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第25話 ささやかな復讐

「レイ君お客様がいらっしゃいました。」

「ああ、ありがとう。」


事務所を訪ねてきたのは75歳くらいの紳士。

別に金持ちとか、どこそこの名士とかではない。


身なりをきちんとしていて、

どことなく品があるそんなおじいちゃんが事務所を訪ねてきた。


「どうか私の願いを叶えてください。」

開口一番におじいちゃんはレイ君に頭を下げた。


「まずはお話を伺いましょうか。」

レイ君が外行きの言葉使いで対応する。


「ここは、病気や怪我を治してくれると聞きました。

しかし対価が必要とも。」


「そうです。確かに私は病気や怪我を治す事ができますが、

それは相応の対価が必要になります。

例えば臓器なら臓器、手なら手と原則等価交換です。

しかし一般客の方はそれを用意する事は難しいので

10分の1の財産をいただいて依頼に応えています。」

レイ君は普段の依頼者になら言わない事をおじいさんに伝えている。


「わかりました。私の願いは私の両目と妻の両目を交換して欲しいのです。」

えっどういう事だろう?僕はレイ君の顔を伺う。

レイ君はじっとおじいさんを見つめ、おじいさんの次の言葉を待っている。


「私の妻は私と結婚する前に事故で目が見えなくなりました。

そして年老いた今も見えません。光を感じる事は出来るようですが。」

おじいさんはレイ君の顔をじっとみつめながら話す。


「私の余命は半年もないそうです。だから私が死ぬ前に私の両目を妻に。

私がいなくなった後に光を与えてあげたいのです。」

おじいさんは頭を下げた。


レイ君はおじいさんをじっと視ている。

見ているんじゃない、視ているんだ。


……………………………………………………


「わかりました。その願いを叶えましょう。」

ほんの1分ほどの沈黙だったが、僕には長く感じた。

おじいさんは顔をあげホッとした様子をみせた。


「もちろんお金はいただきません。そのお金はこれからのあなた、奥様に使ってあげてください。」

「多大なるご配慮をいただきありがとうございます。」

おじいさんは深々と頭を下げた。


「それではこちらの輪の中にお入りください。」

レイ君はフェイに言って床に魔法陣を描き出し、

おじいさんをその輪の中に導いた。


おじいさんが輪の中に入ると魔法陣が輝き出し、

中から文字列のようなものが足元から這い上がってくる。


徐々に徐々に這い上がる文字列がまるで身体中の仕組みを読み取るためのスキャンのように足元から、胸元、首、そして目に到達すると

そこを中心に円形の文字列が回転しだし徐々に発光していく。


何度も点滅を繰り返した後、一度大きくフラッシュし次第に収まっていく。


「はい無事終わりましたよ、どうですか。」

「……なんとなく光がわかる程度です。これが妻が見ていた風景なんですね。」

おじいさんの目は開かれているが、

どこにも焦点があっていないようだった。


「下にいる息子さんをよびましょうか?」

レイ君はおじいさんをソファーに座らせ

僕に迎えにいくように指示をする。


エレベータで階下に行くと50代くらいの息子さんがいたので呼び寄せる。


おじいさんは帰り際に再度お礼を言い

息子さんに寄り添われて外に出ようとした時に

レイ君が声をかけた。


「ささやかな復讐が叶いますように。」


レイ君は見えないだろうおじいさんに微笑んで言った。


おじいさんは立ち止まり驚いた顔で振り返ったが

もう一度頭を深々下げて帰っていた。


====================


「レイ君2つ疑問があるんだけれどいいかな?」

「まあ、何が言いたいか分かるけど聞こうか。」


「なぜおじいさんは奥さんの目を治して欲しいじゃなくて、

自分の目と交換してくれなんて頼んだんだろうね。」

「ん〜これは気持ち的なものもあるだろうと思うけど、死んだ後も自分を忘れないで欲しい、形見分けだったかもしれない。そしてゆずるが聞こうとしている2つ目の質問と重なるかもしれないけど、おじいさんの目で、おじいさんが今まで見てきたこの目で奥さんも見て欲しいといった心情があるんじゃないかと思う。


「そうかぁ、2つ目の質問も分かってるんだね。じゃあ最後の言葉は何?どゆこと?」

「ささやかな復讐が叶いますように。の事か…」


「そう、いいおじいさんだったじゃないか。残り半年の命だとしても自分の身を犠牲にしてまで奥さんの事を想う。」

「いや、あれは復讐だったのさ。」


「わけがわからないよ。あの献身的な行為のどこが復讐なんだよ。」

「息子さん見たか?」


「ああ、50代くらいのちょっと愛想はないけど…まあいい人そうに見えたけど。」

「でも、おじいさんに似ていなかっただろう?」


「そりゃあ…父親に似ずに母親に似る事あるだろう。」

「浮気相手の子供さ。」


「えっどいう事?」

「あの二人は婚約をしていた時に、奥さんは違う男性と浮気をしていた。しかし事故に合い奥さんは視力を失ってしまう。それでもおじいさんは奥さんの事を想って結婚したんだが、その時にはもう浮気相手の子供がお腹の中にいたんだ。」


「………」

「もちろん事故で視力も失ってしまったし、きっぱり浮気相手とも縁を切って結婚したんだが、妊娠していた事は奥さんも知らず、おじいさんの子供だと思っていた。おじいさんも子供が生まれて喜んでいたし。」


「だが、子供が成長するに連れておじいさんは疑問を持つようになったんだ。自分に似ても似つかないくなっていく子供に。もちろん奥さんに問い詰めるような事もしていないし、子供に対してもずっと愛情を持って接してきた。」

レイ君はたんたんと僕に視た内容を告げてくる。


「そして75歳になって残り半年だと告げられた時、自分の寿命が知らされた時に今までのわだかまりが吹き出した。マグマのように熱い塊として。」

妻を愛している自分。

目の見えない妻をずっと支え続けてきた自分。

自分の息子として愛してきた時間。


妻の裏切りに対する憎悪。

自分の血を受け継いでいない他人の息子。


親子三人で過ごしてきた楽しい時間。


「その全てがぐちゃぐちゃに混ざり合って、悩みに悩んでの結論が等価交換だったのさ。」


僕は先ほどまでの穏やかなおじいさんの顔を思い出し涙した。

なぜだか分からないが悲しい気持ちが涙となって溢れ出す。


いったい今までどんな気持ちで家族を支え、向き合ってきたんだろうと思うと心がせつない。


「結局誰が悪いという訳でも無い。もちろん奥さんが浮気していた事は悪いが、おじいさんの事もちゃんと愛していたんだ。2人の間で揺れ動いていたのさ。そして家族みんながお互いを愛している。」


レイ君が、そんな僕を見て一瞬困った顔したが続きを話し出す。

「この後、おじいさんと息子は一緒におばあさんのいる家へと帰るはずだ。

奥さんは子供を産む前から目が見えなかった。だから自分の子供を今日初めてみる事になるだろう。」


僕ははっとして顔を上げる。

「そうだ、初めて見る息子の顔がおじいさんと似ていない、自分の浮気相手だった男に似ていたら?」


そうか、そういう事だったのか。

おじいさんの葛藤の末の決断。


そのまま奥さんの目を直さない方が良かったかもしれない。

だけどおじいさんも今までの自分の人生を後悔したくなかったのかもしれない。


それが………………



「そう“ささやかな復讐”さ」





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