」
まったく口の減らねえガキだ。
そんなことより……。
「今すぐヒルダのアジトに向かうぞ。律儀に堕天使の小僧の願いなんざ効いてやることはねえ」
「今すぐ農村に戻って彼のご家族にお会いしてきます。彼の願いを無視できませんから」
俺とティナが話をそう切り出したのはまったくの同時だった。
そこで俺とティナは互いの言葉に非難の目を向けてしばし無言で睨み合う。
「馬鹿野郎。そんなもん時間の無駄だ。すぐにヒルダをブチのめしに行くぞ!」
「はあっ? 今、私は彼に約束したばかりですよ! 舌の根も乾かないうちにそれを破るつもりですかバレットさん!」
「俺は約束なんてしてねえ。約束してたとしてもそんなもんは一瞬で破る」
「そんなことを言ってると誰からも信用されなくなりますよバレットさん! 約束したことは守るべきです」
こいつ。
悪魔の俺に説教垂れてんじゃねえぞ。
俺たちがそう睨み合っていると、間にパメラが割って入ってきた。
「まあまあ。お2人とも。ここは拙者の意見を聞いて下され」
そうしてパメラが述べた意見にティナは呆気に取られることになった。
「そもそも拙者、村を守るつもりはござらん」
「……へっ?」




