治癒と魔術
「ーーこの魔道具がなきゃ、もう四度は死んでるね」
大通り、高級街と言われる貴族御用達の一角。
円形に広がるこの都市の中央、キール辺境伯の屋敷に最も近い区画。
煌びやかな宝石店に武器屋、高級な嗜好品の数々を売る商人達。
金さえあるならなんでも買えるとすら言われているーーそして、その中には魔術医療も含まれていた。
数少ない人間しか使えない魔術、天から与えられた人々に奉仕する力。
才能に完全に左右されるそれは、使えると言っても一括りにはできない。
例えば風魔術しか使えない人間もいれば、治癒魔術しか使えない奴もいる。それもまた才能でどこまでできるかが決まり、最高の力を震えるのは一部に過ぎない。
そしてそれらの人間は国や貴族が抱えるため、平民たちが目にすることや、その力の世話になることはないに等しい。
そんな中でも、貴族に専属で使えずに、こうして高級街で施療院を出す魔導士もいる。
真っ黒に塗りたくられた歯に、しわくちゃの肌、年齢は少なくとも八十を超えているように見える。
治癒魔術を使える連中はどいつもこいつも化け物揃いで、肉体の改造から寿命の改変までお行うため実年齢なんてないに等しいものだ。
逆にそうした肉体改造ができるほどの治癒術師ならば信頼がおけるーーそう思った。
前払い金で金貨八枚、貴族らの暗殺の依頼などでも二枚がいいところなのに、八枚。
平民なら数十年は豪遊して暮らしていけるし、家だって何軒か立つ。
貧乏な領地ならば二、三年の税金の徴収による利益と同等。
しかも、まだ前払金に過ぎない。治療の度合いにもよるが、これからどれだけ値段が上がるのか、想像すらしたくない。
「……助かりますか?」
人払いをした治療室、酒のような匂いがする謎の液体で身体中を濡らされて、やっと入るのを許可された、そんな不思議な部屋。
曰く、消毒は基本だよバカもんが、だそうだ。意味がよくわからない。
ベッドに寝かされ、簡易的に包帯や薬草が巻かれた女の傷を見て老婆は眉間に皺を寄せる。
「助かりはするだろうね。庫の娘、魔術師だね。それもかなり高位の。腕の筋肉周りの魔術回路が随分としっかりしてる。けど回路の一部と、筋肉が切れてる。普通に繋げられはするだろうけど前みたいに魔術は振るえなくなるだろうし、これからの上達の足枷になる。まあ値段は金貨七枚と言ったところだね、前金と合わせて十五枚だ、払えるかい?」
「ああ、払えるけど……そう、か」
「何しみったれた顔してんだい。言ったろう?普通に繋げたらって」
「え?」
「私がやる方法は他とはちっと違う。治癒魔術も使うが手術つったほうが正しいだろうね。大丈夫金を巻き上げるんだ、前と一寸違わない別嬪さんに戻してやろうじゃないか」
「本当か!?」
「医者に二言はないよ。なんせ不確定なことは明瞭に言わないからね」
確実に直してみせる、そう言う老婆の顔は信用に値するものだった。
「それにしてもあんた、彼氏のくせに彼女に何やらせてんだい?打撲に骨折、内臓も裂傷痕が多数、全力で治すが傷跡が本当にうっすら残るかもしれないね」
「彼氏じゃあ……ない」
俺は彼氏とか、そういう恋愛的な関係じゃない。
そもそおも恋愛とか愛とか理解できない外道にそんなものは程遠い物だ。
彼氏ではない、それが事実だけれど、そう考えるとどこか虚しく思える。
それにこのクソアマは太郎とかいう男を探していた、そいつの名前を出すときだけ頬を緩めてやがる。
俺だって都合のいい手駒ぐらいに考えていないだろうし、俺も仕返しのために殺してやりたいと思っている。
そもそもこいつは誰なんだ?おそらく襲うように言われた目標はこいつだ。
それは何故か?
わからない、わからないことが多すぎる。
「随分と拗らせてるようだが、まあ、私の問題じゃあないね。少なくとも安全は保証するよ。ただこの娘にも後から言うことだが二週間は絶対安静、分かったかい?」
「ああ。分かった」
「じゃあ服脱がせるから出てくんだね。彼氏じゃあないんだろう?生娘の裸体を気をうしなってる間に晒させるのは不本意なんでね」
ドアが、閉まる。
患者が泊まっている間はこの建物の仮眠室を使っていいと言われた。
確か、
『患者も家族や知り合いがいなくちゃ精神的にすり減るもんさ。手術の一環でいてもらわなきゃ困るんだよ』
とかなんとか。
こう言うのは専門家に任せるに限る、俺みたいなバカが手伝えることは金を払うぐらいだ。
金は責任だ、高い金を払うのはその分の責任を相手に負わせると言うことであり、価値のあるものだと思う。
金貨十五枚、俺の組織の金だ。
何かあった時のために貯めてきた金貨十八枚、その大半を使っちまうことになる。
本当に正しいのかと、考えてしまう。
見ず知らずのクソ女よりも自分の仲間や部下たちのために金を残しておくべきじゃないかと、それが正しいんだって脳みそは理解してる。
けど、あそこで見捨ててどこかに逃げていればきっと永遠に後悔し続けたとも思う。
「俺は、どうしちまったんだ?」
頭が痛い、何も考えたくない、こうやって迷ったのは最初に人を殺した時以来か。
あの時殺さなければ俺が殺されていたし、今こうして生き延びることはできていなかったと思う。だからあの時の選択を間違えだと思わないし。後悔もしちゃいない。
「頭領」
「アイズか」
仮眠室、いつの間にか窓が空いている。
背後に一切の気配を漏らさず立つ仲間ーーアイズに目を向ける。
全身を隠れ身の装束でつつみ、認識阻害の面を被っている。
アイズ本人が俺に正体を晒す気があるから見えちゃいるが、本気で隠れられたら誰かもわからないし、見つけられる自信もない。
「なんだ」
「言われた男、タロウと言いましたか?男の居場所を見つけました。どうしますか?」
「……まだ何もしなくていい。見張りをつけておけ。それと何か怪しい動きがあればすぐに報告しろ」
「御意」
外から夜風が入ってくるのと同時に気配が消えるのが分かった。
これだから魔術というのは恐ろしい、風魔術を使うアイズを本気で追おうと思ったら三十人は必要だろう。
それにしても、タロウ、か。
あまり聞かない名前だ、そもそもこの国じゃあその発音は珍しい。
「どうして、てめぇはこんな時にいないんだよ」
おそらく、あのクソ女、アメリーと深い仲である事はわかりきった話だ。
なんで大怪我をして死にかけるような事態になっても出てこないんだ。
どうして俺がこうやって苦しまなくちゃーー
「クソが」
額を殴る、枕元に置かれた水を煽りベッドに身を伏せる。
これ以上考えちゃいけない、して仕舞えばきっと自覚してしまうだろうから。
あっれ何こいつ主人公みたいだぞ?(小並感)
多分9時にもう一本投稿します。




