宿屋と幼馴染
山田太郎とは友人だった。
過去形というのも、俺が彼を裏切る真似をしてしまったからだ。
親友を謳っておきながら、俺は友人をパーティーから見知らぬ街で追放するということをしてしまった。
宿屋の円卓、豪勢な食事が並ぶ机を囲みながら、後悔の念に苛まれ続けている。
太郎の言ったことはあながち間違っていなかった、彼を無能だとか、使えない、給料泥棒と罵り始めたのはクラスの、特に発言力が強い女子が中心だった。
太郎の追放に賛成してるものは全体的に少ない、少ないけれど、クラスメイトたちはクラスのヒエラルキーを遵守し右にならえと手を挙げ、指を差し追放の声を上げていく。
俺が太郎を追放するという判断をしたのも、このパーティーはあまりにも危険すぎると思ったからだ。
今まで太郎は自らヘイトを買うような行動をしていた、ひねくれてるなりにクラスメイトたちの不平不満の捌け口となり結束を生み出していた。
友人としてそれを止めるべきだった、けれど不満は抜けなければ必然的に溜まり続け、いつか、きっと最悪のタイミングで爆発する。
今までの道中不平不満、そもそも異世界という場所への憎悪がクラスメイトたちの中で溜まっていたのは知っていた、けれど俺にはそれの解決方法がわからなかったし、持ち合わせてもいなかった。
だからこそ、今回太郎を追放した、このままではいつかきっと破綻する。
今は追放したということにしておいて、領主との謁見の時に領地の護衛という建前でパーティーの害悪を置いて行こう。
その時に太郎を回収して、次の街に進めばいい。
なんとなくだが、きっと太郎なら今の状況を飲み込んで、推測し、なんとか生き残ることだろう。
恨まれることはわかってる、もしパーティーにもどり旅なんて続けたくないというのなら領主様に財宝の一部を献上し太郎を賓客として預かってもらう。
「ーーそれにしても、本当にあの、なんだっけ?あの冴えない奴がいなくなってよかったよねぇ〜!」
葡萄ジュースを煽りながらクラスメイトの、特に太郎の排斥に声を上げた女子ーー青山京子が言った。
彼女は所謂、傲慢の塊のような存在だった。
いじめの噂もあったし、中学生の頃はクラスメイトを転校まで追い込んだらしい。
そんな噂や、彼女と共に高校に来たグループがクラスのヒエラルキーを握るせいで空気は最悪だ。
しかも本人はそれに気づいていない。
「ああ、そうだね」
「いや本当あっし天才でしょ、あいついなけりゃ分前も増えるしもっと金稼げんじゃん。ついでに弱い奴らもこの街に置いてこうよ!賛成の人〜!」
「それには、僕も賛成だな。使えない、特にパーティーに害悪なメンバーを置いていこうじゃないか」
俺は口角を上げて、置いていく候補筆頭の彼女に微笑みかけるのであった。
「いや本当話わかるわー!光輝くん最高だわ!」
彼女のスキルや使える魔術は確か粘質的なデバフや、毒系の魔術だったろうか。
広範囲に拡散するスキルや魔術は確かに強力だがパーティーメンバーにも効果が出てしまう。
無論パーティー設定で仲間に対する被害を抑えることはできるが、彼女は意図的にそうしない。
ムカつくとか、イライラする、ストレス発散などという理由でデバフを振り撒くから害悪極まりない性質だ。
いなくなっても問題はない。
穴埋めのために現地の魔術師などを雇えばいいだろう、バフ系の方がいい。
「あの」
鈴の音のような、凛とした声がして振り返る。
「ああ、アメリーさんか、どうしたんだい?」
片口で切りそろえられた金髪、女性の髪型の名称は詳しくないのだけれど、確かボブカットと言っただろうか。
整った顔立ちに外国人然とした碧眼、男子の憧れであるドイツ人留学生。
確か小学校だったか中学校だったかのときに近所に越してきて太郎と仲が良かっただろうか。
ならば聞かれることも分かりきったものだし、答えは持ち合わせている。
「太郎くん、本当に追放しちゃったの?」
「何か不都合が?あいつは無能だった、戦いにも参加できない、特異として役に立つことはない」
できるだけ冷徹な声で吐き出すと何故か彼女は笑って。
「いや、ふーん、そっか。また何か企んでるんだろうけど、悪巧みは似合わないよ」
……恐ろしい。幼馴染だからか。いや多分太郎も気づいてるだろうし俺そんなにわかりやすいか。
「何?文句あるわけ?ちょっと顔がいいからって調子乗ってんの?」
「誰にでも噛み付く犬は嫌われるよ?日本だと、捨て犬とかは処分されちゃうんだっけ。他意はないのだけれど気をつけた方がいいと思うよ」
「あ?喧嘩うってんの?あっしを怒らせると怖いよ?」
右手に毒魔術だろうか、魔法陣を輝かせ睨む。宿屋の店主がおどおどとしているのがわかる。
なんせモンスター相手の魔法だ、店で使えば他の客にも被害が出るし、最悪店がダメになる。
一瞬即発の状況でアメリーさんは笑って。
「うるさいのは置いておいて。太郎はどこ?心当たりは?」
ーーガン無視した。一字一句、完全に無視をし自分のペースで話を続ける。
相手にされない、自尊心の塊のような青山さんは屈辱に満ちた顔を浮かべて睨みつける。
相変わらずだ、彼女は日本語があまり得意じゃない、その上容姿は優れているものだからクラスの人気者だった。無論それが気に喰うはずもなく青山さんにいじめに近い行為を受けたのだがーー
『ん、お弁当はあげない』
とか、マイペースな返事をドイツ語で返し続け最終的に青山さんが折れた。
そしてその矛先が太郎に向いたのだが、太郎は太郎でしょうがないならしょうがない、まあなんとかなるだろうという態度なので反応がないに等しい。
おもちゃに飽きるように彼女は別の対象を探したのだが、まあ害悪という言葉に尽きる。
それにしても太郎が行く場所か。
「無いな。ただ昔からあいつが迷子になった時とか、家出をするときに行くところはワンパターンだがな」
「ん、まあそれもそうだね。じゃあちょっと出てくるよ」
「あまり暗くならないうちに戻ってきてくれよ、治安が良いとは限らないし」
「ドイツの裏道に比べたら全然マシ」
「それもそうか」
なんとなく納得してしまうし、彼女のスキルや魔術はまさに戦闘特化と言って過言ではないので心配するだけ無駄だろう。
心配すべきは彼女に絡むであろう相手の方だ、一体どんな悲惨な目にあうか知れたものではない。